1 結婚式。
――やられた。
アンドリューとプリシラは、まさか本当にこんな卑劣でおぞましい手段を使われるとはと――油断した自分たちを呪うほど。
プリシラは己の家族たちの行いに血の気が引き、真っ青な顔をしていた。
同じくアンドリューも。
この場で笑っているのはアンドリューの胸にしなだれかかる、裸の妹――リリアラの姉に向けるニヤニヤとした笑みだけだ。
親や使用人にその姿を見られても。
むしろこれが証だと、声高に。
「私とアンドリューさまは結ばれたわ。これでアンドリューさまは責任とって、私と結婚するしかないわね?」
それは身体さえ壊しかねない強力な催淫剤をアンドリューに飲ませたゆえの――。
それから一月後。
本来ならばアンドリューとプリシラの結婚式が行われるはずの。
しかし新婦は違った。
冷めた目をした新郎の横に立つ新婦は――新婦の妹だった。
彼女と両親はニコニコと幸せそうに笑っていた。
哀しみうつむく姉と、ざわめく招待客とは対照的に。
ホンス伯爵家は出来の良い姉を虐げ、愛らしいだけの妹を溺愛しているというのは本当だったのかと。
姉は暗い黒髪に茶色い瞳と、地味だ。
妹は金髪に緑の瞳と鮮やかに。
顔立ちはどちらも愛らしいのだが、色合いの雰囲気もあるのか、パッと目を引くのは妹だろう。
しかも姉娘の色は先の伯爵夫人である姑の色合いであり、嫁いだばかりのころに躾がなっていないと散々いびられた母は、姉娘を見る度、姑を思い出す。夫も黒髪に茶色い瞳だが。そして躾は、本当になっていなかったから、それは常識的な注意だったのだけども。
躾がなっていなかったのは、妹娘をみてもまた明らかになる。
姉の婚約者を欲して我が儘を言う、妹を止めなかったのだから。
むしろ親たちは妻似で可愛がっている妹の望みを叶えようと協力さえした。
そうでなければアンドリューを無理に引き留め、遅くなったから泊まっていけなどとするはずがない。
アンドリューはフェアスト公爵家の次男。
祖父同士が学生時代の友人であり、その縁で幼い頃にアンドリューとプリシラは出会いがあった。
二人の幼いながらに互いに好意を持つ様子に、将来を祖父たちは考えた。
もしこのままホンス家に跡取り男子が生まれなければ、アンドリューを跡取り娘になるプリシラの婿にどうだろうかと。
ホンス家にはアンドリューと同じ年のプリシラと、1つ違いの妹のリリアラしかいなかった。
もし後々、ホンス家に跡取りが生まれるならば、縁ある家が跡継ぎに困っているからそちらをアンドリューが継ぎ、プリシラが嫁ぐ――そこまで考えられていた。
そしてアンドリューとプリシラが十八になる今、ホンス家に新たに子は、男児は産まれなかった。さすがにもう跡取りはプリシラで決定であろうと、フェアスト公爵家はアンドリューをホンス家の入り婿に了承した。
そこに。
「アンドリューさまと結婚したい」
と、リリアラが我が儘を言わなければ。
アンドリューのことを、リリアラも好いていたのだ。
二人が幼なじみなら、リリアラもそうである。
アンドリューは公爵家の血を引き、淡い金の髪に濃い藍色の瞳の、背の高い貴公子だ。
リリアラは暗い色の姉より、自分のような華やかな美少女の方が隣に立つべきだと、何と面と向かって言ったことがある。
だがアンドリューが幼い頃から好いているのは穏やかで賢い姉のプリシラであった。
親にその美しさで可愛がられていることを良しとし、我が儘ばかりのリリアラは寧ろ嫌っていた。まぁ幼なじみであり、大事なプリシラの妹だから、関わりを持っていたにすぎない。いずれは義妹となるのだから、程度に。
伯爵はそんな可愛がる片方の娘の我が儘だけを聞いてしまう出来の悪い息子に爵位を譲ることを、ずいぶんと昔から懸念していた。何度となく自分たちが注意しても、それが逆効果になってしまうことに。意固地になるのかますます息子夫婦は――それが心労になったのか。
それ故に。
彼は孫のプリシラを跡継ぎ娘とし、秘かに教育を施し、早々に権限を譲り渡すことにした。アンドリューもいずれは婿入りとして、次男ではあるが領地経営を学びたいと学科を選択してくれていた。
二人は行く末にホンス家を継いで行くと、そう頷いてくれた。
それは幸いした――いや、不幸の種にもなった。
三年前にホンス伯爵がとうとう体調を崩して、領地に療養に向かうことになった。持病も悪化していた。夫人は息子夫婦とプリシラを残すことを心配したが、アンドリューがついているからと……それに伯爵家の仕事もあった。
案の定、プリシラの父は伯爵家の仕事が上手くできない。
書類に行き詰まったとき――プリシラに任せてきた。
予定通りだとアンドリューも手助けに来て――彼らはやがて、ホンス家の仕事をしているのはアンドリューだけであると誤解した。プリシラが、自分たちが下に見ている娘が、まさかそんなにも能力が高いと思わなかったのだ。はじめに書類を任せたときも、きっと娘はアンドリューに頼ったに違いない、と……。
ならばアンドリューがいれば、プリシラなどいらない。
リリアラの望みを叶えよう。
アンドリューは確かにプリシラと同じく仕事はできた。だが、肝心の裁決やサインはホンス家のプリシラのものが大事であったのに。
領地の穏やかな場所に療養に行ったが二年後、ホンス伯爵は残念にも回復なく亡くなり。
その一年の喪をもって、アンドリューとプリシラは結婚することとした。
楽しみにしてくれていた祖父に式を 見せられないことを哀しんでいた二人だったが――こんな式ならば見せなくて済んだことだけが良かったことだろうか。
その頃。アンドリューはもうすぐ結婚するし、仕事もあるからと泊まることも確かに度々あった。
油断した。
目の前の幸福に、だからこそもっと気を引き締めるべきだった。
その夜に差し入れられた寝酒に。
夢だと思った行為に。
夢では愛しいプリシラに抱きしめられていた。
アンドリューも年頃であり、そうした夢や妄想はしたことくらいある。健康ならば仕方ないだろう。婿となると決まってからは、婿としての閨教育を受け、さらに夢がリアルになるようになってしまった。
この時も、そうだとばかり――何故か徐々に頭痛と吐き気がするのは。いつもなら幸せな夢であるはずなのに。
そうして幸せな夢であるはずなのに、我慢できず目が覚めれば――!
それからアンドリューは目覚めてからの地獄に。薬の後遺症とともに苦しむことになる。
――憎むことになる。
式で笑顔はリリアラと、彼女の両親と取り巻き。
そして花嫁交換の理由を知らない人たちばかり。
その人たちも、一つも笑わない新郎と、哀しみうつむく姉と、怒りに震える祖母と公爵家の家族たちの様子に、だんだんと察しはじめた……――。
あんまり楽しいお話ではないかもしれないので、あらすじやタグなど、しかとご確認ください…ページを進むは自己責任。でもお気に召して頂けたら嬉しいです。
流行(?)の
「君を愛することはない」
を、書いてみたくて。
白い結婚にはもうならないのですが…亜種なものとして。
喧嘩を売るなら買われる覚悟もしないといけないお話。喧嘩を売る相手も…。