盗賊の根城
盗賊たちの首領であるリュディガーは、自身の目の前で起きている情景を見ながら、状況を把握しようと努力していた。
月明かりに照らされながら、その男は立っていた。
夜空に流れる薄雲の、その切れ間からこぼれる月明かりが、男の姿を淡く縁取り、夜の闇の中に浮かび上がらせている。
剣を手にした腕をだらりと下げたその男の周囲には、いくつもの屍が冷たく横たわっていた。
盗賊たちは皆、その男を相手にただの一合も打ち合うことが出来ないまま、斬り倒されている。
男が剣を一振りするだけで、立ち向かっていった者はその身を両断され、動かなくなっていた。
盗賊たちは、いとも容易く打ち倒される仲間達を見て怖気づいたのか、その剣士の周りを囲んだまま手を出しあぐねている。
それを見ていたリュディガーは、大声で部下たちに指示を出す。
「そいつから距離を取れ! 遠巻きに包囲して矢を射掛けろ!」
彼の手下達では、あの男には敵うまい。
相手の間合いの外から攻撃しなければ、被害が増え続けるだけだろう。
彼の手下たちは、皆それなりの場数を踏んできている。
リュディガーの指示にも素早く反応し、それを実行に移していた。
盗賊たちは指示通りに男から距離を取った。
そして包囲するように広がりながら、弓を手に取り、それを構える。
だが男は盗賊たちが矢を射放つ前に、するりとその包囲を抜け出るように移動する。
そして弓を構えていた射手たちに瞬く間に肉薄し、端からそれらを斬り倒していく。
盗賊たちも近付いてくる男に向かって必死で矢を射掛けるが、その矢は男にかすりもしなかった。
「なんで当たらねえんだ!!」
「クソッ! なんだ、この化け物は!」
盗賊達が苛立ちと恐怖で口々に発する悪態が、そのまま彼らの最期の言葉となる。
それらの声はしばらく続いたが、すぐにそれも途絶える。
あとに残るのは、吹き抜ける風に揺らめく木々のざわめきと、冷たく澄んだ虫の声だけだ。
その場には二人だけが残っている。
リュディガーの視線の先に、男は一人立っていた。
それ以外の者は、全て屍となって地に横たわっている。
リュディガーは愛用の剣を手にして、男の様子を観察する。
これ程の手練れの剣士を、彼は今までに見たことが無かった。
勝ち目の薄い相手であることは理解している。
にもかかわらず、胸の奥で何かが熱を帯びて脈打っていた。
全身の血が駆け巡り、細胞ひとつひとつが覚醒するような感覚に包まれている。
そして彼の心は、恐れを凌駕する高揚感で満ちていた。
リュディガーは、命を掛けた真剣勝負こそが、自身をさらなる高みへと誘うのだとそう信じていた。
眼前の戦いへの期待と高揚感を胸に、彼は名乗りをあげる。
「俺の名はリュディガー。名を名乗れ、剣士よ」
その名乗りを聞いた男は、怪訝な表情を浮かべながら口を開いた。
「何故名乗る? 盗賊が、戦士の真似事でもしているつもりか?」
その男は戦士のように名乗りをあげたリュディガーを見て、眉を寄せていた。
その表情からは、微かな怒りの感情も垣間見える。
……戦士の真似事だと?
その言葉と態度に苛立ちを覚えながら、リュディガーは言葉を返す。
「俺は盗賊に身を落とし、お尋ね者となることで、常に命を狙われる状況に己を追い込んできたのだ。生きるか死ぬかの状況のなかで、俺は剣の技を磨き抜いてきた。以前にここに来た冒険者共を仕留めたのも俺だ。侮っていると吠え面をかくことになるぞ?」
そのリュディガーの言葉を聞いた男は、戸惑う様な表情を浮かべ、応える。
「技を磨き抜いた? そうか、なら見せてくれ。丸腰の村人達を相手に磨き抜いた技ってやつを」
その言葉には、嘲りの感情が含まれているようにも感じられた。
それを口にした男の表情には、わずかに呆れているかのような様子も見える。
激しい怒りの感情が湧き上がってきた。
いかに優れた戦士であったとしても、自身の技を取るに足らないものであるかのように扱われるのは我慢がならなかった。
その嘲りの代償を、その身を以て思い知らせてやろう。
怒りを押し殺しながら、リュディガーは言葉を返す。
「……いいだろう。俺の技を侮ったことを、あの世で後悔するがいい」
手にした剣を構え、視線の先に立つ男を凝視する。
そうして己の全ての神経を眼前の相手に集中する。
短く息を吐き、素早く踏み込む。
それと同時に、魔術によって強化された筋力で、神速の一撃を叩き込む。
「むぅ?」
全霊を込めた一撃は、最後まで振り抜く前に停止していた。
リュディガーは自身が目にしている光景を、すぐには理解出来なかった。
彼が振り下ろした剣を、目の前の男がその肩で受け止めている。
彼が間合いを詰めるのと同時に、男も前に出たのだろう。
相手が前進して間合いを詰めたせいで、剣の刃では無く、その柄で男の肩を打つことになったのだ。
彼が放った必殺の一撃を、躱したわけでも、剣で防いだわけでも無い。
目の前の男はただ前進するだけで、それを受け止めたのだ。
それに驚愕しながらも、体は無意識のうちに動いていた。
彼の足はいったん間合いを外そうと、地面を蹴って後方へと跳ぶ。
そこで彼は、自身が体勢を崩している事に気づいた。
体が後方に傾き、倒れそうになる。
足を動かし体勢を立て直そうとするが、うまく行かない。
足の感覚がおかしい。
体が思う様に動かせていない。
彼はそのまま倒れ、背中を地面に打ち付けた。
早く立ち上がらなければ。
立ち上がり、相手の反撃に対処しなければならない。
頭を上げ、起き上がろうとした彼の目に、こちらに向かってゆっくりと倒れてくる人間の下半身が見えた。
彼は混乱していた。
先程からの出来事の全てが、彼の理解を超えている。
何が起こっているのか、まるで理解できていなかった。
視線の先にある、倒れた下半身を見た。
それから自身の腹部に目を向ける。
視線の先にある自身の胴体の、みぞおちから下が失くなっていた。
そして、少し離れた場所に横たわっている人間の下半身が、自身のものであるという事に気付く。
わけが分からなかった。
視界に入ってくるその情景を見ても、何が起こっているのか理解できなかった。
「まあ、こんなもんだろうよ」
先程聞いた男の声とは違う、別の誰かの声が聞こえてきた。
男はそのまま倒れたリュディガーの横を通り過ぎ、砦の奥の方へと向かって歩いて行く。
薄れゆく意識の中で、リュディガーは自身の身に何が起こったのかを考え続けていた。
斬られた?
いつの間に? どうやって?
斬られたことに気付くことすら出来なかったのか?
リュディガーは必死で思考を巡らせる。
何をされたのかわからなかったが、自分が敗れたのだと言う事だけは理解できた。
そして、ただ知りたいと思った。
盗賊に身を落としてまで、強さを……強者との戦いを求めた。
その結果、彼は敗れ、そして死ぬ。
命が尽きる前に、せめて自身がどのようにして敗れたのか、それを知りたいと思った。
……教えてくれ
言葉を発して男に問いかけようとしたが、声は出てこない。
そうしているうちに視界が狭まり、意識が遠のいていく。
そうして彼は、その最期の瞬間まで、自身の身に何が起こったのかを考え続けていた。
朝日が昇ってしばらく経った頃、イーダがクラウスの眠る家にやってきた。
彼女はその家から少し離れた場所に、いくつかの血塗れの遺体が転がっていることに気付く。
それを見た彼女は慌てて家の中へと入って行き、そこで眠るクラウスを見つけた。
彼に近づいていこうとしたところで、すぐ横の壁に立てかけてあったクドゥリサルに呼び止められる。
「もうちょっと眠らせてやってくれよ。夜明けまでずっと働いてたんだ」
「ああ、それはかまわないけど……外のあれはあんたらがやったのかい?」
「盗賊共の死体の事なら、やったのは俺らだ。奴らの方からこっちにやってきたんでな。そのまま山に登って行って、仕事も終わらせちまったよ。もう奴らはいない。安心していいぜ」
それを聞いたイーダはしばらく驚きで声を出せなかったが、やがて安堵のため息を漏らす。
「そうかい。あんたらが無事で良かったよ。それにしても、本当に腕の立つ戦士だったんだね」
「なんだ? 信じてなかったのか?」
「そういうわけじゃないけどね。それでも、こんなに簡単に依頼を終わらせるとは思ってなかったんだよ」
「ああ、そこに置いてある皮袋を持っていきな」
「皮袋? これの事かい?」
イーダは部屋の入口近くに置いてある皮袋を手に取った。
そして、その口を開いて中を確かめた彼女は驚きの声を上げる。
その袋には金貨がぎっしりと詰まっていた。
「あんた、これは……」
「少しだけ持って帰ってきたのさ。奴らがいた砦にはもっと残ってる。あとで人をやって取りにいかせな」
「盗賊が溜め込んでた金品は、冒険者が自分のものにしていいんじゃなかったかい?」
「ああ、らしいな。だが、こいつはいらないって言ってたんでな。後は好きにすりゃあいいさ」
「いらないのかい? その金があれば相当な贅沢が出来るだろう?」
「贅沢ね……美味い飯には興味がありそうだが、そんなのは貰ってる給金で十分だろう。それ以外にこいつが何か欲するとも思えんしな」
「そうなのかい? 本当に変わった男だね」
「多分、本人もそう思ってると思うぜ」
楽しげに語るクドゥリサルの言葉を聞いて、イーダも笑い声を上げる。
彼女はもう一度皮袋の中を覗いてみた。
昨晩の食事の礼だというなら、それは余りに多すぎる。
だが、くれるというのなら貰っておけばよいのだろう。
「じゃあ、ありがたく貰っておくよ」
「おう、気にせず持っていきな」
「クラウスが目を覚ましたら、うちに来るように言っとくれ。帰ってきたら料理を振舞う約束だからね」
「ああ、伝えとくよ」
「じゃあね。昼くらいにまた様子を見に来るよ」
そう言ってイーダは、クラウスの眠る家を後にした。
昼近くになって、クラウスはようやく目を覚ました。
「よう、お目覚めか?」
「ああ、今はどれくらいの時間だ?」
「昼前くらいだな。イーダが家に寄れって言ってたぜ。また料理を振る舞ってくれるんだそうだ」
「ああ、そういえばそうだったな」
クラウスはベッドから起き上がると、剣帯を身に着け、クドゥリサルを腰に提げる。
それから家を出て、イーダの家へと向かった。
イーダの家までたどりついたクラウスが入口の扉をノックすると、その扉の向こうから声が返ってきた。
「クラウスかい?」
「ああ、そうだ」
「ちょうど良かった。そろそろ呼びに行こうかと思ってたんだよ」
扉が開き、イーダが笑顔でクラウスを中へと招き入れる。
家の中に入ったクラウスは、昨日と同じように部屋の中央にあるテーブルの席に座り、イーダが料理の準備をする間待つことになった。
「この家に、ずっと一人で暮らしてるのか?」
クラウスの問いに、イーダは何かを懐かしむような表情を浮かべる。
「夫が死んでからは、ずっと一人だね」
それから、イーダは自身の家族の事を話してくれた。
彼女の夫は三年前に他界し、それ以来、彼女は一人でこの家に住んでいるらしい。
娘が一人いるが、遠くの街に嫁いで行って、今はここにはいない。
夫が死んだときに、その娘に一緒に暮らそうと言われたが、彼女は断ったのだそうだ。
数えきれない思い出が詰まっているこの家を、捨てることなどできなかったのだと、そう彼女は語った。
「すまないね。こんな婆さんの昔話なんて聞いても楽しくないだろ?」
しばらく話した後に、イーダが冗談めいた口調で、そう問いかけてきた。
それにクラウスは笑みを浮かべ、答える。
「いや、そんな事は無い」
「本当かい?」
「ああ、本当さ」
イーダの口振りやその表情を見ていれば、その思い出が彼女にとってどれ程掛け替えの無い物であったのかが伝わってくる。
彼女の話を聞いているうちに、クラウスもまた、長い時を共に過ごしてきた者たちの事を思い出していた。
そうしているうちに準備も終わり、イーダが料理を運んで来る。
クラウスの目の前に置かれた皿の上には、厚めに切られた肉が三枚ほど乗っていた。
肉の脇には、イモと玉菜の塩漬けらしきものが、付け合わせとしてついている。
熱を帯びた湯気に混じって漂ってくる肉の甘い脂の匂いが、クラウスの食欲を刺激した。
「ああ、こいつは美味そうだ」
「さあどうぞ、召し上がれ」
イーダと話し、笑い、そして料理を味わう。
その暖かく穏やかな時間を、クラウスは十分に楽しんだ。
食事を終えたクラウスは、イーダに礼を言ってから外に出た。
イーダもまた、クラウスを見送るために外に出てくる。
「すまないね。村を救ってくれた英雄の見送りだってのに、こんな婆さん一人しかいなくて」
イーダの言葉にクラウスは笑い、首を横に振る。
「いや、十分過ぎるさ。ありがとう」
そのクラウスの言葉にイーダもまた笑顔を返す。
「またこの辺りに来ることがあったら、顔を出しなよ。また料理を振舞ってやるからさ」
「ああ、そいつはありがたいな。必ず顔を出すよ」
クラウスは軽く頷き、それから別れの言葉を口にする。
「じゃあ、またな」
「ああ、またおいで」
イーダに背を向けて歩き出したクラウスに、クドゥリサルが声を掛けてきた。
「帰りはどうする? 急ぐのか?」
「ああ、そんなに急がなくてもいいんじゃないか? ローザももう先に行ってるみたいだしな。ゆっくり歩きながら帰ったからって、何か言われたりはしないだろう」
「ローザに連絡はいれたのか?」
「いや、まだだ。街に戻って、組合に依頼の報告をしてからでも大丈夫だろう」
「まあ確かに、別に急いで追いかけて来いとも言ってなかったしな」
そうしてクラウスは、ゆっくりと歩きながら街へと向かう。
来るときは急いでいたため、周囲の景色に目を向ける時間もなかった。
帰りはゆっくりと、周囲の景色を楽しみながら移動したい。
街に戻るのは遅くなるかもしれないが、そのくらいはローザもきっと許してくれるだろう。




