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4 責任を。

この話はいろいろと触りもありましょう。ある種のデリケートな内容なので、合わない方は引き返してくださいませ。



「私が君を愛することはない」


「……え?」

 言われたことに、リリアラは頭が一種真っ白になった。


 愛することはない?


 だって、初めてを捧げれば、アンドリューはリリアラと結婚するしかなくなるはずで。

 リリアラを愛するしかなくなるはずで。

 美しい自分を抱けば、アンドリューはもうリリアラの虜だろう。

 結婚だって本当は喜んでいるはずだ。

 あの地味で頭の固い姉などより、本当は華やかでかわいいリリアラの方が――本当は好きだったはずだ。


 伯爵家を継げるのだから、きっと喜んでいる。


 ……はず。

 そう、親だって言っていたのに。



「え? だっ……て、私は初めてを……」

「だから結婚は君としただろう?」

「え……」

「責任をとった」


 あの時、あの夜。

 リリアラも言った。

「責任をとって」

 と……。


 本当にそれだけ?

 愛は?


 ――私を、愛することがない?


「お姉さまね!?」

 カッとなって思い至ったのは、姉。

 本当なら今宵ここに――この寝室にいるべきひと。


 ――姉と初夜をするつもりなんだ!


「お姉さまを愛人に……あ、だからお姉さまをお嫁に出さなかったのね! ひどいわ! 裏切りよ!」


 ひどいのはどちらか。

 姉を、道理を裏切ったのはどちらか。


 けれどアンドリューは冷めた目のまま、リリアラを見下ろした。彼は寝台に座って待っていた彼女の、その寝台の一歩前で立ち止まったまま。その一歩がとてつもない距離で、壁だった。


 彼は冷たい――心底軽蔑した目でリリアラを見下ろした。


「まさか」


 薄い、行為を期待した寝間着のリリアラに対して、アンドリューは厚手のガウンをしっかりと着込んで。


「結婚は君としただろう?」


 そうだ。繰り返された言葉。

「プリシラを日陰の者にするつもりはない」

 愛人などと。

 誰彼に後ろ指さされる存在に。


「誰より大切なひとを、そんな存在にするものか」


 誰より大切で、愛するひとの幸福を祈って生きてきた。

 幸福にするのは己の役目だ……そう、そのために。



 ――その想いが、身体ごと汚された。



「そんな……」

 では何故、プリシラを嫁に出すことを、婚約の入れ替えを、反対したのだろう? 

 そう……。

「じゃあ……何故、私と結婚……」


「だから、君も責任をとって(・・・・・・・・)、私と結婚したんだろう?」


 ――?


 何だかふしぎな言い方をされたなと、リリアラは首を傾げた。

「君も?」

「ああ」

 解らないと首を傾げるリリアラに、アンドリューは苦笑を浮かべた。


 憎々しげに。


「私は君を愛することはない……抱くことはない」

「な……」

 そんな、と怒りにリリアラが何か言おうとしたが。


「いや、抱くことができない(・・・・)と言うべきか」


 言葉を続けたのはアンドリューだった。

 それは。その意味は。


「私は、君では……いや、君でなくてももう――勃たない」


 ――た?


 リリアラも、それでも伯爵令嬢であった。

 下世話な会話は耳にしたことがないし、学園では姉と義兄になるはずだった者達に守られていた。

 たつ(・・)って何がだろうと首を傾げるリリアラに、アンドリューは親切に説明してくてた。


 彼女がしたことを。


「君が使った薬の後遺症だ」

「こういしょう?」

「あの薬はそれくらい……」


 薬。


 それはあの夜にリリアラたちがアンドリューに飲ませたもの。

 父が持っていた――媚薬(・・)だとか。


 父は「これは王家由来の跡継ぎを作る薬だ」と言っていた。

 主だった貴族は、申請すれば王家より下賜される。

 かつて伯爵家が申請して、しかしすんでで使わずに済んで――今まで保管されていたのだと言っていた。


 父は伯爵位を継いだときに、祖父から知らされた注意するべきものの項目にあったそれを、むしろ今こそ跡継ぎをリリアラにするための薬と……。


 そんな貴重な薬を使ってあげたのに、と……リリアラは首をかしげる。


 リリアラの様子に、アンドリューはため息をついた。

「そうか、君は……君たちは知らないのか……」

 呆れたように、そして変わらず憎々しげに。


「あの薬は、どうしても跡継ぎが必要なときに……強制的に勃起させ子種をつくり、性交させるための劇薬(・・)だ」


 劇薬。


 身体的や年齢に問題を抱えたり。他に性的な指向的にどうしても女性を相手に勃起できないものなど。

「女性側にも使用したときは、子種を着床しやすくなるとある」

 どうしても血を残さなければならないときに使うよう作られた薬だった。

 今でこそ女性を跡継ぎや、養子などの制度も設けられたが、少し前――それはこの国が血筋を何より尊んでいた時代もあった。


 リリアラたちの祖父の――親。

 彼らはまた、長い間に不妊に悩んでいた。


 だから王家にその薬を申請した。

 後遺症や副作用を覚悟して。


 けれども何の幸運か。

 薬をいつ服用しようか、いつなら妊娠しやすいだろうか……と、夫婦が計画をたてているうち、不意に奥方に妊娠が判明した。


 そして生まれたのが、リリアラたちの祖父。


 生来身体が弱い子であったが、自然に身篭もることができたことに両親は感謝して。その子を大切に育てることにした。

 幸い、その子は身体は弱かったが伴侶に救われたか、三人も子宝に恵まれて血を残してくれて。祖父の親たちは安堵して逝った。


 そう――薬の副作用に苦しむことなく余生を過ごして。


「薬は、強制的に勃起させるが……後には、逆に勃起不全にさせ、慢性的な倦怠感を使用者たちにもたらすことになる。女性の方は同じく生理不順など……」

 生理の苦しみはリリアラもわかる。ぞっとしてしまう。そんな苦しみが続くなんて。

 あの時、あの薬はアンドリューの寝酒だけに盛っただけ。良かったと、こんなときなのにリリアラはそう思う。アンドリューにそんな危険な薬を使ったと言うのに。自分は飲まなくて、助かった、と……。


「……まぁ、片方が飲むだけでも効果はあったようだが」

 それでもその薬による一度に期待して、跡継ぎを作りたかった時代があったのだ。リリアラたちの曾祖父母はその覚悟を決めて申請した。


 王家こそ、何よりも血筋を大事にしていて。


 ――今でも使われているとか。


 ――王家は、既に使われて、だから先代の伯爵の誕生になったのだと思っていた。



 公爵家は王家に連なる家でもあった。アンドリューは伝手を使い、そこまで調べることができた。

「その薬を、王家に返すことなく保存していたとは……」

 生まれたのが、身体が弱い子だったので、何かあったらのために残しておかれた。伯爵の気持ちも解るのだが。

 それが……孫子の――。


 今に至る――不幸の種に。

 

「不幸中の幸いか、昔の薬であったからなのか……私は君と最後までしなかったな」

 そこに至る前に頭痛と吐き気で目が覚めた。

 行為は、中断された。

「そして私の勃起不全。医者に診察してもらったが、薬の副作用より、心因性の方が強いらしい」


 夢は愛するひととの幸せから、醜くおぞましい悪夢に変わったのだから。


 悪夢と、この一ヶ月苦しんだ。


 ――現実は悪夢のまま。


 醜いと言われたリリアラは顔を引き攣らせた。


 今まで一度も言われたことがない、本当に顔立ちは美しい少女なのだ、リリアラは。


 ――そして色合いは違えど、顔立ちだけはプリシラとリリアラは似ていた。


 だからこそアンドリューは……――




 そしてリリアラにもその後に生理が来て、孕んでいないことが判明している。

「結婚式中に生理にならなくて良かったわぁ」

 と、リリアラ自身も言っていた。真白いドレスを汚したくはないし、せっかくの式を辛い生理で過ごしたくはなくて。


 そう、リリアラ自身――妊娠までいたらなかった。


 アンドリューは無情に続けた。

「医者にはカウンセリングを進められているが、それは夫婦での治療も大切だそうだ」

「ち、治療……?」

「そう、君も不妊かどうかの診察を受け、子宮の卵子の確認をしたり……」


 治療の説明を受け、リリアラの顔が青ざめる。

 誰かに足の間を開かれ、器具を差し込まれたりするだなんて。


 ――リリアラは、まだ妊娠まで考えたことがなかった。


 あの行為は、アンドリューと愛し合う行為であり――子作りとまで、まだ彼女には思い至ってなかったのだ。

 リリアラは、まだまだ若い。子供といっても良い精神。

 そして、親や姉に護られてきた彼女は――子供が子供を欲しがるだろうか?


「無理! 無理無理! そんなのいやぁ!」


 リリアラの反応に、解っていたとアンドリューは肩をすくめた。

 そう、解っていた。

 だから、こそ。


「それでも皆に見られ、君の処女を――私が奪ったと騒がれては、君と結婚するしかなかった」

「あ、あ……そんな……」

「だから君も、責任をとり、二度と私に抱かれる事はないと――覚悟して結婚したのだろう?」



まずは中盤でとりあえずのタイトル回収。

結婚だけして愛人の――愛する人のプリシラと子供を…と、思われていたでしょうか?いやいや、そんなまさかまさか…です。本当に愛するひとを不幸な身にできるはずがありません。

そして薬は創作です。しかし現実で薬物をお酒に混ぜては、絶対にいけません。


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