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6-3(15)

「これは一体どういう事なんだ……」


 彼女はかおりという名の女性でナオミとは無関係。

 完全に赤の他人とようやく認識し始めたこの僕に新たな期待を抱かせる

彼女の僅かな記憶。

 だがそんなささやかな喜びに浸る僕を彼女のメモにより一瞬のうちに

打ち砕だかれてしまった。

 そのメモに記された病名が以前ナオミが患った不治の病と全く同じだった

のだから今僕が混乱状態にあるのはしごく当然だ。

 僕はこの事態が単なる偶然だとはとても思えなかった。

 なぜなら小説を執筆するに当たり僕はネットで病名を検索するも中々

決めきれず、病名決定に何日もの時間を要した。

 それは人の生死に関わるデリケートな問題、たとえ小説とは言え安易に

設定するのを僕はためらったからだ。

 結果僕が選択したのは世界的にあまり症例がなく不治の病とされる疾病、

それが今回彼女が患ったものと全く同じだなんて偶然というにはあまりにも

不自然だ。

 やはりかおりという女性はナオミ本人なのか……。

 断片的ではあるも、やはり彼女が見たという夢の話もあながち単なる夢

ではないのかもしれない。

 なぜならツアーパンフレットにある部屋の写真の多くはいわゆる一般的な

スタンダードルームか、或いはワンランク上のデラックスルーム辺りだ。

 彼女から更なる詳細を聞くまでははっきりとは断定出来ないが、

彼女が言う”ホワイトチョコのような床”はおそらく大理石。

 ギャンブルで得た莫大な収益で運営されるラスベガスのホテルは往々にして

豪華な造りだが、大理石の床となるとスイートルーム或いは更にその上の

ハイローラー専用のペントハウスの類だろう。

 以前小説執筆の際、僕はラスベガスにあるホテルのホームページでスイート

ルームなどの写真を閲覧し小説内に描写したが、スマホやPCを持ちえない

彼女が果たしてイメージなど出来るのだろうか。

 いづれにせよ彼女は限りなくナオミに近く、いやおそらくは本人だろう。

 ともすればなぜ彼女は二度も同じ体験をしなけれなばらないのか。

 彼女は身勝手な僕の執筆のせいで不本意な死を迎えはしたが、映画によって

甦ったはずだ。

 そして長く辛い自責の念から解放された僕は再び彼女に恋し、結果

職業作家としての今がある。

 僕はたまらずリビングへ移動、そしてウイスキーのロックを立て続けに

飲み干すも混乱状態から抜け出せず、どんより淀んだ空気がこの僕に重く

のしかかる。

 原因究明より彼女の救済を優先すべきと理解はしているが、混乱状態の

今の僕にはあまりにも難解すぎる。

 そもそも彼女は今作中図らずも病気とは無縁だ。

 つまり以前のように映画で奇跡の復活というワケにはいかないのだ。

 そんな解決の糸口にすらたどり着けない状況下、ドアをノックする音が

部屋中に響き渡った。


〈コン!〉〈コン!〉……


『先生、栗原です』


 僕はソファーから腰を上げ、まるで夢遊病者のようにゆらゆらと入口付近

に近づきドアロックを解除した。


〈ガチャ!〉


「どうしたの? 栗原さん」

「あの~ 先生、今お時間いいですか?」

「いいよ。どうぞ」


 髪がいくぶん短くなった彼女は少々上機嫌で手に持ったビニール袋を

リズミカルに揺らしながらリビングへと向かった。


「髪切ったんだ」

「分かります?」

「いや、それだけ短くなれば誰だって気づくよ」

「今日はオフだったから美容院でカットしてもらったんです」

「そうなんだ。よく似合ってるよ」

「それはどうも」

「栗原さんも飲むでしょ。ウイスキーしかないけど」と僕はサイドボードへ

向かいつつ背中越しの彼女に問いかけた。

「はい、頂きます。あっ、すみません、私が用意しなきゃいけなのに」

「いいよ。座ってて」と僕はグラスとコースターを片手で持ちながら

再びリビングに戻りソファーに腰を下ろした。


〈カラン!〉〈カラン!〉

           〈トク!〉〈トク!〉……


 グラスに氷を3つ、そしてウイスキーを注ぎ込んだ僕は彼女とグラスを

合わせた。


「ありがとうございます」「……うっわ!」

「何、どうしたの? 栗原さん」

「先生、ウイスキーすっごく減ってるんですけど」

「そんなに減ってる?」

「減ってますよ。先生、大丈夫ですか?」


 彼女はウイスキーボトル持ち上げしげしげ眺めると、思い出したように

ビニール袋からツマミのような物を取り出した。


「今日ね、物産展でこれ買ってきたんですけど、よろしければお酒のアテに

どうぞ」

「何なのこれ?」

「貝柱かな? まっ、よく分かんないですけど」

「なんだよ、ずいぶん適当だな」と僕は袋を裏返し中身を確認した。

「どうしたんですか? 先生。お酒こんなに飲んで」

「いや、特に。いつも通りだよ。小説以外はね」

「小説以外って先生、執筆は?」

「ははっ! 大丈夫だよ」と僕はすでに空になった彼女のグラスに更なる

ウイスキーを注ぎ込んだ。


 飲酒のペースも含めこの日の彼女はいつになく冗舌且つ、まるで僕との

会話を名残惜しむかのような振る舞いについ僕の飲酒ペースも一気に急上昇。

 そんなほぼ泥酔状態の僕をよそに彼女はおもむろに立ち上がるとそのまま

僕の執筆デスクへと向かった。


「先生、ちょっと見ていいですか?」

「どうぞ、どうぞ。バックアップしてるからお好きにどうぞ」


〈カチッ!〉〈カチッ!〉〈カチッ!〉……


「相変わらず先生の作品って恋愛ファンタジー系、多めですよね」

「そうだよ。何か問題でも? 別にいいじゃん、多くたって」

「なんかヤな感じ。先生、もうお酒それぐらいにした方が……」

「僕はね、僕は家族なんてなかったし、両親の顔すら全く知らないんだから

ホームドラマなんてそもそも書けないんだよ」と僕はソファーに

もたれながら口を尖らせた。

「えっ、そうだったんですか。先生、すみません。私、何にも知らなくて」

「いや、いいだよ。だって今まで君に話さなかったんだから」


〈カチッ!〉〈カチッ!〉〈カチッ!〉…… 


 気まずさを感じたのか、まるで空気を変えるように彼女は声のトーンを

少し上げながら僕に過去作について問い掛けた。


「先生、この小説のラストシーンの”未だ呪縛に苦しむ王女と共に彼は脱出に

成功した。だが不運にも崩れ落ちる城壁により彼はリサージェントソードを

握りしめながら静かに息絶えた”って書かれてるんですけど……、この変な

名前のリサージェントソードって何なんですか?」

「あ~ それは復活の剣って意味だよ。つまりたった1度だけ有効な

復活の権利を手に入れたって事だよ」

「何だかイマイチよく分かんないゲームのエンディングみたいですね」

「いいんだよ、それで」「ところで栗原さん、執筆期間に限り、一時的に

だけど登場人物に魂が宿るって知ってた?」

「知らないですよ、そんなの。て言うかそれってかなり怖いんですけど」

「別にキミを怖がらせるつもりはないよ」

「じゃ、何なんですか?」

「だから言葉通りだよ」と僕は少々得意げにゆっくりグラスを傾けた。


 栗原さん、実はね……


――

―――

――――


 懐疑的な彼女をよそに僕はアマチュア時代に体験した事から異世界の存在、

ナオミとの馴れ初めなど飲酒のせいで時系列は多少前後しながらもまるで

吐き出すように包み隠さず彼女に全てをぶちまけた。

 今回の一件でおそらく僕は全てにおいて限界を迎えていたのだろう。


「ふぅ~ なるほどね~ 何んだか私、スッキリしちゃいました」

「スッキリって言うけど僕にとっては謎だらけだよ」

「謎って?」

「未だ理解出来ないのはどうして彼女は不文律を犯してまでこの僕を救済

してくれたんだろうとかさ」

「それって先生に対する彼女の愛の深さっていうか~ そういう事なんじゃ

ないですか。いちいち私に言わせないでくださいよ」

「いや、でもそんな危険を犯してまでって思うでしょ、普通」

「さぁ~ どうでしょ。そんなの作者のさじ加減なんじゃないですか」と

彼女は眉をひそめた。

「それにかおりって子がナオミと同じ病魔に侵されるなんてさ」

「まぁ、それに関しては確かに謎ですよね」

「だろ~」

「あっ! もしかしたら誰かがそういう設定でこっそり執筆してたりして」

「誰かって誰だよ」

「し、知らないですよ、そんなの」

「ホント適当だな、栗原さんって」

「ちょっと~ 私に当たるのやめてもらえます」「あっ、先生、就労支援の

磯田さんからメール来てるんですけど、クリックしちゃっていいですか?」

「どうぞ、どうぞクリックしてくださいな」


〈カチッ!〉〈カチッ!〉


「先生、あの~ かおりって女性のインタビュー取材の件なんですけど……」

「何、取材がどうかしたの?」

「次の取材で最後にして欲しいですって」

「えっ、最後って理由は?」

「書いてないですね。もしかして先生、何か問題起こしたんですか?」

「そ、そんなワケないだろ」

「じゃ~ どうしてだろ?」

「栗原さん、次の面会日っていつになってる?」

「え~っと、ちょうど一週間後ですね」

「そう……」


 ほぼ泥酔状態の僕はその言葉を最後にまるで気を失うかのように深い眠りに

つき、隠し続けた真実を遂に打ち明けた彼女との夜会はようやく終了した。


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