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6-4(16)

 翌朝目覚めると部屋に彼女の姿はなく、綺麗に片付けられたテーブル上に

一枚の小さなメモが残されていた。

”昨夜は私にお付き合い頂きありがとうございました。先生、お酒は程々にね”

と記されたメモを流し読みすると僕はそのまま洗面所へと向かった。

 ボサボサに乱れた髪を濡らした両手で整え、僕はまじまじと鏡に映る自身の

顔を覗き込んだ。


 あれ? いつもなら完全に二日酔いなのに今日はそうでもないな。


 僕は首を傾げながら再びリビングに戻ると残り僅かとなったウイスキー

ボトルを軽く持ち上げ、深いため息を吐いた。

 後頭部を掻きながらソファーに腰を下した僕は改めて昨日の彼女との

会話を振り返った。


『もしかしたら誰かがそういう設定でこっそり執筆してたりして』

    『もしかしたら誰かがそういう設定でこっそり執筆してたりして』


 頭の中で何度も繰り返される彼女の意味深な発言に胸騒ぎを覚えた僕は

一気に立ち上ると、そのままデスクへ向かいノートパソコンを立ち上げた。

 カーソルはとあるタイトルへと一直線に向かい停止、クリック音と共に

画面に現れたのは稚拙ながらも当時懸命に執筆した自身初の恋愛小説だった。

 今改めて確認するもやはりこの文章は僕の執筆物でほぼ間違いなく、

ましてや他人が執筆したとは到底思えない。

 だが文章のみを近視眼的に捉えるのではなく、当時の状況等を包括的に

考察すると一つの疑念が生じる。

 当時の作品は稚拙なプロットと文章で綴られ、小説というにはほど遠い

代物で、とても世間に発表出来るものではなかったはずだ。

 なのに店長の計らいで出版社の紹介を経て、小規模ながらも映画デビューを

果たし、しかも奇跡的に劇場内でナオミの不治の病が完治するなんて現実に

あり得るだろうか。

 思い返せば初めて小説を書き始めたキッカケ自体も実に不可解だった。

 突如として植物や虫などヒト以外の感情を感覚的に受け取り、彼ら彼女らの

気持を代弁するかのように執筆を始めたのだから。

 よもや僕はまるでアバターのように僕以外の誰かに人生を決められていた

のかもしれない。

 仮にそれが正しければその人物を特定し、彼女の病を回避するよう説得

すれば全てが解決するはずだがその人物とは一体誰なのか。

 僕は腕を組み、全神経を集中させながら当時の状況、接点の頻度などを

考慮に模索すると消去法的に一人の人物が浮かび上がった。

 僕は一筋の望みを託しながらスマホを取り出し連絡を試みることにした。


〈ボッ・ポッ・ポッ〉〈プルルルル〉〈プルルルル〉〈プルルルル〉


『もしもし。ご無沙汰しています。田町です』

『お―っ! 久しぶり。元気にしてる?』

『はい、おかげさまで。店長、今、大丈夫ですか?』

『全然大丈夫だよ。もうお店はバイトに任せてるからね。超人気作家の

田町くんから電話だなんて光栄だよ!』

『やめて下さいよ。店長には何から何までお世話になって本当にありがとう

ございました。僕が今あるのは店長のお陰ですよ。本当に感謝してるんです』

『いや僕はただキミを編集長に紹介しただけだよ』

『編集長といえば、郷田さん、お元気ですか?』

『相変わらず元気でやってるよ。ちゃっかりクライアントにキミの名前を

使って営業頑張ってるみたいだよ』

『そ、そうですか、ははっ!』

『ところでどうしたの? 急に電話だなんて』

『あの~ 店長って小説書いてるんですよね』

『えっ、どうして田町くんが知ってるの? 僕、キミに話した事あったかな~』

『い、いえ……』

『あっ、長澤さんから聞いたの?』

『いや、ただなんとなくって言うか、郷田さんと友達だからもしかしてって』

『実はさ~ 学生時代からの趣味でね。まぁ、下手の横好きってやつさ』

『あの~ 店長、変な事聞くようですけど、作品の中に主人公が小説家を

目指すみたいな作品ってあります?』

『あるよ。一つだけ』

『(や、やっぱり)で、その主人公は最終的に人気小説家になったりします?』

『ならないよ』

『えっ、ならないんですか』

『そう。だって交通事故で死んじゃったからね』

『でも、そのあと主人公が奇跡的に生き返ったりしないんですか?』

『一度死んだ人物が生き返るってのは僕のポリシーとしてはナシかな。

まぁ病気が奇跡的に回復するってのはアリだけどね』

『じゃ~ その作品の続編的なのは存在しないってことですよね、当然』

『そりゃそうだよ。だって主人公が死んじゃってるんだから』

『なるほど。で、店長、今でも執筆されてるんですか?』

『いや、もう何年も書いてないな~ っていうかもうヤメたよ。だって

田町くんみたいに才能ないからね。〈コン!〉〈コン!〉あっ、田町くん、

ごめん。バイトの面接の子が来たみたいなんだ。また今度ゆっくり居酒屋

あたりで食事しようよ。近いうちに僕から電話するよ』

『はい、お待ちしています。それでは失礼します』


〈・ピッ・〉


 スマホを置いた僕はマウスで画面を再びスクロール、そしてエンディング

部分までたどり着くと何も書かれていないブランクスペースをただ呆然と

眺め続けた。

 すっかり当てが外れた僕は真っ白な画面同様に解決のヒントさえ掴めず、

一週間後の取材日を無策で迎える事となった。


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