表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第11話 少年と少女と夏休み②

朝から、驚きのイメチェンで話題をさらった彼女と彼氏扱いとなった僕は、お互いに気恥ずかしさを感じながら、午前中の時間を過ごしたのだ。


昼休みになり、クラスの女子に掛けられる声を振り切って僕たちは保健室に向かい、先生に今回の件で、とてもお世話になったことのお礼を伝えたのである。


先生は、神子さんが中学から苛めにあっていたことを聞いており、とても心配してくれていたし、それが解決したことを本当に喜んでくれた。


先生は、神子さんの手を握り「これから高校生活を楽しまないとね」と優しく声をかけてくれた。

その優しい言葉に、神子さんは思わず目を潤ませていたのである。


しばらくして、落ち着いた神子さんと僕は、久しぶりにゆっくりと昼食の時間を楽しんだ。


そして、お昼ご飯を食べ終えた後、彼女は少し用事があるとのことで、先に保健室を出ていった。

僕は保健室の先生と、今回のことの顛末について話をしていると、先生からある相談をされたのである。


実は、立命高校に入学した1年生の一人が、クラスの雰囲気や学校生活になじめず、保健室にいることが多くなり、とても心配していると話をされたのだ。


その1年生は、いつも午後から保健室にくるとのことで、その子が学校で孤立しないよう、そしてクラスに戻るためのリハビリを兼ねて、ぜひ僕に話し相手になって欲しいとのことだった。


ただ、これからの学校生活は、図書委員会に入り委員会活動に力を注いでいきたいので、保健室に頻繁にくることは難しいですと、話をしようとすると、保健室のドアが開いた。


そこには、マスクをしていてはっきりと顔は分からないが、とても線の細い生徒が立っていた。

僕の姿をみて驚いた顔をしていたが、保健室の先生が中に招き入れると、すこし頭をさげ、保健室の奥にある別室に入っていったのだ。


先生は僕に「大城くん、あの子は1年F組の三枝さえぐささんという子で、午後から保健室に来て、放課後までここで過ごしているわ。とても優しい子なのだけど、クラスでの人間関係に疲れて、今は保健室を居場所にして、ゆっくりリハビリ中といったところなの」


先生は別室にいた三枝さんにも、声をかけた。

「驚かせてごめんなさいね。彼は1年C組の大城洋一くんという子で、とても優しくて頼りになる子なのよ。ぜひ三枝さんとお話をして貰いたいと思うの」


別室に入っていった三枝さんから返事はなかった。

こうして出会ったのも、何かの縁かもしれないと感じた僕は、別室のドアに近づき、優しく声をかけた。


「ええっと……三枝さんだっけ。僕は同じ1年生の大城といいます。もし僕と話をすることで、少しでも心が楽になるのであれば、話し相手になりたいんだけど、どうかな」


別室からすぐに返事はなかったが、しばらく時間をおいて意を決したように「ごっ、ごめん。いっ、いっ今は、誰ともっっ、はっ、話したいと、思わない。だだっ、だから関わるのは、勘弁してっ、欲しい」と、答えがあったのだ。


その答えを聞き、僕は3歳年上の従兄弟がそうであったように、三枝さんが極度のあがり症などではなく「吃音症」であることをすぐに理解したのだ。


僕の従兄弟は、自分自身の吃音に悩んでいた。自分の意思とは関係なく言葉が出てこないのだ。

そのため、保育園から療育に通い、言葉のトレーニングを続けていたのである。


自分自身で発音するのが苦手な言葉を分析し、話の始まりにその言葉がくるのを避けたり、まずは話しやすい文脈を工夫したり、彼は本当に努力を積み重ねていた。


だから、三枝さんは立命高校を目指すために、勉強を積み重ねる努力以外にも、吃音と共に生きる努力をしてきたのだと思うと、心が動かされた。


僕は保健室の先生に改めて、こう伝えたのである。

「先生、三枝さんさえよければ、僕にまたお話をする機会をもらえたら嬉しいです」

「僕の従兄弟も言葉がでなくて、本当に苦労していたから、その苦労を理解することができるのです」


「だから、時間がかかると思いますけど、僕にできることはしてあげたいと思います。これからも保健室に来るようにするので、宜しくお願いします」


その言葉を聞いた先生は、微笑みながら「大城くん、君は本当に心が温かい子なのね。三枝さんのことを宜しくお願いするわ」と、僕に答えてくれたのである。


そして、僕はやっぱり人の役に立っている時が、一番充実しているなと感じた。見返りなどはいらないし、本当に苦労をするかもしれないけれど。



ー神子伊織は昼食後に、図書室で水無月先輩と約束をしていた。


彼女が図書室に入ると、受付カウンターにいた文学女子の先輩が、委員会室に彼女を案内してくれた。


先輩は委員会室に1人でおり、私の顔を見ると、ゆっくりと笑顔で近づき、私をやさしく抱きしめてくれた。


私はやっぱり、すこし涙ぐんでしまった。先輩は優しすぎるのだ。

暫く私を抱きしめると、私にソファーをすすめてくれた。


私はソファーに座り、先輩に思い切って話をしようとした。

先輩は話しにくそうな私に微笑むと、話し始めるのをゆっくりと待ってくれていた。


「水無月先輩……この前は本当にありがとうございました。言葉では表せないくらいに感謝しています」


「神子さん、幸せそうで私も本当に嬉しいわ。可愛い後輩のために当然のことをしただけよ」

先輩は優しく答えてくれた。


そして、私は意を決して話しはじめた。

「私、実は大城くんのことが、すっ……好きになってしまったみたいです」


「彼とずっと一緒にいたいけど、どう思われているか。そして私たちはぼっち仲間で……その関係を超えたいけど、超えるのが怖いんです」


「先輩、どうすれば私は大城くんに、この気持ちを伝える勇気を持てますか。そして彼と、恋人になって一緒に高校生活を送っていきたいんです!」


自分でも驚くぐらい、先輩に自分の気持ちを率直に伝えることができた。

頬が紅潮して、自分の胸の鼓動がわかるくらいに、恥ずかしかったけれど。


先輩は優しく微笑むと、こう答えてくれた。

「神子さん、あなたは今でも十分に素敵な女の子よ。でも自信が持てない気持ちも分かるの」

「なぜなら2年前の私もそうだったから」


「私は高校から立命高校に入学して、最初は右も左も分からなった。受験勉強を頑張って、模擬試験でまずまずの成績をとって、この学校に入学することができた」

「けれども、自分自身に主体性があったかどうか聞かれると、それはなかったと思うの」


「だから、入学して数か月は、とても怠惰な日常を過ごしてきたわ」

「運動部の勧誘をみて、とりあえずテニス部に入部したけど、やはり心が動かさせることはなかったの」


でも、そんな私を変えてくれたたのが、生徒会長の堀川桜子だった。

彼女は、私の保育園時代からの同級生で、私よりも私のことを客観的に理解してくれる人だった。


彼女が私にこう言ってくれたの。

「綺夏、あなたは毎日を悔いなく過ごせているかしら?」

「私、堀川桜子はこの学校に入って、やりたいことが見つかったわ。この学校の歴史を大切にしていきながら、古い慣例や理不尽なルールをなくして、皆によりよい学生生活を送って貰いたいの」


「だから、私は生徒会長になって、この学校を変えていくわ!」

「そのための努力は惜しまないし、必ずその目標を達成するつもりよ」


彼女の姿が眩しかった。それに引き換え、自分自身が情けないと思ってしまった。

でも、その後に発した桜子の言葉が、私の心に火をつけてくれた。


「私は生徒会長を目指す。だけど、私一人の力では学校を変えることは難しいわ」

「だから、綺夏、あなたにも学校を変えるために協力して欲しい。私たちの次の世代によりよい学校生活を送らせてあげたいの」


「でも私は自分に何ができるか分からない。それに私なんかが……」そう答えると桜子はこう言った。


「綺夏、あなたは自分の魅力に気が付いていない。貴方のその温かい笑顔が、周りを安心させるのよ」


「そして、私以上の深い洞察力と包容力を持っている。だから、あなたはその力を活かすべきだと思う」


私は、自分の魅力に気が付いていなかった。いや、考えたこともなかったのだ。


でも、彼女に励まされて、漠然と部活に参加し、怠惰な高校生活を過ごすことはやめようと考えた。


昔から本に慣れ親しんできた私にできることは、図書委員会の委員長になり、その活動を通じて、桜子が学校を改革していく手伝いをすることだと、誓ったのである。


そして、目標が決まったことで、その後の私の行動に一切の迷いはなかった。

私はテニス部の先輩に、急に部活をやめることの謝罪と今までのお礼を伝え、部活を退部して、その足で図書委員会に入ったのだ。


初めのうちは、本の貸し出しや蔵書管理といった基本的なことを懸命にこなしていく毎日だった。

そして書記になって、図書館展示物の企画や広報に関わるようになり、新刊図書の選別や研究図書の予算配分といった重要な仕事を一つ一つ成し遂げていった。


毎日を懸命に過ごしてきた結果が、私は図書委員長として、この場にいるということに過ぎないのだ。


でも、色々な経験をして、私はこの学校の改革に貢献できたと感じているから、自分に自信もついたし、人前で堂々と話すこともできるようになった。


周りへの信頼と貢献を積み重ねることで、勇気を持てるようになったのだ。


だとすれば、私が神子さんにかけてあげる言葉は、これしかない。

「神子さん、あなたは本当にありのままで大丈夫よ。そして周りの人を信じて、役に立ってあげることで、少しずつ自信を持てるようになると思うわ」


「だから、恋愛も大切だけど、高校生活でやりたいことにたくさん挑戦してみるのが、良いと思うわ」


「ありのままのあなたでいると、自然に彼との距離は縮まるし、2人が一緒にいて、お互いに心からリラックスできれば、彼があなたに好意を抱くのは間違いないわ」


私は、先輩の言葉に勇気を貰うことができた。

そして、自分の心に問いかけてみた。

「私は高校生活で何をしたいんだろう。いったい何に夢中になれるんだろう……」


自分の気持ちを整理してみると、おのずと答えは導き出された。

「私は運動は苦手だけど、将来は義足の研究をして、同じような境遇の人たちが、快適に過ごせるような装具を開発していきたい」


「だから……あれほど嫌だったけど、陸上競技に挑戦してみたい。そして、自分の限界に挑戦してみることで、自信を持てるようになりたいです!」

と、先輩に気持ちを伝えたのである。


先輩は、決意を固めた私に優しく微笑みかけてくれた。

そして、パラアスリート選手の指導経験がある先生が、高校の陸上部でコーチをしていたことがあるので、部長に相談してみたらいいわと、教えてくれたのだ。


私は、水無月先輩に何度もお礼を伝えると、委員会室を後にした。


その姿を見送っていた水無月綺夏は、すこし頬を染めながら、傍らの文学女子の先輩に呟いた。

「大城くんと神子さん、相思相愛なのに踏み出せない……私の方が胸キュンでドキドキしてしまいそう」


文学女子の先輩は、やれやれといった表情で、軽くため息をついた。

どうやら、図書委員会の、いや水無月綺夏のこれが日常のようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ