真の敵の正体
──だけど聖女の力が何だって言うんだろう。
聖女の力に胡座をかいた隣国は、随分前にハンベリルにより滅ぼされ、地図から名前が消えた。
だからそんな聖なる力なんか存在するのかと、ローザンナは懐疑的に思っている。
懐疑的に思ってはいるが、一応聖女の子孫として、神への祈りは作法通りに行わなければ気が済まない。きちんと作法を経ることで、神の力が届くと言い伝えられている。
ローザンナは首にかけていた代々レーヴライン公爵家に伝わるネックレス──青い宝石が先端に付いただけの、シンプルなネックレスを掌で包み込むように握った。
両膝を地面に付けて、祈りを捧げる。
祈りたい事は沢山ある。
でも今一番願いたいのは──これだった。
『どうか今度は、この子に会えますように』
今まで確かに、この子を道連れにして死ぬことになってしまった。
あまりちゃんとお腹に宿った実感が湧いたことは無い。だからこそ、今度はちゃんと会いたいと強く思うのだ。
合わせた手を頭の上に掲げ、代々伝わる祈りの呪文を唱える。
そして胸に手を当てた所で──はっとしたのだ。
(そういや……いつから?)
今掲げている、このネックレス。
今まで"あること"に疑問に思ったことがない。だが記憶を辿っても、渡された記憶がないのだ。
確か幼い頃には『王家に嫁ぐ際に持参するもの』という説明を聞いたことがある。
『主は居なくなったけれど、聖女の血筋を護るもの』とされているらしく、レーヴライン公爵家の者が王家に嫁ぐ際に渡され……数世代後に王家から降嫁する際には、これをレーヴライン公爵家の方に戻す。そういう決まりがあるらしい。
──でも今の人生で、これを貰った記憶がない。
いや思い返してみても……過去でも受け取った記憶はない。
気付けばこれは、何も違和感もなく手元にあったのだ。
(えっ?!)
一瞬だが掌にあるペンダントが光を放ったのだ。
ほんの一瞬だったので、見間違いだったのだろうかと目をゴシゴシと擦って、もう一度見る。だが特に何か変わった様子は無い。
もはやまぼろしだったのだろうか……そう思っていると、外が騒がしくなる。
そしてまた、あの嫌な音と共に、教会の扉が開いた。
「今日にだなんて珍しい。ローザンナ妃」
現れたのは、隣国ハンベリルの第二王子であるヴィアンノだ。
今は敵国でないが、過去の人生ではこの人の指揮により、戦争が起きた。
ローザンナは、彼を見てはっとした。
──どうして繰り返しているのは、"自分とティアルトだけ"だと思っていたのかと。
「ねぇ私は、今回いつ"妃"になったのかしらね?」
婚約は暫定的で、国外にも通達は行っている。
だがまだ現状は結婚していないので、妃ではない。
「あれ?まだ結婚していなかったっけ?婚約期間、長いよね?」
惚けたように笑うヴィアンノ。
「そもそもあなたに会ったのも、今回は初めてなのよ。覚えてないの?」
ローザンナは振るまいが悪かったせいで、海外との社交の場には出させて貰えなかった。
だから普通は、ローザンナの顔すらも知らない筈なのだ。
「でも君は、俺のことを知っている」
「ええ、勿論。貴方もね?」
「じゃぁ話は早いな」
ヴィアンノは剣を抜くと──ローザンナの首筋に突き立てた。
「ではただのローザンナ公爵令嬢には、うちに来て貰うことにする」
ヴィアンノが、切れないギリギリの所まで、間合いを詰める。
「いずれ王妃に据えてやる。……勿論その子を諦めるのであれば、な?」
ヴィアンノは剣を引くと、再びローザンナに剣を突き立てる。
次は首筋ではなく、お腹の方に。
──彼も、子供を身籠ったことを知っている。
「あなたの目的は……?」
「知っているだろう?聖女の輝きで、この世界の支配者になること」
次の瞬間、ハンベリルの騎士達が教会になだれ込む。
あっという間に拘束されたローザンナは、外に出された。
「脚は出産に必要ないな」
ヴィアンノは再び剣を向ける。
そしてローザンナ目掛けて剣が振り下ろされ、身を屈めた──その瞬間だった。
(えっ?)
剣同士がぶつかる音がして、恐る恐る目を開ける。
何故かローザンナの前に──一人の人物が立っていた。
「ティル?!」
立っていたのは、まさかのティアルトだ。
「今度も殺させない」
二人の激しい打ち合いが始まった。周りも二国の騎士による、激しい戦いが始まる。
ティアルトも奮闘するが、体格ではヴィアンノの方に分がある。剣が吹き飛ばされよろけた隙に、ヴィアンノが思い切り剣を振り下ろす。
「やめて!」
思わずローザンナは駆け寄る。
ティアルトを庇うように前に立った、その瞬間だった。
(えっ……?)
大きな爆発音が響き、光の柱が目の前に──ヴィアンノの振り上げられた剣に降ってくる。
それは全てを焼き尽くすほどの、強い力の雷。
衝撃で吹き飛ばされながら、ヴィアンノの体に電流が流れる様子がスローモーションで映る。
やがて意識が暗闇に落ちていく中で──ローザンナは、本当の一回目の人生を見た。
『私はこの子に会った事がある』




