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3. 嵐の前の平穏

「ミレイユ様、お茶のご用意ができました」


 辺境伯邸の庭のテーブルの横で、ジュリエットが主人の名を呼ぶ。

 辺境伯夫人のミレイユは、読んでいた本に栞を挟んでベンチに置くと、優しくまなじりを下げて微笑んだ。


「ありがとう、ジュリエット」


 太陽の輝きを集めたような黄金の髪に、紅玉よりも鮮やかな赤い瞳。

 皇族の象徴である金と赤の色彩は、彼女の明るく朗らかな性格によく似合っていた。


 ミレイユがティーテーブルに向かおうとすると、ちょうど彼女の夫である辺境伯エドガールもやって来た。


「あなた、お仕事は終わったの?」

「いや、まだ残っているが、君とお茶するほうが大事だからね」

「もう、あなたったら」


 元皇女のミレイユと辺境伯家の嫡男エドガールの婚姻は皇家の利益のために決められたものだった。

 しかし、顔合わせの場で互いに一目惚れした二人は、それから二十年間、喧嘩ひとつすることなく睦まじく過ごしている。


 エドガールのエスコートで椅子に座ったミレイユは、テーブルの上の飾りに目をとめ、紅い瞳を瞬かせた。

 

「まあ、この小さなブーケはどうしたの? とても可愛らしいわ」


 ミレイユの反応に、ジュリエットがほのかに頬を染める。

 

「あ、それは……わたしが作りました……。最近ミレイユ様がお忙しそうでしたので、少しでもお心を安らげていただけたらと……」


 はにかんで答える専属侍女に、ミレイユが慈愛に満ちた表情で微笑みかける。


「私のためにありがとう、ジュリエット。本当に嬉しいわ」

「喜んでいただけて嬉しいです」

「そうだわ、今日はジュリエットも一緒にお茶をしましょう」

「えっ、いえ、わたしは大丈夫です!」

「そんなこと言わないで。大好きなジュリエットとお茶をしたら、私が元気になれるの。ね、エドガールもそれがいいと思うでしょう?」


 愛しい妻からの問いかけに、エドガールはふっと笑みを漏らした。


「君は本当にジュリエットを気に入っているな。まるで自分の娘扱いだ」

「だって、ジュリエットったら真面目で一生懸命で、とっても可愛いんだもの。本当に私の娘だったらよかったのに」

「ミ、ミレイユ様……!」


 主人からの恐れ多い言葉に、ジュリエットは慌ててしまう。


(……でも、嬉しいわ)


 弟妹の多い男爵家の次女だったジュリエットは、両親から可愛がってもらった思い出がほとんどない。


 だから、いつも優しく、自分を大切にしてくれるミレイユとエドガールが大好きだった。


(尊敬するお二人のために、これからも侍女として精一杯お仕えしよう──)


 仲睦まじく笑い合うエドガールとミレイユを笑顔で見つめながら、ジュリエットは改めて決意した。




◇◇◇




「まあ、あなたに勲章が?」


 夫から嬉しい知らせを聞いたミレイユが誇らしげに目を輝かせた。

 エドガールも、妻の笑顔が嬉しくて顔を(ほころ)ばせる。


「ああ。これまでの武功を讃えてということらしい。名誉なことだから、君も一緒に参加してくれないか?」

「私もぜひあなたの晴れ舞台を間近で見たいわ」


 仲良く微笑み合う辺境伯夫妻を見守りながら、ジュリエットがほぅっと小さく溜息をつく。


 主人の功績が認められると思うと、我が事のように──いやそれ以上に嬉しい。


 凛々しいエドガールが皇帝から勲章を授与される姿は、きっと荘厳で絵になることだろう。

 そこに大輪の薔薇のようなミレイユの姿もあれば、さらに価値のある式になるに違いない。


「それで、叙勲式はいつなのかしら?」

「ちょうど1か月後に皇宮で授与式とパーティーが行われるらしい」

「結構急なのね。1か月後となると、アルベリクは参加できないわね」

「ああ、帰国の予定はまだだいぶ先だからな。残念だが仕方ない」


(そうか、アルベリク様の留学はあと半年の予定だったわね)


 ミレイユの口からアルベリクの名が聞こえ、ジュリエットは異国に留学中の辺境伯令息の姿を思い浮かべた。


 父親譲りの色彩に、母親譲りの優美な顔立ちが印象的な美男子で、直接会話したことはほとんどないが、寡黙で真面目そうな印象だった。


(ただの侍女のわたしでさえ叙勲式を見に行きたいと思ってしまうのだから、アルベリク様はさぞ残念に思われるでしょうね……)


 時機の悪さに同情していると、ミレイユが「そうだわ」と声を上げてジュリエットのほうへと振り返った。


「ジュリエットも一緒に授与式を見てみたいと思わない?」

「えっ!?」


 思いがけない提案に、つい大きな声が出てしまった。


「それは、拝見できたら嬉しいですが……。使用人が参加するわけには…」


 自分はミレイユの専属侍女だから、お世話のため皇宮行きには同行することになるが、そこまでだ。一介の使用人が叙勲の場に出席するなどおこがましい。


 ジュリエットは立場を(わきま)えて遠慮したが、ミレイユはまったく気にする様子なく、ふふっと明るく笑った。


「ジュリエットは可愛らしいから、ドレスを着れば誰も使用人だなんて思わないわ。それにあなただって(れっき)とした男爵令嬢じゃない。ね、いいでしょう、エドガール?」

「まったく、君って人は……。そうだな、ジュリエットも一緒に参加するといい」


 ミレイユのジュリエット贔屓(びいき)に苦笑しながらも、妻に甘いエドガールはジュリエットの参加を許可してくれた。


「エドガール様、ミレイユ様、ありがとうございます……!」


 寛大な主人二人に頭を下げながら、ジュリエットは人生で初めての叙勲式に心を踊らせた。




◇◇◇




 あっという間に時は過ぎ、叙勲式の日がやって来た。


 ジュリエットはミレイユから贈られた上質なドレスに身を包み、まさに今、皇宮の広間で執り行われている儀式の一幕を緊張の面持ちで見つめていた。


 足音と衣擦(きぬず)れの音だけが響く厳かな雰囲気の中、ラングロワ帝国皇帝クロヴィス・ラングロワがエドガールに勲章を授与する。


 凛々しい立ち姿のエドガールの胸元に付けられた勲章は特別な輝きを帯びて見え、ジュリエットは感動で胸がいっぱいになった。


(こんなに素晴らしいご主人様にお仕えできて幸せだわ…)



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