どうして私は殺される?
部屋まで戻されたローザンナは、ドスッと勢いよくベッドに下ろされた。
「ねぇ、本当は俺から逃げようとしたんでしょ?」
「……」
ティアルトは身を乗り出し、ローザンナに迫る。
「どうすればずっと側に居てくれるの?」
──だってあなたは私を殺すでしょう?
そんな事、言えるはずなんてない。
俯き口を噤むローザンナを、ティアルトはぐっと抱き寄せた。
「お願いだから、ここに居て」
泣きそうな声で囁かれると、ローザンナの目にも涙が溜まった。
(駄目だ……)
どうしても過去の思いは消えてくれない。
どうしても、過去の人生が──この人に愛された記憶が邪魔をする。
暗殺未遂で怪我を負った時、ずっとこの人は側を離れなかった。自分も怪我を負っているのに、返り血で服が赤に染まっても、ずっと抱き締めていた。
医者が手当てしている間も、ずっと側を離れることはなかった。
だからこの人にもうこんな思いはさせたくない。一人にさせたくないと、そう思ったのだ。
ゆっくりと抱き締める腕を解いたティアルトは、ローザンナの頬に手を当てて、涙を溢してじっと見つめる。
その顔はあの時と同じ顔で……ずっと忘れられなかった顔だった。
気付けばローザンナも涙を流して、彼をぎゅっと抱き締めていた。
翌日。
ローザンナは朝早くに目覚めた。
いつもは夜が明けると叩き起こされていたが、今日はもう太陽が少し顔を出している。どうやら早起きは免除されたらしい。
寝返りをするとベッドの片側がぽっかりと空いていて……顔を埋めると、微かにティアルトの残り香があった。
ただ温もりはもう消えていて、随分と前にベッドを後にしたようだった。
もう一度寝ようか。そう思ったけれど、何となく昨夜を思い出して寝れない。
せっかくの朝寝坊の機会も満喫できず、仕方なく体を起こした。
(あ……)
立ち上がるとテーブルの上に、一輪の花が置かれてあった。
ローザンナの愛称である"ローズ"の通り、薔薇の花が一輪。リボンもつけられている。
ローザンナはそれを持ち上げ、じっと眺めた。
(確かに、幸せだったんだよなぁ……)
いつもティアルトは、事ある毎にローザンナへ薔薇を送っていた。
過去の人生でもこんな風に、朝隣に居ない時には必ず薔薇の花が置かれてあった。少しでも寂しい思いが紛れるようにと、そう言っていた。
それに婚約してからは、会えない日は毎日薔薇の花束が届いた。それはもう、屋敷が花で埋もれてしまうと苦言を呈する程の沢山の花で……今回の人生では嫌われるようにしていた故に突き返していたが、正直少し惜しい。
そもそも彼との初対面の時だって………(あれ?)
ある事に気付いたローザンナは、頭から血の気が一気に引いた。
ティアルトとの初対面──王宮で行われたお茶会の日のことを思い出したのだ。
その日は歳が近い貴族の子供が数人集められた日で、今思えばティアルトの婚約者探しも兼ねた日だったのだろう。
その帰り際、ローザンナはティアルトから薔薇の花を送られていた。今回も、もちろん過去の人生でも。
過去の三回に贈られたのは、ピンクの薔薇の花だったはず。
でも今回は……受け取ったのは『紫の薔薇』だった。
(確かにあの時、『紫の薔薇が一番好き』って言った……?)
紫の薔薇で思い出すのは、この前の三度目の人生のこと。
ローザンナは紫の薔薇が咲き誇る庭園の中で、彼によって最期を迎えた。
城が焼き払われ二人で逃亡中、運悪くハンベリルの兵士に見つかってしまった。その時に放たれた矢がローザンナの脇腹に刺さった。
そしてティアルトはローザンナを抱え、近くにあった薔薇の庭園に逃げ込んだ。何とか敵をやり過ごそうと身を隠すが──出血は止まらず、意識が遠のき、死を覚悟した。
「私ね、紫の薔薇が一番好きなの」
──あなたの瞳と同じ色だから。
その言葉をぐっと飲み込み、抱えるティアルトに微笑んだ。
「ここが最期の場所なのも、悪くないわ」
そして自害しようとナイフを取り出した。それに気付いたティアルトは、自ら剣を抜き──ローザンナへと突き立てた。
暗転する視界の中で、確かに「愛してる」と言う彼の言葉を聞いた。
これが最期にある記憶だった。
そこまで思い出した所で、動悸が止まらなくなる。
初対面の時に紫の薔薇を贈ったワケも。
ナイフで自害しようとした自分に剣を向けたワケも──過去にナイフで自害しようとして失敗したのを知っているからだとしたら。
──彼は記憶があるのかも知れない。
今まで考えもしなかったことだ。
何度も人生を繰り返す意味は、執着心の強い彼から逃げる為なのではないかと思っていた。
彼との結婚を避けてこそ、未来が開けるのだと。そう思い込んでいた。
でもその思い込み自体が、間違いなのかも知れない。
──だったらどうして、彼は私を殺すのだろう。




