第10話 少年と少女と夏休み①
体育祭から一晩明け、僕はお昼前に目が覚めた。
今日は代休で休みだったこともあり、昨日は神子さんと通話アプリで色々と話をしていたのだ。
昨日、体育館での話し合いのあと、僕たちは良介や堀川会長、水無月先輩や図書委員会の先輩に何度もお礼を伝え、2人で一緒に下校したのである。
僕は神子さんが1年H組の彼らから自由となり、これからは普通の女子高生として学校生活を送れるようになったこと、そして約束通り彼女を守り切ることができて、本当に嬉しかった。
また、神子さんが照れながら僕に伝えてくれた言葉は、彼女を意識させるには十分すぎた。
僕は以前から、彼女はとても大切な仲間ではあるが、イベントから恋愛に発展することは夢物語と、そう自分に言い聞かせていた。
それは、自分が好きになった相手に振られ、傷つくことを避けるために、必要としていた大切な予防線であった。
でも、僕は自分なりに精一杯、神子さんの役に立とうとしたことで、自分の価値を実感できていた。
だから、彼女に受け入れられないかもしれないけど、勇気をもってその予防線を超え、ぼっち仲間以上の関係を目指したくなったのである。
こんな風に恰好をつけても、僕は女の子と付き合ったことはないし、2人で下校中の間はドキドキして、本当に何を話したかなんてあまり覚えていなかった。そして彼女の笑顔を見るのが恥ずかしかった。
正直に言えば、僕は振られたとしても、自分の気持ちを伝えたくなるくらい、この2か月で彼女のことを好きになっていたのである。
ー神子伊織の視点から
私、神子伊織は中学時代から今まで、悲しい思いに一人耐えてきた。
そんな時、高校から入学してきた大城くんが、私の前に突然現れたのだ。
今までも、私に声をかけてくれた人はいたけど、私を苛めていたグループは学校でも有名な陽キャたちで、みんな厄介ごとになりそうだと思うと、すぐに波が引く様に去ってしまった。
私は、母さんに楽をさせてあげることと、自分の目標を成し遂げるためだけに、学生生活を送ろうと決心した。でも、やっぱり私の心は不安と哀しみであふれていた。
高校生になってからも状況は変わらないと思ったし、人間関係も変えるつもりはなかった。私が挨拶で関わらないで欲しいと言えば、誰も巻き込まなくてすむ。私の中ではそれが最善の方法だった。
でも、大城くんは私に構うのを止めなかった。いや皮肉を込めて言えば、私の問題に土足で入り込んでくるような男子だったのだ。
一度は私が弄られている場面をみて、厄介ごとに関わらないようにしていたから、正直これでお別れだと思っていた。
それでも彼は、次に私が虐められているのを放っておけなくて、助けようとしてくれた。
身体は大きくないしケンカも強くなさそうなのに、本当にバカなひとだと思った。
そして、大城くんだけではなく、1年E組の高橋くんも私を守ってくれた。
2人に迷惑をかけるのは分かっていたけど……でも本当はすごく、涙が出そうな位には嬉しかった。
でもこれ以上、私に関わらせたら、彼らの高校生活がつらいものになってしまう。
だから、私の義足をみせれば、その異質さに私のもとから離れていくに違いないと思っていた。
ところが義足をみせると、彼は自分の右目を取り外し、私にみせてくれたのだ。
それが義眼であることを告げた彼は、とても優しい口調で「僕は君と同じなんだ」と言ってくれた。
私の義足をみても、同情の気持ちからではなく、心から役に立ちたいと伝えてくれる人は、今までにいなかった。
そして彼は、私とぼっち仲間になりたいと言い出し、大変な高校生活になっても、私のことを守りたいと伝えてくれたのだ。
私は迷惑をかけたくないので、断ろうと思ったけど、彼の真剣な眼差しに、思わずOKしてしまった。
保健室で彼と2人で過ごした時間は、中学から誰とも一緒にいなかった私にとってとても新鮮で、本当に楽しかった。
話し合いの中で、体育祭で苛めを解決するため、彼はとても冷静に物事を考えていた。
問題を解決するため、みんなの前で話し合いをするには、公の場面を作り出す必要があった。
そのために、生徒会に知り合いを作る必要があり、彼は勇気を出して、図書委員会に応募してくれた。
図書委員会の委員長である水無月先輩を相手に、堂々と話をしてくれたのだ。
だからこそ、私に協力できることは何でもしてあげたい。そう心から思った。
その直後、彼が私のせいで、陽キャグループの彼らに部室棟で暴行された時、本当に心が苦しかった。
でも、彼は暴行された後も、私に対して何も変わらなかった。
むしろ、前よりも気遣ってくれて、優しいくらいだった。
本当に心の広い人で、私は彼にどんどん惹かれていくのを感じていた。
だから、実力試験前に2人で毎日一緒に勉強できたのも、すごく嬉しかった。
もちろん勉強をするためではあったけど、彼と過ごした時間は本当に幸せで、あと大城くんが私に数学や物理を教えてくれる時、顔が近くて……とても恥ずかしかった。
体育祭では、後夜祭の話し合いのことで、頭は一杯だったけど、同じチームで参加できて、とても楽しい時間を過ごすことができた。
それから、後夜祭の間に行われた話し合い、私は本当に立ち会うのが怖かった。
でも、大城くんや高橋くんが隣にいてくれたから、臆病な私でも勇気を出すことができた。
そして、話し合いが難しい場面になっても、大城くんは私の何倍も深く物事を考えていた。
彼らが私の苛めから降りてくれるように、動画の撮影や土下座など、自分のプライドを捨ててまで私を、心から守り抜いてくれた。
話し合いの最後には、彼は私の問題であるにも関わらず、懲罰として退学まで受け入れるという覚悟をみせてくれた。
大変な努力をして、立命高校に入学した大城くんにとって、それがどれだけの覚悟か、私には想像もつかないくらいだ。
だから私は、彼らが苛めから手を引いてくれると約束してくれた時、私を守り抜いてくれた大城くんと、これからもずっと一緒に過ごしていきたいと心から思ったのである。
涙がでて、彼の胸で泣いて、恥ずかしいはずなのに、私はあのセリフを抑えられなかった。
そう、私は彼のことを本気で……好きになってしまったのかも。
どうしよう、私は男の人を好きになったことがないし、だれかに相談したい……けど恥ずかしすぎる。
あぁ、なんであんなことを言ってしまったのだろう。
大城くんに、重たい女とか、引かれてなかったかしら。
そして、彼は私をどう思ってくれているのだろうか。
ぼっち仲間なのか、それ以上の存在なのか確かめたい。
自分に自信を持てるようになって、彼に気持ちを聞いてみたいけど、今はまだ勇気がないの。
こんな気持ちは初めてで、こんなに嬉しいはずなのに、どうして、こんなに苦しいのかしら。
これが……人を好きになるということ。
でも、今の私を変えたいから、まずはできることから始めないと!
ー水無月綺夏の視点から
【大城洋一くん】
とても不思議な後輩の男の子で、初めてあった時には線の細さと内向的な性格で、女の子を守り切れるタイプじゃないと考えていた。
でも、彼には覚悟があった。頭脳明晰で機転が利いて、いざという時に度胸がある。
そして彼が他人のためには尽くすけど、自分を犠牲にしていないところもとても魅力的だ。
神子さんの問題を解決するため「退学も受け入れる」なんてことを言ったのだろうけど、あれは彼は自分の心のままに言葉を紡いだに過ぎないのだ。
彼は私たちや1Hの彼らがどんな受け取り方をしても構わないと思って、自然とあの言葉を発しただけで、その言葉は直球で裏表がないところが胸に響くのである。
さらに愛嬌もあるから、彼のことが可愛くてしょうがない、弟みたいな感じかもしれない。
もし、図書委員会に本当に入ってくれるのであれば、彼には公私ともに色々なことを教えてあげたいし、1年だけど一緒に過ごせたら本当に楽しいでしょう。
私が2年下なら、素敵な恋もできたかも……。
【神子伊織さん】
芯が強そうに見えるけど、実はさみしがりやで、今まで沢山傷ついてきた。
でも彼女はあきらめない。過去の出来事を引きずらない、そんな素敵な女の子だった。
少し気の強い、でも本当に可愛らしい妹のような存在かも。
そして、彼女は気がついていないかもだけど、実は自分がとても魅力的だととわかっていないのね。
小柄ではあるけど、女の子らしく守ってあげたくなるタイプ。
髪型やお化粧にこだわりがある感じではないけど、素敵な瞳と全体的にバランスの整った顔だち、そして義足であるがゆえに二―ソックスを履いており、それが彼女の上品さを引き立てているわ。
ただ、彼女自身が義足であることや、これまで苛めにあっていたことで、自分自身の価値を信じることができていないのがとても残念なところ。
そして大城くんや高橋くん、そして私たちなど、他人を心から信頼することにもまだ躊躇がありそうなので、彼女が関係を進めるための勇気を持てるのは、まだ先になりそうね。
だからこそ、今日まで2人とも、お互いに気持ちを抑えていたかもしれないけど、神子さんの問題が解決した明日から、ラブストーリーが始まりそうで、思わず胸が高鳴ってしまうわ。
ー休み明けの教室にて
神子さんが教室に入ってくると、どよめきが起きるのを僕は感じていた。
神子さんは、まっすぐ僕の席に向かってくると、頬を染めて恥じらいながら「大城くん、おはよう。この髪型……どうかな」と声をかけてきたので、僕が彼女の方に目をやると、僕は思わず息を呑んだ。
神子さんの長い黒髪はバッサリと切られており、そこには、ぱっつんショートのとても可憐で素敵な少女が僕の目に映っていたのだ。
そして、彼女のあまりに綺麗な瞳が、僕を見つめているので、
僕は真っ赤になった顔を悟られないように、そっぽを向いて「とても似合ってる……」そう呟いた。
外は6月にも関わらず、夏を思わせるような暑さで、早くもゼミの鳴き声が響いていた。今年の夏は、暑くなりそうだ……。