10-9(33)
「この前のデートの続きね!」
「ナオミ、ちょっとでも具合悪くなったら言うんだよ」
「はい、はい」と彼女は強引に僕の左腕に自身の右腕を絡ませ微笑んだ。
「ちょっと~ 歩きづらいんだけど」
「こんな可愛い子とイチャイチャ出来てるのにイチイチ文句言わないの」
「それにしても3万円を気前よく置いてくなんてナオミってお金持ちだね」
「まぁ、バイトしてたからね」
「バイト? パパ活じゃないの?」
「それは最初の頃だけよ。まゆみっていたでしょ」
「うん、あの脚の綺麗な子?」
「そう。彼女の実家って居酒屋なの。だからそこで働かせてもらってたの」
「そうなんだ。偉いね」
「でも、私、もうすぐ死んじゃうのか~ せっかくレンちゃんと再会出来たの
にねっ!」
「そんなのナオミらしくないよ。きっと大丈夫だよ、ナオミなら」と僕に身体を
寄せる彼女を少しだけ押し返した。
「担当の先生から病状について聞いてるんでしょ」
「うん、聞いたよ。確かに難病だけど昔と違って今は根治の可能性があるって
先生言ってたよ。だからきっと大丈夫だよ」
「どうせ先生になんでもっと早く診察受けなかったんだって怒られたんじゃ
ないの?」と今度は彼女が僕を押し返した。
「危ないな~ こっちは車道だよ」
「レンちゃんは病人じゃないんだからしっかり踏ん張らなきゃ」
「何だよそれ」
「レンちゃん、私、平気よ。もう受け入れたから。どうせ私は作家に創作された
いち演者にすぎないんだもん。今回はちょっと短すぎるけどね。こんなのって
たぶん新人の駆け出しの頃以来かな」
「じゃ~ ナオミの場合、映画でいうところの友情出演ってやつだね」
「違うわよ~ それを言うなら愛情出演でしょ!」
「ふっ、上手いね!」
「ねぇ、ちょっとあの公園で休まない?」
「そうだね。あそこのベンチでちょっと休憩しよっか」
僕たちは公園のベンチに腰を下ろすと、過ぎ去ったあの日々をまるで和み
惜しむかのように互いに確認しながら昔話に花を咲かせた。
「ねぇ、レンちゃん覚えてる? 二人で海見に行ったよね」
「うん、はっきり覚えてるよ。だってあれが最後のデートだったから」
「レンちゃんが用意してくれたバーベキュー美味しかったよ! あっ、これも
美味しいけどね」と彼女は大好きなたまごサンドをほおばった。
「でもさぁ~ あの時レンちゃん私にウソついたんだよね、小説続けるって」
「そんなのもう時効だろ~ だって僕はあの時……」
「ごめん、ごめん。元はと言えば私が無理やりレンちゃんに小説書かせたのが
そもそもの原因なんだから悪いのは私よね」「あっ、ありがと」と彼女は僕が
手渡したココアを口を尖らせながらすすった。
「ナオミ、正直僕は心底ナオミには感謝してるんだ。あの日、誰もいない真っ暗
な公園でナオミは泣き崩れる僕を優しく抱きしめてくれたよね。今でも鮮明に
覚えてるよ。そうだ、まだあの時のお礼言ってなかったね。ありがとう、ナオミ」
「やだ、そんなのもういいわよ~」
「そうそう、ナオミにもう一つお礼言わないと」
「何よ~ もう一つって?」
「ナオミなんだろ、前に僕が車に轢かれそうになった時突然現れたのは」
「えっ、そんな事あったかな?」
「違うの?」
「だって私、色んな役演じてるからさ~ 忘れる事もあるわよ」
「絶対ナオミだよね。公園の件といい2度も僕の命救ってくれたナオミには
ホント感謝しかないよ」
「そんなのお互い様よ。私もレンちゃんに看病してもらったりしたしさ~」と
彼女は涼しげな表情で2つ目のたまごサンドを口にした。
「看病と言えばさ、ナオミが2度も同じ難病ってどうも解せないんだよな~
ねぇ、ナオミどう思う? ナオミの世界で再放送って言うか、そういうの
流行ってたりするの?」
「同じ作品を繰り返すなんて私聞いた事ないよ。て言うか同じなのは私の
病気だけで後は全然違うじゃない。かおりって子が出て来たりさ」と彼女は
若干不満げな表情でサンドイッチの包み紙を差し出すと、今度は一転不思議
そうに僕を見つめた。
「何、僕の顔に何か付いてる?」
「レンちゃんって顔変わんないよね~」
「ナオミだって変わんないよ」
「まぁ、私は女優だから当然としてもさ~ レンちゃんが変わんないのは
ちょっと変だよね」
「確かにナオミの言う通り、どんどん若返ってるの実感するもんね」と僕は
得意げに髪を掻き上げた。
「レンちゃんはいいよね~ お気楽で。私なんてもう一度同じ苦しみを味わう
んだからね。ホント最悪だわ」
『うっ……』
「ナオミ、大丈夫?」
「はぁ、はぁ、『痛っ!』どうも鎮痛剤が切れたみたいね」
「た、大変だ。ナオミ、今から病院に戻ろう!」「ナオミ、立てる?」
「イヤよ。私、病院には戻らないから。はぁ、はぁ」
「何バカなこと言ってんだよ! さっ、早く僕におぶさって!」
「もうお金ないし、それにこの痛み……、覚えがあるの」
「覚えがあるって?」
「そう、はぁ、はぁ、私が闘病生活してた時と同じ痛みよ。レンちゃんも
覚えてるでしょ。はぁ、はぁ、あの後、私は意識を失って、そ、それで」
「わ、分かったから」と僕は彼女の左手を両手でしっかりと握り締めた。
「あ、暖ったかい。はぁ、はぁ、レンちゃん、あの時と同じ事してるね」
「ナオミ、僕はどうしたらいいの?」
「ずっとこうしていて。はぁ、はぁ、私、幸せよ。はぁ、はぁ、レンちゃんと
こうやってもう一度会えたんだもん」
「そ、そんなこと言うなよな」
「はぁ、はぁ、レンちゃんまた泣いてるの。やっぱレンちゃんって泣き虫ね」
「そんなのしょうがないだろ!」
「ねぇ、レンちゃん聞いて、はぁ、はぁ」
「な、何だよ~」
「私、嬉しかったよ。はぁ、はぁ、レンちゃんが何もかも捨ててさ、こんな私に
寄り添ってくれたんだもん。はぁ、はぁ、感謝するのは私の方よね。はぁ、はぁ、
それとね、前に私、レンちゃんに小説続けて欲しくって何度もわざと辛く当たっ
たでしょ。はぁ、はぁ、あれホントはちょっぴりカオリって子に嫉妬してたかも。
はぁ、はぁ」
「ナオミが嫉妬?」
「うん。だってレンちゃん、はぁ、はぁ、いつもあの子に優しかったんだもん。
わざわざあんなレストラン予約したりさ。はぁ、はぁ」
「バカだな~ そんなの気にしてたんだ」
「ねぇ、レンちゃん、こっち見て」
「これでいいかい?」
「うん。レンちゃんの顔、ちゃんと目に焼き付けなきゃね。はぁ、はぁ、
やだ、なんだか涙が出ちゃう。これじゃ~ 女優失格ね」
「な、ナオミ……」
「ねぇ、レンちゃんコレ付けて」と彼女は震える手で布バッグからイヤリング
を取り出した。
「ねぇ、早く付けて」
「でもナオミこのイヤリングあまり気に入ってないんじゃないの?」
「はぁ、はぁ、何言ってんの。私たちの思い出のイヤリングじゃない」
「そ、そうだっよね」
「カオリちゃんじゃなくってさ、ナオミに付けて欲しかったのよ。はぁ、はぁ」
僕は慣れない手つきで風に揺れキラキラ光るアコヤ貝のイヤリングを彼女の
両耳に付けてあげた。
「はぁ、はぁ、レンちゃん、私、綺麗?」
「あぁ、とっても」
「レンちゃん、そろそろお別れね。はぁ、はぁ……」
「ナオミ、ま、待ってよ。ねぇ、僕を一人にしないでよ」
「はぁ、はぁ、レンちゃん、私いつもレンちゃんのこと見てるからね。安心して」
「そんなのイヤだよ――っ!」
「はぁ、はぁ、わがまま言わないの」
「イヤだよ、絶対イヤだよ!」
「好きよ、レンちゃん」
「ナオミ……」
『ナオミ――っ!』
通信手段を持ち合わせない僕は意識を失った彼女をベンチに残すと、パニック
状態ながらも大通り目指し全力疾走した。
〈はぁ〉
〈はぁ〉
〈はぁ〉
『すみませ――ん!』
「き、救急車!」「救急車呼んでもらえますか!」
「急病人がいるんです! 場所はあの公園です!」
サラリーマン風の男性にお願いした僕は再び公園に戻りベンチに横たわる
彼女に顔を近づけた。
「息してるのかな?」
「こんな時どうしたらいいんだよ~」
「それにしても救急車遅いな~ 何やってんだよ~」
顔全体に広がる彼女の汗を拭いてあげようと僕は完全にパニック状態のまま
右手をポケットに突っ込んだ。
「なんでこのタイミングでおつまみのイカが出て来んだよ~」
僕がハンカチを探し、各ポケットに手を突っ込んでいるまさにその時だった!
突如、瓦礫が崩れるような爆音と共に看板のような物体が僕に向かって
一直線に飛んで来た。
『うわ――っ!』
それはまさに一瞬の出来事だった。




