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第1話 義眼少年に春が来た

春の麗らかな日、僕は眠たげな目をこすり、ベッドの上でまどろんでいる。

そんな中、スマホのアラームが繰り返し鳴りひびき、否応ともなく現実に引き戻される。


季節は春、4月初日それは僕、大城洋一の高校デビューの日に他ならない。

ゆっくりとベッドから立ち上がり、階下に足を進める。


台所では、母が朝食のいつもの様に朝食の用意をしており、心地よいコーヒーの香りが広がっている。


僕はコーヒーにミルクと砂糖を入れると、トーストとベーコンエッグと一緒にゆっくりと食べ始める。

うん、今日も母さんの料理はおいしいな。


朝食を食べ終わると、僕の通うこととなる立命大学付属高校の制服に袖をとおす。

立命高校は県内でも有数の付属校で卒業生の大半はそのまま大学に進学できることから、受験嫌いの緩い系の学生には大変人気がある高校だ。


鏡の前でうっすらと伸びた髭を剃り、髪を丁寧にセットし、そして僕は他の人とは明らかに違うのだが、右目に漆黒色の義眼を装着して身支度を整える。


なぜ僕が義眼を装着しているかは僕自身に記憶がないのだが、母から聞いた話によると、生まれて2歳の頃に目の病気で、命をとるか右目をとるかの選択を迫られたらしい。


両親は悩んだ末、右目をとることを選び、僕は隻眼となったそうだ。


成長して保育園に通うようになると、周りの人たちが僕を少し悲しそうに、そして憐れんだような目で見るのを感じるようになった。僕自身は両目の記憶が全くないから、悲しい気持ちはないのだが。


そして小学校に入ると、まだ義眼をつけていなかった僕は格好のいじられ役となった。子供は残酷で容姿をからかわれたり、陰口を言われたり、仲間外れにされることに慣れっことなった。


簡単にいえば自分が傷つくのを防ぐため、自ら周りの環境に心を閉ざすようになったのだ。


中学に入る頃には、保健室登校をしながら市の図書館に出入りするようになり、1日中推理小説や心理学の本を読み漁るようになった。またライトノベルを読むようになったのもその位だ。


ライトノベルは異世界転生ものがお気に入りで、現実世界の自分が亡くなって転生できたら、その世界でエルフや獣人の女の子とパーティーを組んでダンジョン攻略をしながら苦楽を共にして、そして僕の初恋の相手はツンデレの女ヒーラーの娘と決めていた。


「アンタのためにヒールかけてる訳じゃないし。死なれると厄介だからっ、勘違いしないでよ!」


そんなセリフを現実で聞くことはなく、人と話すことも関わることも拒絶していた僕は、自分を少しでも変えたくて、高校デビューすることを決意した。


それからの僕は地元から離れた高校に通うため、中学3年生の春から猛烈に受験勉強を始めたのだ。


保健室の先生と1日1時間登校する約束があったので、毎日保健室には顔をだしていたけれど、それ以外の時間は全くの自由時間。


僕は受験アプリや動画を参考に勉強計画を立て、毎日12時間勉強していくと徐々に効果が出始めた。


夏ごろには立命高校の合格率が20%から50%まで急上昇し、秋口には70%に到達した、そしてクリスマスが過ぎるころには合格安全圏である80%まで成績が伸びていた。


もちろん年末にかけて恋愛イベントの一つも起こることはなく、淡々と年明けの1月を迎え、ついに立命高校の受験日がやってきた。


その日、鬼のように緊張していた僕は、試験を解くときも本当に無我夢中で、正直手ごたえを全く感じることは出来なかった。


ただ試験が終わった時に「自分はベストを尽くしたから後悔はないな」と独りごちつつ、試験会場からの帰り、最寄り駅のカフェに立ち寄り、甘いカフェラテをゆっくりと味わった。


結果発表までの3週間は、今まで積ん読されていたライトノベルに溺れる毎日を過ごしていた。

記念すべき、僕の読書復帰後の一作目は「16歳のエルフ女子は塩対応」、通称「エル塩」だった。


この作品は異世界転生をした主人公が、冒険者ギルドに所属しているエルフ女子と、ダンジョン最深層に隠された古代遺産である「魔剣グラム」の奪取を競う物語なのだが、見どころは16歳のエルフ女子であるリアーナの主人公に対するあまりにも辛辣な塩対応である。


初めて2人がダンジョン内で出会った時の第一声が、「アンタ、何処から湧いて出たモンスターなの。私に狩られたいの!」


同じ冒険者であることが分かった後も、彼女は主人公に辛辣な言葉を投げつづける。実力的にまだ5階層がやっとの主人公を「アンタ本当に弱キャラよね。全然使えないわ……雑魚」と煽りまくる。


カチンときた主人公がムキになって8階層まで進み、メイジゴブリン相手に善戦するがやられそうになった刹那、炎系の高等魔法でモンスターを一掃すると「アンタ、バカみたいな勇気は買ってあげるけど、今の実力だとすぐに死ぬわよっ!」とリアーナの厳しい一言。


その後もリアーナは主人公に対して、「ダメ男」「使えないヤツ」「私の一番嫌いなタイプ」などと言い放つが、なぜかパーティーを組んで深層にアタックしたり、固有スキルを開眼するための特訓に付き合ってくれるのだ。


そして3巻では、主人公が固有スキル「スケープゴート」に開眼し、成り行きとはいえドラゴンの集中攻撃からリアーナの盾となり、彼女を守り切ることとなった。全身熱傷により瀕死となった主人公に対して、彼女もまた神の治癒である「ディバイン・ヒーリング」に開眼し、驚異の治癒力で主人公を救うこととなるのだ。


3巻のラストで16歳のエルフ女子が、照れながらも見せてくれる透き通るような笑顔、そしてうっすらと涙を浮かべながら呟く一言、「あなたが生きてて……本当に良かったっ」

その場面は僕にとって間違いなく、今年一押しの胸熱シーンとなった。


誰にも邪魔されることなく、快適な自室でお気に入りのアニソンをシャッフル再生しながら、数日かけて「エル塩」全6巻を読み終えた僕は、推理小説の「如月孝太郎の事件簿」に目を通していると、玄関から速達郵便の到着を伝えるインターホンの音がした。


母が手にした郵便物を受け取り、差出人が立命高校である事を確認すると、僕は胸の鼓動が高鳴るのを抑えきれず、恐る恐るその手紙を開封してみた。


すると、僕が心から望んでいた「合格」の2文字がそこには記されていた。


僕の頬を一筋の涙が伝い、人は本当に嬉しいときに泣くのだということ、そして自分が決して無価値ではなく、生きている価値がある人間なんだということを感じることができた。


そして「生きていて、本当に良かったっ」と呟いたリアーナの気持ちが今なら少し分かるような気がしたのだ。


立命高校に入学が決まってからの1か月半は本当に早く過ぎていった。


その中で高校デビューのために、中学生の頃に作った義眼を新調する目的で、かかりつけの義眼工房に足を運ぶこととなった。


僕は既成品でも良かったのだが、母さんがせっかくなのでオーダーメイドでと勧めてくれたこともあり、形や色調を技師さんと相談した上で、漆黒色の義眼を選ぶこととした。


左目と全く同じ感じとは言えないが、着け心地が良くて、何より吸い込まれるような漆黒の深さに、この義眼がまるで僕のために用意されていたような、不思議な縁を感じたのだ。


そして、高校デビューには欠かせないと、僕は人生初の美容室にもチャレンジすることとなった。中学生までは「とりあえず……短くしてもらえますか」の一択で、いつも1000円カットで済ませていた。


その僕が、お洒落な内装の美容院でギャル系お姉さんに、話しかけられている。

「お兄さん、どんなイメージの髪型にしたいですかー。可愛らしい感じかそれともワイルド系が良い?」「今度から高校生なんだねー。彼女とか作ろうと思ってるのかな?」


チキンな僕には難易度が高すぎた……お姉さんからの質問に大粒の汗をかきながら、「可愛い系で」と精一杯伝えると、気が付けば今流行りと言われ、センターパートになっていた。


正直この髪型は恥ずかしいけど、こういうのが今の流行りなんだ。僕はそう思うことにした。


あとは、制服の採寸をした時に、何より受験勉強で弛んだ自分の身体に愕然とし、何とか引き締めるため動画を見ながら腹筋、腕立て、スクワットの3点セット筋トレを毎日頑張った。


そして3月の終わりごろ、胸板とお腹周りは少し引き締まったので、僕はいよいよ立命高校の制服を着て髪をセットし、右目に漆黒色の義眼を装着すると、我ながらなかなかいい感じに垢ぬけていた。


それから数日が過ぎ、ついに4月初日を迎えることとなったのである。


これは2歳の頃に右目を失い、今は漆黒色の義眼を有する少年、大城洋一の高校デビューと同じクラスの義足少女との出会い、そして2人の運命的な出会いから導かれる、中学生までは予想もしなかった、波乱に満ちた高校生活を描いた物語である。

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