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7-1(18)

〈ザ――ッ バシャ! バシャ! バシャ! バシャ!〉

                         〈キュッ!〉


 一旦彼女を駅近くのホテルに泊まらせ、同階隣部屋でシャワーを浴び終えた 

僕はバスタオルで髪を拭きながらバックパックから衣類を取出し整理し始めた。


 とりあえずこれだけあれば当分の間大丈夫だな。

 足らずはカードで何とかなるだろう。


 僕はセーターを取り出した際ベッドにこぼれ落ちた一冊の通帳を手に取った。

 この通帳は経理の高杉くんの勧めで作ったものだが、ほぼカード中心の僕に

通帳の出番などなく、僕自身この通帳の存在自体忘れていた。

 いづれ高杉くんからメインバンクの通帳、印鑑も含め返還してもらうつもり

だが今は出来るだけ人との接触を避けた方がよさそうだ。

 それにしても今回僕の取った行動は常軌を逸してるとしか思えない。

 感情の赴くまま突っ走る10代の学生ならまだしも、分別を備えた社会人が

このような強引かつ衝動的に彼女を連れ出すなんてもはや自ら破滅に向かって

突き進むようなものだ。

 僕はいづれ誘拐犯として起訴され、社会的信用を無くし小説家としての

ポジションも確実に奪われてしまうだろう。

 たとえ刑に服し社会復帰したとしても、誘拐犯として僕は社会的制裁を

受け続け、いづれは社会に抹殺される運命にある。

 なのに不思議と僕の頭に後悔という文字が浮かんでは来なかった。

 それは彼女に対する同情心なのかまたは自己満足による正義感なのか

今の僕には分からない。

 だが一つ確実に言えるとすれば僕がしたいようにしたという事だ。

 実にシンプルかつストレートな動機に若干勇気づけられた僕は鬼門と化した

スマホを恐る恐る手に取った。

 実は移動中僕は逃避行というべき今回の顛末を栗原さんにメールしていた。

 正当化する理由など微塵もない今回の愚行に対する彼女からの返信は当然

ながら非難、失望、怒りの文字で溢れかえっていた。

 更に一週間以内に戻りさえすれば今回の件は不問とする施設側の提案も

記されていたが、僕は一切応じるつもりはなかった。

 苦境から遂に解放された彼女の満面の笑みを目の当たりに僕は迷わずこの

僅かに猶予された一週間を彼女と共に全力で楽しむ事に決めた。

 それはまるで初めて執筆した恋愛小説時のように定番のデートスポット巡り、

食事からショッピングと多岐にわたり僕は彼女の愛らしい笑顔に癒され続けた。

 そしてもう二度と訪れないだろう解放された7日間を満喫した僕たちは遂に

逃亡生活初日を迎えた。


〈コン!〉〈コン!〉

         〈ガチャ!〉〈ガチャ!〉


「おはよう、かおりちゃん」

「よく眠れた?」

「う、うん……」

「なんか疲れた表情してるけど大丈夫なの?」

「うん。ホントはね、先生が買ってくれた洋服やキラキラのアクセサリー

眺めてたら寝るのもったいなくって」と彼女はベット上に規則正しく

並べられた洋服を指差した。

「まぁ、かおりちゃんの気持ちは分かるけどね。でも、かおりちゃんは

今病気なんだからさぁ~ ちゃんと睡眠は取らないと」

「うん、そんなの分かってるよ、先生に言われなくても」

「いや、全然分かってないよ。昨日も疲れた顔してたもん」

「そんなに怒んないでよね」

「だって僕はかおりちゃんの身体が心配だから言ってるんだよ!」

「だったら隣の部屋なんかに泊まらずに先生もココに泊まればいいじゃない」

「そ、そういうわけにはいかないよ」「はい、これ」と僕はコンビニ袋を

彼女に手渡した。

「ありがとう、先生」

「あっ、卵サンドある! 先生、これ食べていい?」

「どうぞ」


〈カサ〉〈カサ〉〈カサ〉……


「先生、何かあったの?」

「どうして?」

「なんか機嫌悪そうだから」

「別にいつも通りだよ」

「ふ~ん」


 彼女の指摘は実に的を射ていた。

 これから始まる逃亡生活突入に際し、出来るだけ多くの現金が必要な僕は

コンビニ数ヶ所でキャシングを繰り返したがことごとく失敗していた。

 更にお金の管理全てを任せている高杉くんとの連絡が一切取れず、

実際のところ僕はかなり焦っていた。

 原因は銀行に警察の介入があったか或いは彼が横領したかの二択だが、

いづれにせよ普段カードで生活している僕にとって致命的状況に陥った事に

変わりはなかった。


「かおりちゃん、ちょっと聞いてほしいんだけど」

「どうしたの? そんな真面目な顔しちゃって」

「実はちょっと状況が変わってね」

「状況ってあれでょ。今日から人目を気にしながら暮らすんでしょ」

「まぁ、それはそうなんだけど……。ちょっと予定外の事が起こってね」

「予定外って?」

「うん、まぁ、とりあえずこれから大阪に行こうと思うんだ」

「大阪? それって遠いの?」

「いや、新幹線で3時間ぐらいかな」

「えっ! 私、新幹線乗れるの?」

「そう乗れるよ」

「うわぁ~」


 眼を丸くし身体を回転させながら喜びを存分に表現する彼女とは対照的に

厳しい現実を突き付けられた僕は今後の方針を出来るだけ彼女のストレスに

ならないよう慎重に切り出した。


「かおりちゃん、今日から色々大変だろうけどいっしょに頑張ろうね」

「うん。私、先生となら大丈夫よ!」

「いや、これからはかおりちゃんと一日中いっしょってワケには……ごめんね」

「えぇ――っ! 今、いっしょって言ったじゃない!」

「いや、その代わりって言うか、ちょっとかおりちゃんに提案があるんだけど」

「何っ提案って?」

「そんな怖い顔しないでよ」と僕はコンビニで思いついた即席のポイント表を

彼女に提示した。

「何なのこれ?」

「これから外出は制限されるし、いつも人目を気にして生活するって大変だと

思わない?」

「私、そんな経験した事ないから分かんないけど、そうなの?」

「そりゃそうさ。いつも捕まるんじゃないかってビクビクしながら生活する

んだよ」と僕は真顔でゆっくり彼女に近づいた。

「せ、先生、ち、近いよ」

「だから毎日ゲーム感覚で過ごした方が少しでも気が紛れると思うんだ。

まっ、詳しい事は新幹線で話すからさ、かおりちゃん、それより支度して

くれる。ぐずぐずしてると僕たち捕まっちゃうよ。急ごう!」

「う、うん。分かった」


 僕たちは喫茶店を出る時と同様、周りに細心の注意を払いながら一路大阪

を目指した。


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