村人と盗賊
アケライの街を出たクラウスは、目的地である村に向かって一人街道を走っていた。
全力で走っているわけでは無かったが、それでも魔術によって強化されたその足は、並の人間の全力疾走よりも速い。
普通に歩いたなら丸一日はかかるとのことだったが、この速さで走り続ければ夜までにはたどり着けるだろう。
そうして走り続けたクラウスは、日が陰り始めた頃に目当ての村にたどり着くことが出来た。
その時間のせいもあるのだろうか?
外を歩く人影は見当たらなかった。
だがいくつかの家の煙突からは煙が立ち昇っている。
クラウスがどこかの家を訪ねて話を聞こうかなどと考えながら、辺りを見回していた時だった。
一人の老婆が家の外に出ているのを見つけた。
クラウスは彼女に近づいて行って声を掛ける。
「こんにちは」
声を掛けられた老婆は驚いたような表情を浮かべ、観察するかのようにまじまじとクラウスを見る。
「お前さん、他所から来たのかい? もしかして冒険者?」
「ああ。アケライの街で盗賊退治の依頼を受けてきたんだが……」
それを聞いた老婆の表情が険しくなる。
「この間来た冒険者はみんな殺されたってのは知ってるのかい?」
「ああ、知ってるよ」
「そうかい……」
老婆は大きく息を吐き、それからきょろきょろと辺りを見回した。
「あんた……一人に見えるけど、仲間はいないのかい?」
「ああ、俺一人だ。仲間はいない」
それを聞いた老婆は、驚いたような表情を浮かべる。
「本当に一人だけ? たった一人で何をする気なんだ?」
「もちろん、盗賊退治だ」
「冗談……では無いんだろうね。そんな冗談を言うためだけに、わざわざこんな所まで来たりはしないだろう」
老婆は険しい表情で溜息をつく。
「盗賊は何十人もいるって聞いてる。それを一人で? あたしには死に急いでいるようにしか見えないんだがね」
「死に急いだりはしてないよ。老衰で死ぬのが俺の夢なんでね」
クラウスはそう言って笑みを浮かべる。
今言葉にした通り、まだ死ぬつもりは無い。
だが、それでも死ぬことはあるだろう。
自身を殺せるような者はそうそういないという事を知ってはいるが、それでも決して死なないとは言い切れない。
仮にそうなったのだとしても、それはそれで仕方の無い事だ。
戦士というのは、そういうものなのだから。
「そうかい。あんたの人生だ。あたしがどうこう言うような事でもないんだろうけどね」
老婆はそう言ってから、右手を差し出してきた。
「あたしはイーダってんだ。よろしくね」
「ああ、俺はクラウスだ。よろしく」
クラウスはイーダの差し出した手を握り、挨拶を返す。
「アケライの街で働いてるステラって娘を知ってるか? 彼女に頼まれて来たんだ。急がないと間に合わないって言われてな」
「そうか、あの子が……」
そう言ってイーダは深いため息を吐いた。
「見てのとおり、今はあまり人もいないんだ。避難先の当てのある者は皆避難しちまったからね。残ってるのは行く当ての無い奴か、あたしみたいな年寄りだけだ」
「そうか」
クラウスは村の中を見渡してみる。
イーダの言葉通り、煙突から立ち上る煙の数は多くなかった。
「盗賊は山の中に居るって話だが、どの辺なのかわかるか?」
クラウスに問われたイーダは、とある山を指差す。
「あの山に古い砦があってね。盗賊はそこに居座ってるらしいよ」
「そうか。ならあの山に近い場所で、一晩過ごせそうな場所はあるか?」
「ああ。あの山に一番近い家があるが、今はもう誰も住んで無い空き家になってるから、一晩くらいなら好きに使うといいさ」
「そうか、助かったよ。ありがとう」
「ちょっと待ちな」
礼を言って立ち去ろうとするクラウスを、イーダが呼び止める。
「あんた、食事はどうするんだい?」
「ああ、大丈夫だ。食料は持って来てる」
「良かったらうちに寄って行きなよ。保存食なんかよりは、まともな食事を振る舞ってやるよ?」
「ああ、そうか? それはありがたいな」
クラウスは笑顔で応え、イーダの誘いを受けることにした。
「少し待ってもらえるかい? すぐに準備するからね」
イーダの家に招かれたクラウスは、部屋の中央にあるテーブルの席につき、忙しく立ち働くイーダの様子を見ていた。
「何か手伝おうか?」
「気を使わずに座ってな。あんたはお客さんなんだからね」
声を掛けるクラウスに笑顔で応え、イーダは食事の準備を進めていく。
彼女の支度を待つ間、クラウスは部屋の中を眺めてみる。
彼女はおそらく一人暮らしなのだろうが、テーブルの周りには椅子が三つ据え付けてあった。
おそらく来客があった時のためのものなのだろう。
彼女はいつから一人で暮らしているのだろうか?
以前は家族と共に、このテーブルを囲んで食事をしていたのだろうか?
イーダはどのような人生を歩んできたのか……そんなことに想いを巡らせていると、彼女が両手で鍋を抱えてやってきた。
「待たせたね」
イーダが鍋の中身を皿に取り分け、クラウスの前に置く。
それから、かごに盛られたパンを持ってきてテーブルに置いた。
「そんな大したもんでは無いけどね。どうぞ、召し上がれ」
皿の中では赤褐色のシチューが湯気を上げている。
クラウスはそのシチューを木製のスプーンで掬い、口へと運ぶ。
それをひと口含むと、濃厚なソースの旨みが舌の上に広がり、それから甘みを帯びた玉ねぎの風味が口の中を満たしていく。
「どうだい? 口に合うといいんだがね」
「ああ、うまいよ。本当にうまい」
「そうかい。なら良かったよ」
クラウスの返事を聞いたイーダは眉を上げ、それから破顔する。
「にしても、何十人もいる盗賊相手に一人で立ち向かおうなんて……死ぬのが怖くは無いのかい?」
「もちろん、死にたくは無いが……戦う相手が自分よりも強ければ死ぬしかない。戦士なんてやってる連中は、皆それを理解した上でやってるからな。死ぬときゃ死ぬ。それはもうどうしようもない」
そう言って笑うクラウスを見て、イーダは呆れたような表情を浮かべたのちに、苦笑する。
「あたしには理解できないね」
「よくイカれてるって言われるよ」
「だろうね」
そう言って、二人は笑い合う。
そうして食事をしながら、二人は会話を続けた。
「盗賊のいる砦にはいつ出発するんだ?」
「明日の朝になったら、山に登ってみるつもりだ」
「本当に一人で大丈夫なのかい?」
「ああ、大丈夫だ。実を言うと、一人ってわけでも無いしな」
クラウスはそう言って、テーブルの横に立てかけてあったクドゥリサルを持ち上げた。
「ん? なんだ? 喋っていいのか? ああ、俺はクドゥリサルってんだ。よろしくな」
その剣から発せられる声を聞いたイーダは、驚きの表情を浮かべながら、しばらくそのままクドゥリサルを凝視していた。
「なんだい、そりゃあ? まさかその……剣が喋ってるのかい?」
「おうよ。驚いたかい?」
「そりゃあ驚くさ。魔法の武器なんだろ? そんなもんを持ってるなんて……あんた、もしかしてとんでもなく凄い剣士なのかい?」
そう言ってイーダはクラウスに視線を戻す。
そのイーダの問いに、クラウスは曖昧な笑みを浮かべて応える。
「ああ、どうだろうな?」
「とぼけちゃいるが、実際にコイツを殺せるような奴はそうそう見つかりゃしないだろう。有象無象の盗賊程度じゃ、コイツに傷一つ付けられやしねえさ」
そのクラウスとクドゥリサルの言葉を、イーダは眼を丸くしながら聞いていた。
「そんな冒険者が、なんでこんなさびれた村まで盗賊退治に来てくれたんだ?」
「俺の雇い主も冒険者でな。その雇い主に行って来いって言われたんだよ」
「雇い主がいるんだね。でもその雇い主も冒険者なら、一緒に来なかったのはなんでだい?」
「さあ? 面倒だったんじゃないか?」
「面倒って……随分薄情だね? なんでそんなのに仕えてるんだい?」
「手当がいいんだよ。あと、美人だしな」
「なんだそりゃ? 男ってやつは本当にどうしようもないね」
笑いながら語るクラウスに釣られるように、イーダもまた笑い声をあげる。
それから、イーダはクラウスの顔をまじまじと見た後に口を開く。
「あんた、不思議な人だね」
「そうか?」
「ああ。なんて言うんだろうね? 命懸けの仕事だろうに、落ち着き払ってるからさ。腕に自信もあるんだろうけど、だからって自分は死んだりしないって、たかを括ってる様にも見えない。あたしみたいな老い先短い年寄りだってんならわかるんだが、あんたみたいな若い男が、そんな風に落ち着いていられるもんなんだね」
クラウスはそれに笑みを浮かべ、答える。
「ああ……実はあんたより年上だって言ったら、信じるか?」
そのクラウスの言葉を聞いたイーダは、驚いたような表情を見せたのちに笑みを浮かべる。
「それは……さすがに冗談なんだろ? まあ、あんたのその落ち着き払った態度を見てると、それも本当なんじゃないかって信じてしまいそうになるけどね」
「ああ、もちろん冗談だよ」
そう言って、クラウスはごまかすように笑う。
真面目に説明をすると長くなるだろう。
さらに、本当の事を言ったところで信じてもらえるとも思えない。
そのクラウスの答えを聞いたイーダは、どこか安堵しているかのような溜息を漏らし、笑みを浮かべた。
その後も二人はたわいも無い話をしながら食事を続ける。
ただ下らないことを取りとめもなく語りあう、何でもないひととき。
クラウスは、それを心から楽しんでいた。
やがて目の前の料理を全て平らげたクラウスは、イーダに対する感謝の言葉を口にする。
「ここ最近で一番うまかったよ。ありがとう」
「そうかい? お世辞だとしてもうれしいよ」
「お世辞に聞こえたか? 本心なんだがな」
「ああ、そうだね。お世辞って感じじゃ無かった。こんな婆さんの作った料理でそんなセリフが出てくるなんて、よっぽど貧しいもんでも食べてたのかい?」
「ああ、実はそうなんだ」
「あんたねぇ……褒めてんのか、けなしてんのかどっちだよ?」
「もちろん褒めてるさ」
そうやってしばらく笑いあったのちに、クラウスは立ち上がった。
「じゃあ、ひと眠りしてくるよ。夜明け前に出るつもりなんでね」
「そうかい。仕事が終わったらまた寄りな。また何か作ってやるからさ」
「ああ、そいつは楽しみだ。必ず寄るよ」
イーダに見送られてその家を後にしたクラウスは、盗賊が居着いたという山に最も近い家まで移動する。
目当ての家の前まで来たクラウスは、その家のドアをノックしてからドアを開けて中へと入った。
「お邪魔するよ」
無人だとわかっていたが、挨拶をしながら中に入る。
その小屋にはデルテという名の老女が住んでいたのだそうだ。
半年程前に夫を亡くし、その後アケライの街に住む息子夫婦の家に移り住んだのだという。
家の中は綺麗に片付いていた。
半年もの間、誰も居ないまま放置されていたせいで埃は積もっていたが、それも少しだけだ。
部屋の中央には、テーブルと二脚の椅子が置かれている。
夫婦でこのテーブルを囲みながら、どんな話をしていたのだろう?
子供たちが成長して家を出るまでは、このテーブルの周りにはもっと多くの椅子が置いてあったのだろうか?
今はもういないこの部屋の持ち主が、どのような生活をしていたのだろうかと、わずかな時間立ち止まり、想いを巡らせる。
奥にある部屋に入っていくと、そこには木製のベッドが置いてあった。
クラウスはそのベッドの傍らにクドゥリサルを立てかけ、その上で横になる。
ベッドとは言っても寝具も何も無いため、ただの板の上に寝ることになるが、床に寝るよりは多少は寝心地も良いだろう。
「寝てな。何かあったら俺が起こしてやるよ」
「ああ、頼む」
クドゥリサルの言葉に頷きを返し、クラウスは目を閉じ、眠りについた。
「起きろ、相棒」
クドゥリサルの呼びかけで、クラウスは目を覚ました。
そのままクドゥリサルを手に取り、起き上がる。
「まだ朝じゃないよな?」
「ああ。どうやら盗賊どもの方から来てくれたみたいだぜ」
「何人だ?」
「八人だな。一人は殺さずに逃がせ。逃げ帰る後をつければ、根城を探す手間が省ける」
「わかった」
短いやり取りののちに、クラウスは家から出て盗賊たちのいる方向に向かって歩いていく。
そのクラウスの存在に気付いたのだろう。
村へと近付いて来ていた盗賊たちの動きが止まり、警戒するように身構えるのが分かった。
「弓を持ってる奴が二人いるな」
盗賊の一人が素早く木に登り、弓を構えるのが見えた。
それを見たクラウスは地面に落ちていた石を拾い、その石を木の上の盗賊目掛けて投げつける。
魔術により強化された筋力で投擲されたその石は、真っ直ぐに盗賊目掛けて飛んでいって、その頭部に命中した。
それによって盗賊は頭蓋骨を砕かれて落下し、頭から地面に激突してそのまま動かなくなる。
クラウスは投擲後すぐに、盗賊たちを目掛けて走り出していた。
盗賊たちは慌てたように、身に着けていた武器を構えて応戦しようとする。
クラウスはまず、残ったもう一人の弓を持った盗賊に向かって行く。
狙われた盗賊は、慌てて矢をつがえて射放つが、クラウスは飛来するその矢をするりと躱す。
矢が外れたのを見た盗賊は、即座に弓を投げ捨てて剣を抜こうとしたが、それよりも早く肉薄したクラウスの剣で斬り倒されていた。
そのまま、クラウスは残った盗賊たちを順に倒していく。
盗賊たちはクラウスの攻撃を、防ぐことも躱すことも出来ず、ただの一太刀で斬り倒されていった。
六人まで倒したところで、残る二人が逃走を始める。
二人ともが手にしていた剣を放り出し、必死な様子で走っていく。
「よし、あとはあいつらに案内してもらうぞ」
クドゥリサルの言葉に頷きを返し、クラウスは逃げる盗賊たちの追跡を始めた。
尾行していることを感づかれないように、距離を取って逃げる盗賊についていく。
夜の闇と山の木々が盗賊たちの姿を隠していたが、クドゥリサルが魔術で彼らを感知しているため、見失う心配はない。
そうして随分と長い間、歩いたような気がした。
追跡を始めて三時間は経っただろうか?
クラウスはさほど疲れてはいなかったが、逃げる盗賊たちはふらふらで、途中で何度も休憩を取っていた。
時間も十分に経っているため、もうクラウスが追ってくることは無いと判断しているのだろう。
「どうやら、もうすぐそこみたいだな」
夜の山道を歩いているせいもあるのか、ここまでの道のりは随分と長く感じられたが、ようやくたどり着いたらしい。
もう距離を保って尾行する必要も無い。
クラウスは逃げる盗賊たちとの距離を詰めようと、移動する速度を上げる。
しばらく進むと、木々の無い開けた場所に砦らしきものが見えてきた。
正面には両開きの門があり、そのすぐ横には物見櫓が立っている。
見張りの盗賊が、門の前に一人、櫓の上に一人立っていた。
その門が開き、逃げ帰ってきた盗賊たちが砦の中へと入っていくのが見えた。
クラウスはその門に向かって、正面から近付いていく。
その姿を目に留めた盗賊が、大声で呼び止める。
「なんだ、てめぇ! 止まれ!」
クラウスはその盗賊の言葉を無視し、歩きながら地面に落ちた石を拾う。
そうしてその石を、櫓の上に立つ盗賊目掛けて投げつけた。
その石は盗賊の頭に命中し、その首から上を吹き飛ばす。
櫓の上で、頭部を失った盗賊の体が倒れるのが見えた。
「クソッ、敵だ! 敵襲だ!」
門の前に立つ見張りの男が声を張り上げ、仲間の盗賊たちに危険を知らせる。
クラウスはそれを意に介さず、そのまま見張りの男の懐に飛び込み、剣を抜き放ちながら斬り付けた。
見張りの男は手にした槍を構え応戦しようとしたが、為す術もなく一刀のもとに斬り倒される。
クラウスはそのまま砦の門をくぐり、中へと入っていく。
先に逃げ込んだ盗賊の報告と、見張りの叫びを聞いていたのだろう。
砦の敷地内には幾人かの盗賊たちが武器を手にして待ち構えていた。
さらに、砦の奥から次々に武器を手にした盗賊たちが現れる。
クラウスは足を止め、周囲を見回した。
数は三十人程だろうか?
「ここにいるので全部か?」
「ああ、全員集まってるみたいだぜ」
盗賊たちが、剣や槍を構えてクラウス目掛けて殺到してきた。
三人の盗賊が同時に駆け寄り、手にした武器を閃かせる。
だが盗賊達の攻撃は空を切り、返すクラウスの反撃が彼らを襲う。
ほんの数呼吸の間に、三人の盗賊は六つの肉塊に変わって地に倒れ、呻く間もなく沈黙する。
それを見た他の盗賊たちは、怒号を発しながらクラウスへと向かって来た。
だが、そうしてかかってきた者たちも、クラウスの剣の一振りで両断されて、無惨な肉塊へとなり果てる。
八人程斬り倒したところで、盗賊たちの攻撃が止まった。
砦の中に入ってから、まだ一分も経ってはいない。
動きを止めた盗賊たちは、じっとクラウスを見つめている。
その瞳には、冷たく深い恐怖の色が浮かんでいた。




