5-1(12)
―園長室にて(田町の出身学園)―
〈コン!〉〈コン!〉
「どうぞ~」
「失礼します。お茶、お持ちしました」
「お~ ずいぶん気が利くね。今ちょうどお湯沸かそうと思ってたとこなんだ」
「ふふっ、はい、どうぞ」
「ありがとう、百田先生」
「園長、何読んでらっしゃるんですか?」
「これかい? 田町くんの小説だよ」と彼は眼鏡をそっと机に置き、表紙部分
を彼女に向けた。
「田町さんってこの学園出身なんですよね」
「そうだよ、ずいぶん前だけどね」
「今や有名作家の仲間入りですもんね」
「キミの言う通り田町くんには失礼だが、まさか小説家になるなんて思っても
みなかったよ」と彼はその足で本棚に向かい、ゆっくり扉をスライドさせた。
「コレとコレ。あっ、コレもそうだな」
彼は本棚からハードカバー本を器用に抜き取り、それらを懐かしむように
眺めた。
「田町さんて子供の頃どんな生徒だったんですか?」
「僕が知ってるのは彼が小学5年生ぐらいからなんだけど、そうだね~
あまり目立たない子で、みんなといるより一人でいることの方が多かったかな」
「へぇ~ なんか印象が違いますね」
「違うかい?」
「私の主観ですけど、雑誌の記事や小説からそんな雰囲気感じなかったんで」
「うん、まぁ確かにね」
「田町さんがこの学園出身って事はご両親に何かあったんですか?」
「これは先代から聞いた話なんだけどね、彼の父親が生後半年足らずの
田町くんをこの学園の玄関に置き去りにしたらしいんだ」
「ずいぶん無責任で酷い父親ですね」
「まぁ、そうだね。それで学園の先生方が田町くんの写真と共に近隣の病院を
手当たり次第訪問して身元の確認を急いだ結果、偶然母親を見つけ出してね」
「入院されてたんですか?」
「実は彼の母親、産後容態が思わしくなくってね。それで先代との話し合いで
退院するまでウチの学園で彼を預かる事にしたらしいんだ」
「そうだったんですか。でも田町さんって高校卒業ぐらいまでこの学園に在籍
してたんですよね?」
「実は先代と会った2週間後、田町くんの母親の容態が急変してね。それで
帰らぬ人に……」と彼は机に向かいゆっくり腰を下ろした。
「そうだったんですか。田町さん、ショックだったでしょうね」
「先代がいつ田町くんに伝えたか知らないけど、彼が父親に捨てられたと
知った時の落ち込みようは相当だったよ」
「それって園長が直接話されたんですか?」
「いや、たまたまうちのスタッフが話してるのを彼が偶然耳にしたみたい
なんだ。確か彼が中学生になったばかりの頃かな」
「多感な時期ですね」
「そうだね。それからだよ、彼が変わったのは」
「どう変わったんですか?」
「人との接触を避けるっていうか、極力人と関わるのを避けるようになってね。
多分、裏切られて傷つくのが怖かったんだと思うよ。結局、高校を卒業して
この学園を出るまで彼は誰とも心を開く事なく、ずっと孤独だったんじゃ
ないかな」
「へぇ~ そうだったんですか。でもそんな田町さんが恋愛小説を書くなんて
なんか不思議ですよね」
「そうだね。きっと彼は生身の人間との間に築けなかった感情のやり取りを
空想の世界で自ら埋めてたのかもしれないね。それと先代によると彼の父親は
有名な小説家だったらしいから元々物書きの素養はあったのかもね」
「へぇ~ 無責任な父親が有名作家だなんて、人って分かんないもんですね」
「まぁ、作品と人間性は別だからね。噂によると田町くんのお父さん、
プライベートは女性関係も含めけっこう派手だったらしいよ。有名作家によく
ある話だよ」
「やっぱり名声とお金は人を変えるんですね」
「ははっ、それは人によるだろうけどね」と彼は引き出しから一枚の写真を
取り出した。
「誰ですか? その女性」
「田町くんのお母さんだよ」
「へぇ~ 凛としていて素敵な方ですね、しかも美人だし」と彼女は食い入る
ように写真を見つめた。
「もしお母さんがご健在だったら田町くんのこと喜ばれただろうね」
「ホントそうですよね。なにせ息子は今や有名作家ですもんね。父親みたいに
破天荒になってなければいいんだけど」