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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第五章 新たな冒険

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戯れの代償

 クドゥリサルに導かれ移動した先には、復活したネホシェットが、胡坐あぐらをかいて座っていた。

 その体躯は先程までよりも小さくなっているように見える。

 それでもなお、その身長はクラウスの倍はある。


 ネホシェットはクラウスに気付くと、ゆっくりと立ち上がった。


「大したものだ。この私が、まさか人間相手に敗れるとは。見事だった、人間よ」


 満足げな様子で語りかけてくるネホシェットに対して、クラウスは無言で駆け寄り斬撃を見舞う。


「貴様! 何のつもりだ!? 勝負はもう着いたはずだ!」


 クラウスはその言葉には答えず、なおも攻撃を繰り返す。


 まだ戦いは終わってはいない。

 戦いの最中に無防備な姿を晒して座り込み、あまつさえ呑気に語り掛けてくるような愚か者を相手に、手を緩める必要も感じない。


 ネホシェットはみずから戦うことを求めたのだ。

 一度敗れ、本人はそれで満足したのかもしれない。

 だが、そんな事はクラウスの知った事では無かった。


 これは自らの選択の結果なのだ。

 最初からダフナーに戦いを挑んだりしなければ、こんな事にはならなかった。

 自ら望んで戦いを始めておきながら、形勢が不利になった途端に態度を変えたところで、許してやる理由もない。


 クラウスが自身の言葉を聞くつもりなど無いという事に気付いたのか、ネホシェットはすぐに立ち上がり、応戦しはじめる。


「図に乗るな! 定命の存在が!」


 ネホシェットは悪態をつきながら、何とかクラウスの攻撃に対処しようと試みていた。

 だが、万全の状態でも相手にならなかったのだ。

 一度倒され、力を失った状態で抗えるはずも無い。

 当然、結果も変わらない。


 ネホシェットはなんとか反撃しようと必死で抗うが、繰り出す攻撃はことごとく空を切り、ひたすらにクラウスの剣でその身を切り裂かれ続ける。

 数分程そのような応酬が続いた頃、再びネホシェットの力が尽き、その姿が塵となって崩れ落ちる。

 そして数十秒ほどで、再びその姿を現した。


 ネホシェットは、復活してすぐに周囲を見渡し始めた。

 そして、未だ剣を手にして臨戦態勢を維持しているクラウスの姿を見つけたとたんに、その表情が歪んだ。

 それから、わずかに逡巡するような様子を見せたかと思うと、跳ねるように後方に跳び、きびすを返して逃げ出した。


 クラウスもそれを追い、すぐさま走り出す。

 そしてすぐに追いつき、その逃げる背中に斬撃を見舞う。


 その斬撃を受けて、ネホシェットも逃げられないと悟ったのだろう。

 足を止めて振り返り、クラウスの攻撃に立ち向かう。


 だが、今回もまた結果は変わることは無かった。

 戦いに敗れ、倒されるたびに力を失うのだ。

 もはやネホシェットには勝ち目など残っていない。

 ネホシェットが先程口にした言葉通り、勝負は既についているのだろう。

 だが、クラウスは彼を攻撃する手を止めようとはしなかった。

 今回もまた数分で倒され、その身は塵となって崩れ去る。


 そうして数十秒後、ネホシェットは蘇り、再び姿を現わす。

 その体躯は未だにクラウスよりも大きかったが、最初と比べると随分と小さくなってしまっている。

 力を失うのと同時に、その見た目も小さくなっていくようだ。


 倒されるたびに力を失う。

 であれば、全ての力を失うまで倒し続けたならどうなるのか?

 妖精に死という概念は存在しないと言っていたが、本当にそうなのか?

 全ての力を失った妖精は、果たしてそのまま存在し続けることは出来るのか?


 クラウスはそれを試していた。

 ネホシェットをこのまま倒し続ければ、その答えもわかるのだろう。


 だが、まだ先は長そうだ。

 あと何度倒せば、この大妖精の力の全てを剥ぎ取ることが出来るだろうか。







 ネホシェットは焦りを覚えていた。

 眼前で剣を振り、執拗に攻撃を繰り出し続ける人間の剣士。

 その剣士に、もう三度倒されている。

 勝負は既についていると訴えたが、剣士は攻撃の手を止めるつもりは無さそうだった。


 ネホシェットもまた、剣士に向けて攻撃を繰り出しているが、剣士はそれらをことごとく躱しているため、その身には傷一つ付けられていない。


 妖精は倒されたとしても蘇ることが出来る。

 その時にある程度の力を失ってしまうが、それも時間が経てば元に戻るのだ。

 恐れることなど何も無い……戦いに敗れたとしても、少しの間力が弱まるだけなのだと、そう考えていた。


 だが今、ネホシェットの心には疑念が生じていた。

 このまま倒され続けたなら、どうなるのかと。


 死というものについて、深く考えたことなど無い。

 その死という概念が、自身の存在からは遠い物であると思っていた。

 それ故に、他者の命に興味を示したりすることも無かった。


 定命の存在……彼らは一度死ねばそれで終わる。

 妖精たちのように、蘇ったりすることも無い。


 そして、それらは放っておいても、いずれ時が経てば死ぬ事になる。

 それが多少早まったところで、大して変わりは無いように思っている。


 だが、定命の存在は皆、それを極度に恐れているようだった。

 そして、ダフナーのように、大妖精でありながら自身の信奉者である定命の存在が死ぬ事を恐れ、彼らを死から遠ざけようとする者もいる。

 放っておいてもいずれ消える、それらの脆弱な存在を気にかける理由がわからなかった。

 だが、それを失うまいと必死になって、駆けずり回る者達の姿を眺めるのは楽しかった。


 そう。

 ネホシェットにとって、これはただの退屈しのぎに過ぎない。

 取るに足らない定命の存在を相手にした、ほんの戯れでしか無い。


 弱者をただ蹂躙するだけではつまらないと思い、自身に近い力を持つダフナーを相手に選んだ。

 だが彼女は、想定外な程に強力な助っ人を用意して来た。

 それは人とは思えぬ程に強く、ネホシェットはそれに追い詰められ、危機に陥っている。


「まだ……まだ続けるつもりなのか!? 望みがあるなら言え! 貴様の望みはなんだ!?」


 ネホシェットは必死で眼前の剣士に語りかける

 剣士はその言葉がまるで聞こえていないかのように、表情一つ変えないまま、剣を振る手を休めようとはしない。


「グッ、おのれ!」


 相手はこちらの言葉には一切耳を傾けるつもりが無いようだ。

 こうなっては戦う以外に道は残されていない。

 だが何度も倒されたせいで、ネホシェットは明らかに力をげんじ、弱くなっていた。


 その動作も明らかに以前より緩慢になっているように感じられる。

 力を失う前ですら、相手を捕らえられなかった。


 剣士の動きが自分よりも速いせいで捕らえられないというわけでも無い。

 相手の動きは全て見えている。

 容易く捕らえられそうに思えたが、自身の繰り出す攻撃は一度として当たることは無かった。


 相手の繰り出す攻撃についても同じだった。

 動きは全て見えているのに、その攻撃を防ぐことが出来ない。


 ネホシェットは混乱していた。

 今、目の前で起こっていることを理解できなかった。


 何故、大して素早いとは思えない相手を捕らえることが出来ないのか?

 何故、はっきりと視認できている攻撃を躱すことが出来ないのか?

 何故、傷を付けることすら困難な筈の自身の体を、紙のように容易く切り裂くことが出来るのか?


 これまでに戦いの場において、何かを考えたりしたことは無かった。

 これまでは、ただ無造作に力を振るうだけで、相手を薙ぎ払うことが出来た。

 だが今対峙している相手には、そのこれまで通りの戦い方は、全く通用していない。

 かと言って、彼はそのような戦い方しか知らず、戦い方を変えることも出来ない。


 それでもネホシェットは必死で抗い、反撃しようとあがき続ける。

 だが相手の繰り出す斬撃を躱すことも、防ぐことも出来ず、さらに自身の繰り出す攻撃は相手には届かず、そのことごとくが空を切る。


 その行き着く結果は先程と同じ。

 数十秒の後に、ネホシェットは四度目の死を迎えることとなった。




 意識がはっきりしてすぐに、ネホシェットは走り始めた。

 四度目の死と復活。


 なんとかして、この場から……あの剣士から逃げなければならないと考える。

 全身が震えているのがわかった。

 震える脚を動かし、必死にその場から離れようとする。

 無意識のうちに叫び出してしまいそうになるのを抑えながら、彼は必死に走った。


 ようやく彼は理解した。

 今感じているこの感情こそが、恐怖と言う感情であるのだと。






「どこだ?」


 クラウスは崩れ去るネホシェットの体を見ながら、手にした相棒に問いかける。


「今度は左だ。野郎、まだ逃げようとしてやがる」


 クドゥリサルの言葉を聞いたクラウスは、左方に向かって走り出す。

 するとすぐに、走ってその場を離れようとするネホシェットを見つけた。


 ネホシェットは、近付くクラウスにすぐに気付いた。

 そして、すぐに逃げられぬと判断したのだろう。

 足を止め、追いすがるクラウスに向き直る。


「待てッ! 私にもう戦う意思は無い!」


 クラウスを制止しようとネホシェットが口を開く。

 だがクラウスは聞く耳を持たず、ネホシェットに斬り付ける。


「お前の……」


 ネホシェットはなおも言葉を続けようとするが、クラウスはそれを気にせず攻撃を続ける。

 くだらない戯れで戦いを挑んでおきながら、自分に都合が悪くなった途端に命乞いを始める。

 そんな愚か者の口上を聞く必要があるとは思っていない。


 容赦無く、休みも無く繰り出されるクラウスの斬撃を、ネホシェットは防ぐことも躱すことも出来ない。

 彼はただ斬撃を浴び続け、その身を切り裂かれていく。


 十数度目の斬撃で、限界を迎えたのだろう。

 ネホシェットの体が塵となって崩れ落ちる。

 これで五度目だ。


 一度目と比べて、倒すまでの時間が随分と短くなっていた。

 あと何度倒せば良いのかはわからなかったが、思ったよりも速く倒しきることが出来そうだ。






 ネホシェットは既に理解していた。

 あの人間には何を言っても無駄なのだろう。

 たとえ頭を地に摺りつけて懇願したとしても、あの人間は話を聞こうとはしないのだろう。


 彼にとって死は恐れるようなものでは無かった。

 たとえ倒されたとしても、すぐに蘇る事が出来る。

 それを知識として知っていた。

 だがそれを実際に体験したことは無かった。

 これまでに妖精の原野で彼を倒すことが出来た者など、いなかったからだ。


 だがこのまま繰り返し倒され続けれたなら、どうなってしまうのだろうか?

 このまま力を失い続けた先には、何が待っているのか?

 もう失う力すら無い、そんな状況にまで追い詰められたなら?

 その状態で倒されたとして、再び蘇ることは出来るのか?


 何とかして、この状況から抜け出したいと思っている。

 だが、その方法がわからない。

 思案している余裕すら無い。

 あの人間は、そんな猶予すらも与えてはくれない。


 もう何も出来ることは無い。

 それでも何とか助かりたいと、ネホシェットは必死で声を上げた。


「私の負けだ! 頼む、助けてくれ!」


 ネホシェットの必死の懇願も、剣士の心を動かす事は出来なかった。

 次の瞬間、ネホシェットの首は剣士の振り抜いた剣で跳ね飛ばされていた。

 切り離された首から下が塵となって消え、すぐに再生する。

 頭以外の全身を再生したからか、自身の体を構成する魔力が大量に失われたのを感じ取っていた。


 首を飛ばされたりしたのは、初めてだ。

 それに動揺していたネホシェットが立ち直る隙も無いままに、剣士の振り下ろした剣が、ネホシェットの体を脳天から股下まで斬り下ろしていた。

 そのままその体は再生することなく、全身が塵となって崩れ落ちる。


 一度遠のいた意識が、すぐに戻ってくる。

 少し離れた場所に、剣士の姿が見えた。

 剣士はすぐにこちらを見つけ、素早く駆け寄ってくる。


 絶望が心を支配する。

 

「うああああああ!!」


 気付けば声を上げていた

 溢れる感情を押さえきれず、彼は大声で叫んでいた。


「ダフナー! 助けてくれ! 助けてくれ!!」


 彼は必死に助けを求めて叫ぶ。

 この剣士にどれだけ語りかけたところで、聞き入れることは無いだろう。

 今この場で話を聞いてくれる……その可能性があるのは、もうダフナーしかいない。


 ネホシェットは恐怖から逃れようと、必死でダフナーの名を呼び続けた。







 塵となって消えたネホシェットの姿が、少し離れた場所に現れた。

 もう何度目になるのか、その回数を数えるのも止めていた。

 回数などには意味が無い。

 倒す度に力を失うそれの、その力を極限まで削り取るつもりなのだから。

 回数など覚えておく必要は無いだろう。


 クラウスは、すぐさま追撃するために、標的目掛けて駆け寄っていく。


 その標的が、突然叫び声を上げた。

 その声からは、必死さと恐怖の感情が見て取れた。


 ネホシェットはクラウスに命乞いをしても無駄だと言うことをようやく理解し、ダフナーに助けを求める事にしたようだ。


「クラウス!」


 声が響き、ダフナーがこちらに近づいてきた。

 クラウスは動きを止め、ダフナーが近づいて来るのを待つ。


 ネホシェットが、再度声を張り上げダフナーに助けを求める。


「ダフナー! 助けてくれ! もう二度とお前とお前の民に手を出したりはしないと誓う!」


 そうして、やってきたダフナーにクラウスは問いかける。


「どうする? あんたがやめろって言うなら従うが」


 そのクラウスの言葉に続いて、クドゥリサルもダフナーに向かって声をかけた。


「ここで可能な限り力を奪っておいて、封印するなり、消滅させるなりしておいたほうがいいと思うぜ? 長い事好き放題やってきたんだろ? 見逃せば、いずれ力を取り戻す。長い時間はかかるだろうがな。その時になったら、また好きに暴れだすだろうぜ」


 ダフナーは険しい表情を浮かべたまま、うずくまるネホシェットを見ていた。

 やがて大きく息を吐き、口を開く。


「ネホシェット。眷属として、私に忠誠を誓うつもりはありますか?」


 その言葉を聞いたネホシェットは、驚きの表情を浮かべている。

 しばらく待っても返事が無かったため、ダフナーは再び声を上げる。


「ここで彼らの気が済むまで戦い続けるか。あるいはその魂に契約を刻み、私の眷属となるか。どちらかを選んでください」


 ネホシェットが何と答えるのか、クラウスは興味を持って見ていた。


 このまま力を削り続けたならどうなるのか?

 全ての力を失い消滅するかも知れない。

 たとえ消滅しなくとも、この調子で弱って行けば、封印してしまう事も容易いのだろう。


 クラウスからすれば、どちらを選んでも対して変わりは無かった。

 戦う事を選んだとしたなら、少し仕事が長引くが、それだけだ。


 答える事が出来ずにいるネホシェットに、再度ダフナーが問いかける。


「私がした質問に答えてください。答える気が無いのなら、後のことはクラウスに任せようと思います」

「待て! わかった! 契約を結ぶ!」


 その言葉を聞いたダフナーは、険しい表情を浮かべたままネホシェットを見ていた。

 目の前で跪いている妖精に、これまでに受けた仕打ちについて思い出しているのかもしれない。


 やがて眼を閉じ、大きく息を吐いてから、再び眼を開く。 


「良いでしょう。この契約は永遠のもの。たとえ私が消滅したとしても、あなたはその契約から逃れる事はできません。それで良いですね?」


 ネホシェットはその言葉に対して、項垂れるように頷く。


 ダフナーが、項垂れるネホシェットの頭に手を置き、何事かを口にした。


 クラウスの目には何かが変わったようには見えなかった。

 ダフナーが、まるで心の荷が下りたかのように大きく息を吐き出す。


「永遠に続く契約にしては、随分と簡単なんだな?」

「そうですね。お互いの同意の元に交わされる契約ですから。そう難しいものでは無いのです。必要なのはお互いが心から同意する事、ただそれだけなので」


 ネホシェットを見ると、未だに項垂うなだれたまま動かずにいた。


「こいつはこれからどうなるんだ?」

「私の眷属として、もう二度と私に逆らう事は出来なくなります」


 そういってから、目の前でうずくまるように座るネフォシェットに向かって言葉をかける。


「行きなさい。行って、二度と他の存在に危害を加えたりする事が無いように気をつけるのです。今の私は、あなたの行いの全てを知ることが出来ます。私に隠れて無法を為すことも、もう出来ません。それを決して忘れないように」


 その命令を聞いたネホシェットは、疲れ果てたような表情を浮かべながら、すぐに立ち上がり歩き去って行った。


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