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「ごちそうさまでした」

「美味しかった?」

「うん、とっても!」

「そう、それは良かった。かおりちゃんの笑顔見たらもっとご馳走したく

なっちゃうよ」と僕は彼女の空になったグラスに水を入れてあげた。

「ありがとう。先生もお水飲む?」

「あっ、いやまだお水半分ほどあるから僕はいいよ」

「そう」と少し残念そうに彼女はグラスを掴もうとした右手を引っ込めた。

「かおりちゃん、今僕のこと先生って言った?」

「言ったよ。だって作家さんって”先生”なんでしょ」

「まぁ確かに仕事上そう呼ばれることが多いけどね。でも作家が先生って何か

変だね」

「とにかく私にとって先生は先生なの。だって今日も私に漢字の読み方や意味

教えてくれたじゃない」と彼女は布バッグから漢字ドリルを取り出し愛らしい

笑顔を覗かせた。

「なるほどね」

「私、もっともっとお勉強していっぱい本読みたいの」

「かおりちゃんってホント本好きだよね~」

「うん、だって本読んでるとね、時々本の中のいるような気になったりして

とっても楽しいの」

「つまりかおりちゃんが物語の主人公になった気分になるって事?」

「そう。森の妖精に出会ったりしてね」

「へぇ~ かおりちゃんって感受性が豊なんだね」

「かんじゅせいって?」

「つまりかおりちゃんは色んな事に敏感って事かな。たとえばお友達の表情

見て機嫌が悪いのかなとか、寂しそうだとかすぐに分かっちゃうみたいな」

と僕は少しおどけた表情で目尻を人差し指で数回上下させた。

「ふふっ!」

「あと、かおりちゃんはさ、感情移入しやすいタイプだと思うんだ」

「かんじょういにゅう? 先生さっきから難しい言葉ばっかり」

「ごめん、ごめん。簡単に言うと可哀想な人をみたら自分も悲しい気持ち

になるような感覚かな。だからね、かおりちゃんが本読んでる時に主人公と

同じ気持ちになって、かおりちゃん自身がホントに森の中にいるように感じ

ちゃうんじゃないかな」

「なるほどね~ ホントそうかも。なんか先生の説明すごいね」

「ははっ、それはどうも」

「ねぇ、先生」

「何?」

「先生ってどんな物語書いてるの?」

「そうだね~ ファタジー系が多いかな。かおりちゃんが好きな不思議な

世界や妖精が出て来るようなさ」と僕は鞄から再び単行本を取り出しページを

めくり始めた。

「ねぇ先生、先生の本に出て来る不思議な世界ってどんなの?」

「かおりちゃんってゲームする?」

「するよ。トランプとか~ あとサイコロ転がすゲームとかね」 

「いや、そういうのじゃなくってさ~ ロールプレイングゲーム的なの」

「ろーるぷれいんぐゲーム?」

「つまりさ、そういったゲームによく出て来る中世のヨーロッパみたいな世界

なんだけど~ ちょっと説明が難しいからさ、今度写真持って来るね」と僕は

読者に媚びた世界観についてあえて掘り下げることはしなかった。

「先生って外国に行ったことある?」

「そうね~ けっこう行ってる方かな」

「そうなの! いいな~」と目を丸くした彼女はいきなりいつもの大きな

布バッグからパンフレットらしき束を取り出した。

「それってパック旅行のパンフレット?」

「そう。店員さんに聞いたら1枚づつなら取っていいって! だからもらって

来たの」と彼女は各国の魅力溢れる色鮮やかなパンフレットを卓上にまるで

トランプのように並べ得意げに微笑んだ。

「どこか行きたいところあるの?」

「あるよ! ココ」と彼女は真ん中辺りにある少々ぶ厚めのパンフレットを

瞬時に抜き取り、クルリと一回転させながら僕に差し出した。

「ラスベガスなの?」

「そう。私、一度でいいから行ってみたいの」と彼女は今日一番の笑顔を

見せた。

「ラスベガスかぁ~ いいよね、ココ」

「先生もそう思う?」

「うん。いい選択だと思うよ」僕はパンフレットを丁寧にめくりながら

ゆっくりコップを傾けた。

「もしかして先生、行った事あるの?」

「まぁ何回かね」

『ホントに!』

「うん、本当」

「え~っ、いいな~」と彼女は若干羨ましそうな表情を浮かべながらまるで

伸びをするように上半身を背もたれに預けた。

「でもさ、遊びというより仕事でだよ。仕事」

「仕事って?」

「ほら、僕は作家だからさ、何ていうか~ 実際に外国に行って海外の空気感

ってやつを肌で感じた方が作品に深み出るような気がしてね」と僕は若干

言い訳がましく空になったコップを再び傾けた。

「へぇ~ 何んだかよく分かんないけどそうなんだ」「はい、お水」

「あ、ありがとう」

「で、先生、その空気感……ってどうだったの?」

「ちょっと待ってね」と僕はポケットからスマホを取り出し、フォルダを

スクロールしながら彼女にそれとなく聞いてみた。

「どうしてラスベガスに行きたいの?」

「どうしてって言われると…… う~ん、あっ、たま~にね。たま~にだけど

夢に出てくるの」

「夢?」(あれ~ どのファイルだっけ。これじゃないしな~ これかな?)

「そう」

「あっ、これだ」


 僕はフォルダをタップし、写真を数枚スクロールするとすかさずスマホ画面

を彼女に向けた。


「うわ~ 凄くきれいね! このキラキラしてるのって?」

「それ全部ホテルだよ。へぇ~ じぁ、この中に泊まれるの?」

「もちろんだよ、ホテルなんだから。かおりちゃん、その画面を指で横に

なぞると他にも色々写真見れるよ」と僕は人差し指を数回スクロールする

仕草を見せた。

「先生、コレどこの写真?」

「あっ、それは飛行機の機内だよ」

「なんか思ってたより中が広いんだね。食事もこんなのが出るんだ~」

「それはファーストクラスと言ってね、機内に数席しかない特別なスペース

なんだ」

「へぇ~ 先生ってお金持ちなんだね」と彼女はため息まじりに再び上半身を

背もたれに預けた。

「いや、僕はお金持ちなんかじゃないよ。実を言うと飛行機代もホテル代も

全部出版社が払ってくれたんだ。僕は普段そんな高価な席に座らないよ」

「じゃ~ 先生、タダで座ったの?」

「そう。でもその時のたった1回だけだよ」

「でもいいな~」と彼女は目を輝かせながら次々と画面をスクロールし始めた。


 職業病なのか、見つめる写真ごとに変化する彼女の表情を眺める僕は

彼女が見せた一瞬の戸惑いを見逃さなかった。


「どうかしたの? かおりちゃん」

「えっ、うん。これって先生が泊まった部屋?」

「どれどれ…… そうだよ。僕が泊まったスイートルームだよ」

「スイートルーム?」

「そうだよ。僕の小説に何度か出てくるんだけど実際は泊まった事なくてね。

だから一度泊まってみたかったんだ」と僕は少々自慢げに人差し指で鼻下を

掻いた。

「かおりちゃんも泊まってみたくなった?」

「えっ、……うん」

「あれ? ずいぶんテンション低いね。急にどうしたの?」

「私、よく分かんないけどこんな感じの部屋、時々夢に出てくるの。

たとえばこのホワイトチョコみたいな床とか~ あとエレベーターでどんどん

上に上がってく感じだとか~」と彼女は画面を数回スクロールし、リビングの

床部分を指差し僕に向けた。


『えっ!』


「か、かおりちゃん、もう少し詳しく話してくれないかな?」

「詳しくって?」

「だ、だからどんな感じのリビングだったとか!」

「誰といっしょだったとかさ!」

「どんな感じっていわれても~」


「まず、かおりちゃんが部屋の扉を開けました」

   『ハイ!』

      「次にホワイトチョコの床を見渡しました」

         『ハイ!』

            「その奥のリビングにはソファーがあって」

               『ハイ!』

                  「その先には大きな窓ガラスがあって」


「ちょ、ちょっと先生、つ、唾っ! 汚ったな――い!!」


 僕は興奮のあまり気付けば向かいの席から彼女の隣に瞬間移動していた。


「ごめん、ごめん、つい熱くなっちゃって……、ホントごめんね。別にホテル

以外の事でもいいからさ、夢に出て来た話もっと聞かせてよ!」

「うん。でも先生、今日はもう時間だからまた今度っ」

「もうそんな時間か。じゃ~ 次会った時にしょっか」

「うん」


 壁に掛かった時計に一瞬目を向けた彼女は机に広げられたパンフレットを

丁寧に重ね始めた。


「このビルに旅行会社があったなんて僕知らなかったよ。何階?」

「先生、このビルに旅行会社なんてないよ」

「じゃ~ 市内に出たんだ」

「そう、この前」と彼女はパンフレットの束をゆっくりいつもの布バッグに

納め、再び時計に目を向けた。

「何しに行ったの?」

「検査結果が出たから磯田先生と一緒に病院に行ったの」

「検査結果? 病院ってかおりちゃんどこか悪いの?」

「なんかね、むずかい名前の病気みたいなんだけど特に問題ないみたいなの」

と彼女は布バッグから小さな紙切れを取り出した。

「先生たちが職員室で話してるのたまたま聞いちゃってね。なんか変な名前の

病名だったから忘れないようにメモしたの」

「へぇ~ 難しい名前なんだ」と僕は彼女から四つ折りのメモを受け取り、

ゆっくり開いた。


『えっ、こ、これって……』


「どうかしたの? 先生。なんか変だよ」

「あっ、いや、ホントに先生達こう言ったの?」

「うん、言ったよ。でもよかった~ 全然大丈夫で。ホントはワタシすっごく

怖かったんだ~」


「よ、良かったね、何ともなくて」


 その後の彼女と交わした会話の記憶が一切定着しないほど激しい衝撃を

受けた僕は帰宅後、鏡に映る自身の姿をただぼう然と見つめていた。


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