他者の承認
酒場で絡まれた翌日の昼前頃、クラウスはローザと共に再び冒険者組合を訪れていた。
冒険者として働いたことの無いクラウスのために、一度ローザと一緒に簡単な依頼を受けてみて仕事の流れを理解して貰うつもりなのだと、そうローザには聞かされている。
壁に様々な依頼が書かれた紙が張り出されており、ローザはそれを眺めている。
クラウスはその数歩後ろに立って、ローザが依頼を選ぶのを待っていた。
そうしているうちに、一人の少年が二人に近付いて来た。
その少年はローザとそれほど変わらない年齢に見える。
少年はローザに近づき、彼女に話しかけてきた。
「ねえ、君。依頼を探してるの」
突然声を掛けられたローザは驚き、わずかに怪訝な表情を浮かべる。
少年はその表情に気付いていないのか、軽い調子で話し続ける。
「依頼、探してるんだよね? パーティを組む仲間はもういるの? 良かったら手伝おうか? ああ、俺トラオゴットっていうんだ。自慢じゃないけど、これでも銀の位階のパーティに入ってるんだよね」
ローザは困惑した表情で、それに答える。
「そう……申し出はありがたいのだけど、間に合ってるわ。誰か他の人に声をかけてあげて」
「間に合ってるって、仲間はもういるって事?」
「ええ、そうよ」
そう言って、ローザはクラウスに視線を向ける。
その顔にはうんざりしたような表情を浮かべていた。
そのローザの視線の先を見た少年……トラオゴットは鼻を鳴らし、クラウスに挑発的な視線を向けてくる。
「もしかして君の仲間ってコイツ? へえ……コイツスゲー弱そうなんだけど、絶対大したこと無いよね? こんな奴より俺らと一緒の方が絶対いいって! なあ、証明するからさ、俺とコイツ勝負させてみてくれよ。なあ、あんた俺と勝負しろよ」
そう言いながら少年はクラウスに迫ってくる。
突然訳のわからない絡み方をしてきた少年に、クラウスは苦笑を浮かべる。
相手にせず適当に流したほうが良いだろうと考え、彼は首を横に振った。
「いや、やめておこう」
「なんだ? 逃げんのか? 腰抜けかよ? なあ、君もこんな腰抜けと一緒にいるより俺と組んだほうが絶対いいって。おい、何か言い返してみろよ? 怖気づいて言葉も出ねえのか? そんな臆病者が冒険者やろうとか、世の中舐めてんのかよ?」
クラウスは苦笑を浮かべたまま、彼の目の前で威勢良く喋り続ける少年を見ていた。
この若い冒険者は他者からの承認を欲しているようだ。
特にクラウスの雇い主である美しい少女に、自身が優れた冒険者であるということを認めて欲しくて、クラウスをその出しに使おうとしているのだろう。
他人に認めて貰いたいと思う、その気持ちは理解できる。
クラウスもかつては、この少年と同じ欲求を持っていた。
だが今のクラウスにはそれは無い。
クラウスが認めて欲しいと思う相手は一人だけだ。
そして、彼が腰に吊るした意思を持つ剣は、その相手に認められた証であった。
クラウスは既に自身の求めるものを手にしているのだ。
自身にとっては不要な物を、相手が求めているのなら……与えてやれば良いのだろう。
相手の申し出を受けて適当に戦って負けてやれば、それで相手は満足するだろうか?
だが、さすがに見ず知らずの相手にそこまでしてやる義理も無いだろう。
クラウスはそのまま相手にせず、適当に聞き流すことにした。
少年はずっと喋り続け、クラウスを挑発し続けていた。
クラウスはそれを何も言わず黙って聞いていた。
気に入った異性の興味を惹こうと必死になっている少年の姿を見ていると、微笑ましくさえ思える。
また、よく口が回るものだと感心もしていた。
だがそんな少年の努力は、逆効果にしかなっていないようだ。
少年が気を惹きたいと思っている相手の少女は不快げな表情を浮かべている。
クラウスにはまるで響かない悪口も、その雇い主である少女にとっては我慢がならないものだったようだ。
「あなた、いい加減目障りよ。そんなに勝負がしたいなら、替わりに私が相手になるわ」
そのローザの言葉と表情を見て、彼女が今どのような感情を抱いているのか、流石にこの空気の読めない少年にも理解できたようだ。
少年はわずかに狼狽える様子を見せたが、それを必死に取り繕うように虚勢を張り始める。
「君が? いや、流石に君みたいな女の子と勝負なんてできないよ。怪我をさせるわけにはいかないし……」
少年はへらへらと笑いながら答えたが、その笑みも動揺からか引き攣っている。
「あら? 怖気づいたの? それでよく人を腰抜け呼ばわり出来たわね? 勝負に勝つ自信が無いなら今すぐ尻尾を巻いて退散したら?」
そのローザの言葉に少年の顔から笑みが消える。
「怖気づくって、俺が? ありえないよ。さっきも言ったけど、俺は銀の位階なんだぜ?」
「本当に銀の位階の冒険者なの? 私なんかを相手に尻込みしてるのに?」
「尻込みなんてしてねぇ!」
ローザのたったそれだけの挑発で、少年は容易く怒りを顕にする。
若さゆえ……という面もあるのだろうか。
他人を煽り立てるのは得意なようだが、自身が煽られるのには慣れていないようだ。
感情の沸点も低過ぎる様に見える。
彼の目的はローザの気を惹くことだったのだろうに、その相手に怒りの感情をぶつけてしまっている。
頭に血が上って当初の目的を忘れてしまっているようだ。
「あら、そうなの? で? やるの? やらないの? ああ、もしかして勝負を断る理由を考える為の時間が欲しかったりするかしら?」
「いいよ……やってやる」
怒りを押し殺すように、少年は答える。
それを聞いたクラウスは溜息をつく。
相手をする必要は無いと思っていた。
だが自分のために雇い主を戦わせるわけにはいかないだろう。
「……いや、やるなら俺がやろう」
それを聞いたローザが笑みを浮かべる。
「そう。じゃあ、お願いするわ。あなたもそれでいい?」
「……ああ、いいぜ。良かったよ、お前が相手で。覚悟しろよ? お前相手に手加減なんてするつもりは無いからな?」
少年は自身の勝利を疑っていないようだ。
もし勝負をするなら負けてやってもいいと、先程まではそう思っていた。
だが、雇い主の代理として戦うのであれば、そういうわけにもいかないだろう。
肩をいからせながら歩いていく少年の後ろ姿を眺めながら、クラウスは苦笑を浮かべる。
ローザのほうに視線を向けると、彼女は何か言いたげな表情でクラウスを見つめていた。
クラウスは、その視線に応えるように口を開いた。
「言わせておけば良かったんじゃないか?」
「あなたはあれだけ馬鹿にされて、腹は立たなかったの?」
「まあ、何を言われようと害があるわけでも無いからな」
クラウスにとっては正直どうでも良い事だった。
あの少年にどう思われていようと、気にもならない。
何を言われようとも聞き流していればいいと、そう思っていた。
だが、ローザはそんな風には考えていないようだ。
「害ならあるわ。冒険者っていうのは、力が全てだと思ってるような連中の集まりなの。弱みを見せたら侮られて、余計に面倒事が増えるだけなのよ。傭兵も同じでしょう?」
「……言われてみれば、確かにそうだったかもしれないな」
「それに、相手が私達だから良かったけど……これまでにも同じようなことをやっていたんだとしたら問題だわ。相手を馬鹿にして勝負に持ち込んだうえで、何らかの不利益を押し付けてたりするかもしれない。後で組合にも確認しておきましょう」
自身が馬鹿にされたわけでも無いのに、ローザは随分と憤っているように見えた。
それにしても、彼女は昨日も酒場で絡まれていた。
容姿が優れているというのも、どうやら良い事ばかりでは無いらしい。
クラウスが浮かべた笑みを見たローザが首をかしげる。
「どうしたの?」
「……いや、昨日も酔っ払いに絡まれてたろ? 美人だからっていい事ばかりでも無いんだと思ってな」
その言葉を聞いたローザはわずかに眉を寄せ、そして呆れたような表情を浮かべた。
「どうした?」
「なんでもないわ」
「そうか?」
「ええ、そうよ」
言葉とは裏腹な、何か言いたげな表情をローザは浮かべ、クラウスをじっと見る。
数秒ほどして、彼女が口を開いた。
「クラウス。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「彼との勝負、負けてやってもいいとか思ってない?」
そのローザの言葉にクラウスは驚き、笑みを浮かべた。
ついさっきまで、彼女の言葉のとおりのことを考えていたからだ。
「いや……俺個人が勝負するなら負けてやってもいいとは思ってたが、ローザの替わりに戦うんだ。負けるつもりは無い」
「そう、良かったわ」
「俺も聞いていいか?」
「何?」
「人の心が読めたりするのか?」
昨日の夜、酒場で酔客に絡まれた時にも、考えていたことをローザに言い当てられた。
何かそういった特殊な能力でも持っているのかもしれないとそう思ったのだ。
その問いかけに、ローザは楽し気な笑みを浮かべて答える。
「まさか。ただの勘よ。昔から勘がいいって言われるの」
「そうか、大したもんだ」
「私達もそろそろ行きましょう。あまり待たせると、またうるさく囀り始めそうだわ」
「そうだな」
「ちゃんと勝ってね。いい?」
「ああ、もちろんそのつもりだよ、雇い主殿」
そう言って笑いながら、クラウスは腰の剣を剣帯から外してローザに手渡した。
「こいつを頼む」
受け取ったローザは、その意思を持つ剣に向かって挨拶する。
「しばらくの間よろしくね」
「おう、よろしくな」




