授業中に逮捕
「じゃあ次の問題、誰かわかる人……あ、校長先生。どうなされ、え、その方たちはまさか……」
「……ああ。三田くんというのはどの子かな?」
「えっ」と声を上げるのが先か全員の視線が集中するのが先か、その生徒、三田少年は目を見開き唖然とした。
とある小学校の教室、その授業中。教室の入り口ドアからひょこっと顔を出し、室内を見渡す校長先生。その登場に静まり返った教室内だったが、すぐに水道管が破裂したように、生徒たちの声が一斉に吹き上がった。
「おい、三田ぁ!」
「お前何かしたのかよー」
「校長の後ろにいるのって警察!?」
「はははは!」
「指名手配なんじゃない?」
「三田くんが悪いことするわけないでしょ」
「そうよ! 事件に関する話を聞きたいとかじゃない!?」
「すごーい!」
「こらこら、みんな騒ぐな。三田。ちょっと来てくれるか?」
「あ、は、はい!」
緊張してるー! と囃す声、笑顔はじける教室。三田少年は椅子から立ち上がると照れ笑いを浮かべ、頭を掻きつつ教室の前、出入り口まで歩いた。先生は笑顔で迎え入れるように両手を広げ、やってきた三田少年の肩を叩き「もし、表彰とかされたら『先生の指導のお陰です』と言うんだぞ」といい、生徒たちの笑いをとった。三田少年も笑い、緊張がほぐれる。そう、誰も三田少年が何か悪いことをしたなどとは思っていない。ましてや授業中に来るはずもない。
だが、校長の後ろから、ずいと三田少年の方へ歩み寄った男が言った。
「君が三田くんだね……午前10時25分。君を逮捕する」
「はい! ……はい!?」
「……え、マジか!」
「えええぇぇー!」
「お前、なにやったんだ!?」
「三田くん、なんで!?」
「ぼ、ぼくはなにも!」
「三田、お前……先生も、クラスのみんなも、ずっとお前を待っているからな!」
「いや、いやいやいやいや! 切り替え速いですって先生! 有り得ないでしょ! 小学生が逮捕って!」
「君、心当たりはないのかね……?」
「え、あ、ありませんよ校長先生……。大体何したって言うんですか! だからぼく、小学生ですよ!?」
「三田。万引きとかしなかったか?」
「し、しませんよ」
「あいつ、小二の頃、駄菓子屋でゼリー盗んでました!」
「あ、後藤てめえ! お前も盗んだだろうが!」
「凶悪犯……」
「いや、それは言いすぎでしょ校長先生!」
「三田。今からお前を殴る!」
「なんでですか!? たかがゼリー、いやその言い方は悪いですけど……」
「それで、他に何かしてないか?」
「え、他に……別に……」
「あいつ、小一の頃、メダカを廊下の水飲み場の排水溝に捨ててました!」
「あ! ちょ、ちょっと気分転換に泳がせようって思っただけで、わざと流したわけじゃないです! お、お前だって面白がってただろ!」
「あとあいつ、理科の授業中に虫眼鏡で蟻を焼こうとしてました」
「別にそれくらい……」
「生き物に対するその嗜虐性……サイコパス……」
「だから違いますってば!」
「苛めとかはしてなかったか?」
「してませんよ!」
「あー、おれ、この前の昼休み中にボールぶつけられたなぁ」
「あたしは肩をちょっと強めに叩かれた」
「耳元で大声で笑うからちょっと嫌だったなぁ」
「ないならないで、絞り出さなくていいだろ!」
「罪悪感の欠片もない……将来が怖いよ……」
「三田。お前、好きな子はいるか? 正直に言え」
「え、何ですか急に……まあ、いますけど……」
「このクラス、もしくはこの学年か?」
「そりゃまあ、そう、ですけど……名前は言いませんよ?」
「ロリコンの気があり……と、校長。これは怖いですね」
「ロリコン!? だからぼく、小学生ですってば!」
「まあ、それはいいんじゃないか? 純愛なら歳なんてなぁ」
「え、校長? や、急に肩抱かないでくださいよ。仲間みたいな、え、怖い」
「はいはい、先生方、その辺で。とにかく君、逮捕だから。超時空監視法により、緊急逮捕」
「ま、しょうがないな三田。いやー、あの法律って機能してたんですね。ほら、何年前でしたっけ? 総理の会見の後、なんの続報もなかったものだから」
「余程の凶悪犯罪者でない限り適応されないのですよ。それに開発された監視モニターに映し出される未来の映像は年代も場所もランダムでテレビのチャンネルを滅茶苦茶に変える、まるで夢の中のように混沌としているそうですよ」
「ですが、その中に三田くん、いや未来の三田くんが……」
「その通りです。ある未来のニュース映像に、と、これは秘匿なので教えられませんが、いやぁ口にするのも恐ろしい事件の容疑者として捕まった彼が……」
「じゃあ、三田。仕方ないな……」
「三田くん。そういうことだから……ちなみに、君の好きな子って?」
「言いませんよ! 怖いな! てか、そんなの納得できないですよ!」
「それでもだ。まあ安心したまえ。何もいきなり死刑にしようというわけではない。監視対象として施設で暮らすんだ。家族と面会もできるし、それに何人か他にも仲間がいるからな」
「三田ー! じゃあなー!」
「三田くん! しけーい!」
「元気でやれよー!」
「二度と出てくるなよー!」
三田少年は特別取締官に連れられ、日が陰った寒々しい廊下を歩く。
クラスメイトたちの揶揄する声が廊下に響き、彼の呟きは誰の耳にも届くことはなかったが、しっかりと彼の内に刻まれていた。
「クソッ……クソッ……こんな社会、間違ってる……間違ってるぅ……変えてやる……どんなことをしても……」