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4-2(10)

〈カチッ!〉〈カチッ!〉〈カチッ!〉〈カチッ!〉……


「ふぅ~ まっ、こんな感じでいいかな」「よし、【送信】」〈カチッ!〉


 僕は昨日スタッフとの初取材を終え、当時の状況を詳しく記した内容を

時系列にまとめ上げ室長にメール送信した。

 文書の中身は取材場所、話の内容、取材終了時刻などかなり詳細に記載する

必要があり、日々執筆に追われる僕にとって少々煩わしいが支援サービス側

からすればそれは当然だろう。

 昨日の彼女は以前車内でレシートを拾ってくれたクミと名のる24才の女性。

 室長によると僕との面識があったというのが功を奏し、渋々ながらも了承

してくれたようだ。

 警戒心が強い彼女に配慮し、僕はあえて馴染みのある同ビル地下1階喫茶店

を取材場所に指定した。

 彼女によるとランチ営業終了後、賄いで遅めの昼食を済ませると取材終了後

は特別に居酒屋就業が免除されるらしい。

 おそらく彼女が僕との面談を受け入れてくれた本当の理由は、僕との面識が

あったというよりむしろ夜の就業免除にあるようだ。

 それ故なのか彼女との会話は一向に弾む様子も無く、僕から積極的に

問い掛けるも終始彼女は無表情、結果僕は最後まで彼女の笑顔を見ることが

出来なかった。

 そんな中、彼女の数少ない言動から彼女独特の世界観や感性を垣間見た僕は

偶発ながらも今後の執筆活動に大きな影響与えるかもしれない。

 以前僕が口から出まかせで室長に発した言葉がズバリ当たってしまったのは

ある意味怪我の功名と言うべきなのか。

 そして今日の午後4時、遂にナオミ似のカオリという女性との面談の日を

迎えた僕は2時間前にもかかわらず早々にタクシーに乗り込み、その期待に

胸を膨らませた。


――

―――


 場所は前回と同じ喫茶店、僕は緊張な面持ちで予定時刻よりも少し早く

一番奥にある窓側の4人掛けテーブルで彼女を待つ事にした。

 ホットコーヒーをすすりながらぼんやり窓に反射する自身の顔を見つめる

僕はふと湧き上がる罪悪感に底知れぬ不安と恐怖を感じていた。

 悪意がないにせよ、取材と称し真意を知らない女性を呼び出す行為自体が

既に常軌を逸していると言える。

 しかも大手出版社をも巻き込でだ。

 にもかかわらず僕はそんな劣勢を巻き返すかのように自らを擁護、しかも

正当化するがごとく呟き始めた。


 確かにきっかけは完全にアウトだ。でも実際に取材を通して彼女のピュア

な心に惹かれたのは事実だし、それをそのまま作品に反映させれば特に問題

ないよな、うん。あっ、そうだ! あの就労支援施設を小説内に設定して、

いっそのこと彼女達も名前を変えて登場させよう! 都会暮らしに疲れた

主人公が田舎町で人々の触れ合いを通し刺激を受け、共に成長する物語

なんだから何の問題もないし、むしろ好材料だよ。


 自ら望む結論に達した僕は背もたれに上半身を強く押し付けると両腕を

Vの字に伸ばし、反り返るような姿勢で大きく息を吐いた。


「大丈夫、特に問題なし!」


 先ほどまでの罪悪感を一瞬にして払拭した僕は鞄からスマホを取り出し

テーブルに置くと横目で時間を確認した。

 3時58分と表示された画面を確認した僕は人差し指でテーブルの角を

リズムを刻むように叩き、秒数と同調させながらカウントダウンを始めた。

 もし前回の彼女と似た性格ならきっとカオリという女性も寸分の狂いもなく

4時ジャストにやって来るだろう。


〈いらっしゃいませ! どうぞ、お好きな席へ〉


 4時00分00秒、店員さんの声に反応した僕が入り口に付近に目を向ける

と、背の高い女性が困り果た様子で立ち尽くすのが確認出来た。

 女性は白いスニーカーに丈が短めのライトブルーのデニムを履き、柄のない

クリーム色のセーターを羽織り辺りを見回し始めた。

 僕はすぐさま席を立ち、右手を小刻みに何度も振りながら彼女の元へと

向かい声掛けた。


「かおりさんですね!」

「はい」

「田町レンです。今日は僕のために時間を作ってくれてありがとう」「さっ、

どうぞ」と僕はエスコートするように彼女を奥の席まで案内した。

「どっちの席でもいいよ」

「じゃ~ こっちで」と彼女は窓側の席に腰掛けた。

「僕の職業は作家で一時的にこの街で執筆活動中なんだ」と残り少ない

コーヒーを一気に飲み干した。

「私はかおり」

「そう。で、名字は何て言うの?」

「えっ、え~っと…… その~」

「忘れちゃったんならいいよ。じゃ~ お友達に何て呼ばれてるの?」

「かおりちゃんってみんなから呼ばれてます」

「じゃ~ 僕もかおりちゃんって呼んでいいかな?」

「はい」と彼女は俯き気味にほんの少し首を縦に振った。

「かおりちゃんは何頼む?」と僕は大きなメニュー広げ彼女の前に差し出した。


 彼女はドリンク類が書かれた部分をゆっくり上から下まで指でなぞるような

行為を何度も繰り返す間、僕は気づかれないよう彼女の顔をじっくり観察した。

 カチューシャでまとめられた濃い茶褐色の髪は肩辺りまで伸び、まるで

透き通るような白い肌に端整な顔立ちはナオミそのものだった。

 だが彼女が醸し出す雰囲気はやはりナオミではなく、僕が密かに期待した

奇跡は起こり得なかった。


「決まった?」

「はい」

「何かな?」

「オレンジジュース」

「オレンジジュースだけでいいの? 他にも色々あるよ、パフェとか。ほら、

このチョコレートパフェも美味しそうだし、こっちのいちごパフェも」と僕は

彼女の表情を伺いながら順番に写真部分を指差した」

「でも……」

「どうしたの? 昨日くみちゃんがこのいちごパフェ美味しそうに食べてたよ」


 彼女は俯き、横に置かれた大きな布バッグから小さな財布を取り出し中身を

確認し始めた。


「かおりちゃん、大丈夫、大丈夫。お金は僕が払うから。僕がジュースも全部

ご馳走するからカオリちゃんは気にしなくていいよ。だから、何でも好きなの

選んで!」と僕はメニューをグイッと彼女に押し付けた。


 困った表情を浮かべた彼女の視線の先には僕が勧めたチョコといちごパフェ

があり彼女はどちらにするか迷っているようだった。


「どっちも美味しそうだね、かおりちゃん」

「うん。おいしそう」

「もし迷ってるんだったら両方頼もっか? で、かおりちゃんが両方味見して

かおりちゃん好きな方選んだら」

「でも~」

「心配しなくても僕、どっちも好きだから」と僕は店員さんを呼び、コーヒー

のお代わりと共に注文を済ませた。


「かおりちゃんって今いくつなの?」

「19才」

「そう。19歳か~ 19歳ってことはあの居酒屋で働いてまだそんなに

経ってないのかな?」

「え~っと~ あんまり覚えてなくて」

「じゃ~ お父さん、お母さんは何してる人なの?」

「よくわかんない」と彼女はいきなり両手で顔を覆うような仕草を見せた。

「ごめん、ごめん、変な事聞いちゃって。そう、そう、言うの忘れてたけど

僕、かおりちゃんに色々質問するけど言いたくない事は言わなくていいからね」

「言わなくてもいいの?」

「もちろん。僕だって言いたくない事いっぱいあるもん」と僕は両手で大きく

弧を描くような仕草を見せた。

「それとね、僕と話す時は普段お友達と話すような感じでいいからね。

その方がお互い喋りやすいと思うんだ」


〈おまちどうさま。パフェ、お持ちしました〉

                   〈カチャ〉〈カチャ〉……


「おお、来たね! かおりちゃん」「さっ、味見していいよ」


 彼女はまるで化石を掘るかような慎重さで各パフェの上部をスプーンで

すくい上げ、それをゆっくり口に運んだ。


「決まった? 僕、かおりちゃんがどっちを選ぶか当てようか」

「えっ?」

「だぶんいちごのパフェでしょ」


 終始無表情だった彼女の表情が一瞬緩んだ後、少し頬を赤らめながら頷いた。


「どうしてわかったの?」

「僕は作家だからね。人を観察するのが得意なんだ。いちごのパフェを

食べた時の顔、昨日のくみちゃんそっくりだったから」と僕はいちごの

パフェを彼女に向かってゆっくり押し出した。


「ありがとう」

「かおりちゃんって甘いもの好きなの?」

「うん、好き」

「じゃ~ パフェとかよく食べるんだ」

「そんなに……」

「どうして?」

「だってこういうお店来ないもん」と彼女はグルリと辺りを見渡した。

「そっか~ じゃ~ 僕と会う時は出来るだけ甘い物があるお店にするね!」


 彼女は口いっぱいクリームを頬張りながら頷くとスプーンを一旦受け皿に

置き、少し首を傾げながら僕に問いかけた。


「どうして作家さんは得意なの?」

「得意? あ~ 観察のこと?」

「そう。どうして?」

「まぁ、それは人によるだろうけど、僕の場合は一種の職業病かな」

「職業病?」

「つまりお話を作るには色んなアイデアや素材が必要なんだけど、それって

中々見つけるのが難しいんだ。幸運にも自然と頭に浮かぶ事もあるんだけど、

それだけだと長い物語はカバーしきれなくってね。だから色んな物や景色を

観察したりして小説のアイデアやヒントを得る必要があるんだ」

「へぇ~ なんか大変そう」

「まぁ、だからこうしてかおりちゃんと会ってるんだけどね」

「じゃ~ 私から何かアイデア見つかった?」

「まだこれからかな、ははっ! それよりパフェ食べないと溶けちゃうよ」

「うん」


 彼女はスプーンを容器を一番奥に突き刺すと、底にあるコーンフレークを

器用に取り出し満足そうに口に運んだ。


「美味しい?」

「うん、とっても!」

「かおりちゃんって仕事以外普段何してるの?」

「え~っと、くみちゃんとゲームしたり本読んだり……、色々」

「かおりちゃんって本好きなの?」

「うん、昨日も読んだよ」と彼女は得意げな表情で小さないちごをつまみ

口に放り込んだ。

「そっか~ かおりちゃん、本が好きなのか~」


 彼女が読書好きと知った僕は鞄からゆっくり単行本を取り出すと彼女同様

少々得意げな表情で表紙を指差した。


「ほら、ココに田町レンって書いてあるでしょ」

「うん」

「それは僕が執筆した本なんだ」

「ホントだ。凄いね!」

「はい! 見ていいよ」


 彼女はスプーンを受け皿に置くと1ページづつ丁寧にめくり始めた。

 だが彼女の表情はページを追うごとに険しくなり、6ページほど進んだ所で

完全に本を閉じてしまった。

 ベストセラー本に対する彼女の意外な反応に戸惑いながらも僕はその場を

取り繕うように笑顔を浮かべながら提案してみた。


「僕が執筆した中でも特に評判が良くってね。読んでみない? もし面白く

なかったら無理して読まずに返してくれればいいから」

「あれ? かおりちゃん」


 彼女の表情が先ほどまでとは一転、突如として曇り始めた。

 僕は瞬時に自身が発した不適切発言を一旦疑ってはみるも特に思い当たる

フシもなく、貴重な彼女との会話に気まずい沈黙の時が流れ始めた。


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