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事件

 今日は大きな宴会があるので、俺はいつもより二時間早く出勤して準備に精を出していた。しばらくすると、一人の女の子が息を切らしながら店に駆け込んでくる。開店前なので様子を見ていると、そこにいたのは優里だった。




「おはよう。優里ちゃん、そんな慌ててどうしたの?」


「春斗くん、助けてください!」


「おいおい、訳を聞かせてくれないか?」


「実は……尚久さんが」




 突然抱きついて助けを求めてきたので、詳しい話を聞いてみるとどうやら最近、尚久が優里につきまとっているらしく、プライベートの時間に何度も電話やLINEをしたり、SNSで絡むなどされていて困っているようだった。




「何とかならないでしょうか? せっかく吹っ切れたのにこうですから」


「警察には言ったの?」


「一応、行きましたが「わかりました」だけで動いてくれないんです」




 あの最悪なデートから数ヶ月が経ち、漸く吹っ切れた矢先の出来事で彼女はかなり動揺していた。あれから尚久は店長にこってり絞られたので店では大人しくなったが、いつか大きな問題をやらかすだろうと覚悟はしていた。

 俺に隠れてあかねに告白し、こっぴどく振られた腹いせなのか、はたまた誰でもいいのか……どちらにしても優里にはいい迷惑であることに変わりはない。




「おーい! 優里ちゃ~ん」


「あの声は。優里ちゃん、隠れな?」




 俺は尚久の声に気づいて彼女を奥に逃がしたが気がつかなかったのか店を通りすぎていった。出勤時間ギリギリに来たかと思えば、会えなかったからか明らかに機嫌の悪い尚久がそこにいた。




「あ〜だりぃ」




 仕事を始めたのはいいが、やる気のなさが目立っており客にも無愛想な対応。あまりにもひどいので見かねた俺が注意しても「後輩のくせに生意気」と聞く耳を持たない。




「尚久さん、いくら機嫌悪いからって仕事中ですよ? 真面目に働いたら?」


「悪かったよ。そんな怒るなって優里ちゃん」


「やめてください!」




 尚久が反省しながら? 優里の肩に手を回すと彼女は嫌な顔をしながら強く拒んだ。




「優里ちゃ~ん! ちょっと焼鳥の仕込みを」




 彼女の異変に気づいた店長がそう言うと、逃げるように尚久から距離を取って焼鳥を急いで仕込みお客さんへ出した。




「大丈夫か?」


「店長、ありがとうございます」




 この場は何とか逃げられたが数日後、優里にとんでもない事件が! 連休で特に忙しかったある日の帰り道、仕事をバックレたはずの尚久が店の前にポツンと立っていた。




「遅いからそろそろ帰りなさい」


「すみません店長、お先に失礼します」




 尚久がいることに気づかないまま店を出た彼女は、一人で夜道を歩いている。すると背後から……




「優里ちゃん」


「え?」




 驚いて振り向いた彼女に尚久は容赦なく襲いかかった。腕を引いて公園に入ると……




「離して! やめてください」


「待てよ! なんで俺の気持ちわかってくれないんだ!」


「嫌だ! 触らないで!」


「こんなに好きなのになんで」


「私は嫌いです。何度も言いましたよね? あなたはもう好きじゃない」




 抱きつかれたままハッキリ断ると、尚久は豹変。髪を掴んで彼女を押し倒した。




「ちょっとかわいいからって優しくしてたら調子乗りやがって! 女だって容赦しねぇぞ! この野郎」


「キャ~~!!」




 尚久の怒号と優里の悲鳴が街に響き渡る。店長に様子を見てこいと言われたので店を出ると……




「イヤァ~!! 助けて~!!」


「あの声は!」




 優里の悲鳴が聞こえた公園へダッシュで向かうと彼女に馬乗りの尚久と泣き叫ぶ優里の姿が!




「おい!」


「春斗」


「優里ちゃんから離れろ」

 

「うるせぇ! 邪魔すんな!」


「離れろって言ってんだろ! ストーカー野郎」


「グフッ!」




 尚久を優里から引き離し、殴り飛ばすとヤツは見事にぶっ飛んでコンクリートに身体を強打した。




「いってぇ~!!」


「優里ちゃん、逃げて」


「で……でも」


「早く逃げろ!」




 優里を逃がしたと同時にヤツが俺に飛びかかってきたがヒラリと身を躱して背後から蹴りを食らわすとヤツは顔を強打。駆けつけた警察にそのまま逮捕され、事情を説明すると俺はお咎めなしになり帰された。




「お前、先輩に向かって……覚えてろよ」


「もうお前は先輩でもバイト仲間でもない。二度と優里ちゃんに近づくな!」


「くっ……」




 悔しそうに歯を食いしばる尚久を睨みながら俺と彼女は警察署を出た。




「春斗くん……ありがと。私、私、すごく怖かった……ウワァァ~~ン」


「もう大丈夫だから。優里ちゃんは俺が守るから」


「は……春斗ぎゅ~ん」→春斗く~ん




 彼女を抱きしめながら頭を撫でて泣き止むまでずっと待っていると、そんな俺たちを祝福するかのように街には朝日が照りはじめる。こうして突如降りかかった大事件は幕を閉じたのだった。

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