7-2(19)
新大阪駅に到着した僕たちはネット情報を頼りに在来線を乗り継ぎ、
全国的に日雇い労働者が集まる街として有名なあいりん地区へと向かった。
急きょ僕がこの地を選ばざるを得なかった理由として、犯罪など追われる
立場にある者にとって紛れるには好都合な街である事、更に資金面でかなり
追い込まれていたからだ。
そして僕たちがようやく辿り着いた新今宮という駅は意外にも量販店や
有名ホテル等が立ち並び、ホームレスが多く暮らす街とは思えないほど
洗練されていた。
だが一旦改札を抜け、しばらく街中を散策するとまるで昭和時代にタイム
スリップしたかのような風景の豹変ぶりに僕たちは思わず息をのんだ。
僕たちはとりあえず安価なビジネスホテルで最初の2日間を過ごしたが、
手持ちの予算ではあと数ヶ月が限界だった。
そこで僕は彼女を出来るだけ不安にさせないよう細心の注意を払いながら
今後の生活について話すタイミングを伺っていた。
「まる!」「まる!」「コレもまる!」「まる!」「さらにまる!「おぉ~」
「かおりゃん、凄いね。全問正解だよ!」
「へへっ! だって昨日先生が帰った後も勉強続けてたんだもん!」
「へぇ~ そうだったんだ。偉いね!」
「だって100点満点だったら3ポイントなんでしょ。だから私頑張ったの」
と彼女は3枚の花柄シールをシートに貼り付けた。
「でもホントかおりちゃんって凄いよね。ちょっと前まで読めなかった本も
今はスラスラ読めるし、内容把握もバッチリだもんね! この調子なら
すぐに目標ポイント達成しちゃいそうだね」
「そうなのよね~」
「ところでかおりゃん、目標ポイント達成のご褒美考えた?」
「うぅ~ん、まだだけど。でも先生が私を連れ出してくれて、今も勉強教えて
くれてるんだから私、それで十分よ」と彼女は満足気な笑みを浮かべた。
「それは取材のお礼だよ。まぁ、ゆっくり考えて見つかったら教えてよ」
「うん」
「それでね、そろそろ僕もそのポイント稼ぎのために協力しようかなって
思うんだよね」と僕は遂に本題を切り出した。
「もしかしてお外でお仕事するの?」
「そう」
「えぇっ~ もっと後でいいじゃない」
「ちょっとでも早くポイント貯めた方が何かとねっ! ご褒美が近づくって
いうか~ その~ かおりちゃんってば」
「も~ 何時にお出かけするの?」
「早朝だよ。っていうか夜中かな。かおりちゃんが寝ている間にパパッて
出掛けて~ 夕方にササッて戻って来る感じかな」
「じゃ~ 夕方まで私一人じゃない」
「それでね、実はかおりちゃんに提案っていうかお願いがあるんだけど」
「何なの?」
「明日から僕もココに寝泊まりしていいかな?」
「えっ! 先生がココに? 私が寝るまでずっといてくれるって事?」
「そう。ダメかな、やっぱり」と僕は紙袋から寝袋を取り出す手を一旦止めた。
「ダメなわけないじゃない! 私はずっとそうして欲しかったけど小説の
邪魔しちゃいけないから言わなかったの。じゃ~ 先生、ココで小説書くの?」
「いや、もう止めたんだ書くの」
「どうして? もしかして私のせいで書くの止めたの?」
「いや、かおりちゃんは関係ないよ。それよりコレ買ったんだ」と僕は新品
の寝袋を紙袋からようやく取り出した。
「これ寝袋って言ってこうやって広げると……『ほら!』中にスッポリ入れ
るんだ」
「うわっ、おもしろ~い! なんかミノムシみたい」と彼女は寝袋の口を
広げ、興味深々に中を覗き込んだ。
「僕はこれ使うからかおりちゃんはそのままベッド使っていいからね」
「えぇ―っ、私もコレで寝たいよ~」
「じゃ~ 寝る前にゲームして勝った方がその時の気分で好きなの選ぼっか!」
「うん! 先生、今日はどのゲームにする? コレにする? こっちの方が
いいかな? 先生、どっちがいい?」
「あの~ かおりちゃん」
「どうしたの? 先生」
「なんか、ごめんね。急に予定が狂っちゃって。部屋も小さいし、これから
もっと小さい部屋になるかもしれないんだ。あと仕事も」と僕はたまらず
彼女から目を背けた。
「やめてよ~ 私、十分幸せよ。だってお勉強教えてもらえるし~
毎日したい事出来るんだもん」
「ホントにそう思ってる?」
「うん! それより先生、どれがいい?」
彼女の変わらない笑顔は心底この僕を信頼してくれているのか、それとも
僕を気遣ってなのか本当のところ今の僕には分からない。
どちらにせよ僕たちが今後かなり厳しい現実に直面する事だけはほぼ確実
のようだ。