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幸せの瞬間

 優里がバイトに来てから1ヶ月、店は相変わらず忙しくバタバタの毎日だったが、珍しく予約0で客も来ない日があった。たまたま尚久が休みだったので、あかねと二人でこの前のデートの事を聞いてみる。




「今日は暇だな」


「こんなこと珍しいよね?」


「店長、どうする?」


「ちょっと俺、キャッチ行ってくるわ」




 あまりにも暇なため店長はキャッチで外に出た。店には俺とあかねと優里の三人だけであかねが切り出した。




「そういえば優里ちゃん、この前の尚久とのデートどうだったの?」


「もう最低でした。あとが怖くて最後まで付き合いましたけど、二度と行きたくないです」




 優里からすべてを聞いた俺たちは三人でドン引きしてしまった。あんな態度をすれば当たり前である。




「誘わなきゃよかったです」


「初めてのデート?」


「はい、彼氏もいなかったので」


「俺が言うのも変だけどさ、尚さんのことはやめときな?」


「そうですけど、顔だけはタイプなのでなかなか吹っ切れないんです」


「優里ちゃん? 顔だけはカッコいいけど最低な男なんていくらでもいるから、尚久とのプライベートな関わりは最初で最後にしときな?」


「あかねさん……」


「顔はイマイチだけど素敵な人もたくさんいるよ~?」




 そう言いながら俺を見てニヤニヤ笑うあかね。同時に優里も「そうですね」とクスクス笑った。




「あかねさん、どういうことっすか。優里ちゃんも笑うなよ~」




 三人で盛り上がっていると、2組ほどの客が来たのでゆっくり仕事を再開した。2名と3名の計5名である。




「1卓様に生ビール3つと山盛カルビ。もやしナムルと枝豆3つずつ」




 店長からオーダーを受け、俺たちはテキパキと仕事をこなす。優里もかなり仕事ができるようになっていた。正直、尚久がいない方が仕事もスムーズに進むと感じてしまい、店長含めて四人全員が同じように思っていた。

 それからチラホラ客も増え始め、暇だったのが嘘のように忙しくなった。あかねと店長の指示を受けながら俺と優里は仕事を片付ける。やっと終わって落ち着いた時、優里とあかねがジっと俺を見つめてきた。




「二人ともどうしたの?」


「春斗さん、カッコいいです」


「できる男は違うね」


「春斗さん、このあとご飯いきましょ?」


「春斗くん、私と」


「なんであかねさんとなんですか? 私です」


「優里ちゃんは遅いから帰りなさい」


「嫌です」


「おいおいちょっと」




 二人から引っ張るようにご飯に誘われて俺は幸せに思いながらもちょっと困ってしまう。あかねはいつもと変わらないが、優里は今日を境に積極的に絡んでくるようになった。




「春斗さん! 今日もカッコいいですね」


「春斗さん、ちょっとレジとバッシング教えてください」


「しょうがないな~」




 ニヤニヤしながら優里に構っていると、あかねが不機嫌そうに割り込んでくる。




「優里ちゃん、春斗くんも忙しいんだからわからないことは私か店長に聞きなさい」


「はーい」


「春斗くんもいつまでもニヤニヤしてないで、明日の予約とか確認したら?」


「あかねさん、だからそんなに怒らないでくださいって」


「春斗くんが悪いからでしょ」




 またある時は優里の出勤前にあかねと仲良くしていると。




「おはようございま~す」


「昨日の「どんちゃん騒ぎで風邪引いた」のドラマ見ました?」


「見た見た! 主演の司くんがさぁ……」


「あのシーンは大爆笑でしたね。昇くんと腹踊りしたとこ」


「春斗さん、あかねさん、随分盛り上がってますねぇ」


「あ! 優里ちゃんおはよー」


「優里ちゃんは見た?」


「私、興味ありませんから」




 ムスッとした様子で着替えに行き、その日は俺にもあかねにも、あまり口を利いてくれなかった。




「あかねさん、優里ちゃんどうしたんすかね〜?」

 

「私に聞かれても……」




 あかねも困惑した様子でそれ以上の言葉が見つからなかったのか、黙り込んでしまった。




「あのさ、優里ちゃん。気に障ること言ったなら謝るから」


「別に何でもないです」 




 優里は俺を避けるかのように仕事に戻っていった。納得いかないまま俺も仕事を続けていたが、ある女子会グループの呼び出しベルが鳴ったのでテーブルへ向かうと……




「お伺いします」


「あれ? 春斗くん?」


「そうですけど」




 どうやらメンバーの一人が俺を知っているようだが、全然ピンと来ない。とりあえず注文を聞いて料理を持っていくと、偶然会話が聞こえてきて俺は何かを思い出した。




「芹香、知り合い?」


「うん、高校時代仲良かった後輩」


「めっちゃイケメンじゃん」




“芹香? 聞き覚えある名前だな”




「お待たせしました。特上セットです」


「ねぇ? 本当にわからない?」


「芹香さん……でしたっけ?」


「私だよ私、神原芹香」


「あ〜! 思い出した! あの芹香さんか」




 彼女は神原芹香。俺の高校時代の2年先輩で、よく遊びに行くほど仲が良かったので周りから付き合ってると勘違いされていたが、真希も知っていたので三人でしょっちゅう否定していたのはいい思い出である。




「もう、忘れるなんてひどいな〜」


「元気でしたか? 全然連絡くれないんですもん」


「仕事忙しくてね。落ち着いたからこれからは連絡できるよ」




 そんなに忙しくなかったのでしばらく話していると、あかねと優里がイライラしながら声をかけてきた。




「春斗くん、いつまで喋ってるの?」


「洗い物溜まってるんですよ? 早くしてください」




 二人にそう言われ厨房に戻るが、洗い物は少なくそんなに仕事はない。しかたないので店長にどうするか尋ねると……




「しばらくゆっくり仕事しとけ。てか、お前って鈍感な奴だな〜」


「え?」


「ま、俺からは言えねぇわ。春斗の問題だからな」




 何か知ってそうな店長の言葉が疑問でしかたなかったが、よく考えてみるとこれだけ女の子に構われていることが嬉しくてたまらない。




「春斗くんは私のだから」


「いいえ、私の春斗くんです」


「春斗くん、変わってなくて安心したな」


「芹香、アタックしちゃえば?」


「バカ! 聞こえるってば」




 あかねや優里たちの間でこんなやり取りがあり、幸せの瞬間が訪れているなど知らずに俺は黙々と仕事をこなしていたがある日、とんでもない事件に巻き込まれてしまうのだった。

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