突然の依頼
正午を少し過ぎた町の大通りを、クラウスとローザは肩を並べて歩いていた。
足元の石畳は強い日差しに照らされ、陽炎がその姿をゆらゆらと揺らしている。
二人は今、アケライと言う名の街の冒険者組合に向かっている途中だった。
クラウスもこの街の名をどこかで聞いた事があったような気がしていたが、その記憶も三百年以上前の物で、とうに薄れてしまっている。
「大通りにあるって言ってたから、じきに見えてくると思うんだけど……」
すぐ隣りを歩くローザのつぶやきを聞きながら、クラウスは周囲の様子を観察していた。
大通りの両脇にはいくつもの店が立ち並び、その軒先には様々な趣向を凝らした看板が吊るされている。
「前に一度来た事はあるんだけど、もう覚えてないのよね」
それはクラウスに向けて言っているのか、あるいはただの独り言か、どちらとも取れるような呟きをローザは口にする。
それから、今度は明確にクラウスに視線を向けて話しかけてくる。
「ごめんなさいね。頼りにならなくて」
「俺の事は気にせずゆっくり探してくれ。ただ歩き回るだけでも俺は楽しいからな」
そう言って笑うクラウスの言葉を聞いて、ローザも笑みを返してくる。
通りを歩いている間、行き交う人々の多くが二人に視線を向けて来た。
ローザはいつものように、魔術によってその髪と目の色を黒に変えていた。
さらにフード付きのマントを身に着けており、そのフードを目深に被っている。
そこまでしても彼女の端正な容貌は隠しきれず、周囲の人々の視線を惹き付けていた。
クラウスもローザと同じ様なマントを身に着けていたが、顔を隠したりはしていなかった。
彼の容姿はローザ程に目立つものでは無い。
衆目を集めているのはローザ一人で、その傍らに付き従う彼にはあまり注意は向けられていなかった。
「あっ、見つけたわ! あそこよ!」
ローザがそう言って、少し先にある家屋に視線を向けた。
その視線の先には冒険者組合を表す吊り看板が見える。
二人は、その看板を掲げる建物の中へと入っていった。
中に入ると奥に受付のカウンターがあり、そこに娘が一人立っている。
気のせいか、その娘の表情はどこか沈んでいるように見えた。
仕事をする上で、何かうまく行かない事でもあったのかもしれない。
そんなどうでもいい事を考えながら、クラウスはローザの後をついて行く。
二人が受付の前まで歩いて行くと、そこに立つ娘が笑顔を浮かべ声を掛けてきた。
その笑顔には、先程まで見えていた憂いの影が残ったままだ。
「ようこそ、冒険者組合へ。どのようなご用件でしょうか?」
「門を使用したいの。起動は自分でやるから、補助は不要よ。申請をお願いできるかしら?」
ローザは笑みを浮かべ、自身の冒険者証を差し出しながら答える。
ローザの言う門とは、転移の魔術により遠方へと移動するための設備の事だ。
転移門、あるいは単純に門などと呼称されている。
その起動には一定量の魔力が必要で、それを起動するためには魔術師の助けが必要だった。
転移門を使用するためには使用料を支払う必要がある。
その料金自体は大したものでは無かったが、起動するために魔術師を雇おうとした場合には、それなりに高額な依頼料が必要となる。
必然、その門を使用出来るのは、相応に裕福な者のみに限られるようになった。
ローザが言った補助は不要という言葉は、それを指したものだ。
彼女は自身が魔術師である為、他者の助けを必要とはしていなかった。
現在二人は帝都を目指して移動をしている最中だ。
ローザは基本的に、帝都を拠点として活動しているのだという。
彼女に雇われることとなったクラウスもまた、これからはそこを拠点として活動することになると聞かされている。
ローザの差し出した冒険者証を見た受付の娘の表情が、強張ったように見えた。
それから、彼女は明らかにそわそわとし始める。
それは、まるで何かを伝えたいかのような素振りに見えた。
その様子に気付いたのだろう。
ローザが彼女に声を掛ける。
「どうしたの?」
「あ、あの……依頼を、依頼を受けては頂けませんか?」
ローザに問われた娘は、いくらか躊躇う様子を見せながら言葉を口にする。
それを聞いたローザは、わずかに首を傾げる。
「依頼? 何の依頼?」
「あ、あの……これです」
そう言って差し出された紙をしばらく眺めていたローザは、迷うような表情を見せた。
「これは……盗賊退治?」
「はい、そうです」
「何故これを? 悪いけれど、私の位階と釣り合った依頼では無いように思えるわ。見たところ、何か理由がありそうだけど」
「……それは」
受付の娘はためらいながらも話しはじめる。
娘は名をステラと言うらしい。
彼女はこの街の近くにある村の出身なのだそうだ。
その彼女の故郷の村の近くの山に古い砦があるのだという。
そして、最近そこに盗賊が入り込んできたらしい。
数日前に銀の位階の冒険者がその盗賊の調査の依頼を受けたが、その依頼は失敗に終わったのだそうだ。
依頼内容は調査のみであったが、おそらく盗賊側に発見されてしまったのだろう。
冒険者達が山に入っていったその翌日、その山のふもとにある村に冒険者達の首が投げ込まれたのだという。
その首と一緒に、その村に対する脅迫文も入っていたらしい。
急いで対処しなければ、故郷の村が盗賊に襲われてしまうのではないかと言う事を、ステラは恐れているようだ。
そして、すぐにその対処が可能な冒険者も今は居ない。
領主に助けを求めたりもしているようだが、いつ助けが来るかもわからないらしい。
その盗賊の対処をローザにやって欲しいと、彼女は言っているのだ。
ローザはステラが話している間、その表情をずっと観察しているようだった。
そうして説明を聞き終わったローザは、視線を落とし小さく溜息をつく。
「依頼を斡旋する場合に私情を挟んではならない……その規則は知っているわね?」
「……はい」
ステラは俯き、消え入るような声で答えた。
彼女がためらうような様子を見せていたのは、そのせいなのだろう。
最も高い位階を持つ冒険者相手に、彼女は規則に反した行為を行った。
彼女は罰せられる事を覚悟した上で、ローザに懇願しているのだ。
彼女の返事を聞いたローザは何かを考え込むように顎に手を当てて視線を落とす。
しばらくしてから彼女は顔を上げ、傍らに立つクラウスに視線を向けた。
「クラウス。これ、お願いできるかしら?」
「なんだ? 盗賊を退治すればいいのか?」
「ええ。嫌なら断ってもらってもいいのだけど、どう?」
「ああ、別にいいが……その盗賊はどこにいるんだ?」
そのクラウスの問いを受け、ローザはステラに向き直る。
「じゃあ、細かい情報を彼に伝えて貰える?」
「あの……引き受けてくださるんですか?」
「ええ。クラウス、悪いのだけれど、私は先に行かせてもらうわ。後の事はここの人たちに伝えておくから、依頼が終わったら追いかけてきて」
「ああ、わかった」
『人使いがあれぇなあ』
面白がっているようなクドゥリサルの声が、念話の術を通してクラウスとローザの頭に響いてくる。
それを聞いた二人は笑みを浮かべる。
その声の聞こえていないステラは、二人が何故笑っているのかわからないようで、困惑した表情を浮かべていたが、すぐにその表情を引き締める。
「では、あの、説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
それから、クラウスはステラに目的の村までの道のりについて説明を受けた。
「急いだほうがいいんだよな?」
「はい、その、出来れば……盗賊はすぐにでも襲ってくるかもしれないので」
「わかった。出来るだけ急いで村まで行こう」
「あの、本当にありがとうございます」
感謝の言葉を口にするステラの言葉に笑みを返して応えたのちに、クラウスはローザに言葉をかける。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ええ、行ってらっしゃい」
笑顔で立ち去るクラウスを、ローザもまた笑顔で見送った。
クラウスが立ち去ったのち、残ったローザはステラに向き直り、語りかける。
「じゃあ、門の使用の手続きをお願いできるかしら」
「あ、はい……」
応えるステラは未だに不安げな表情を浮かべていた。
それを見たローザは笑みを浮かべ、彼女に声を掛ける。
「何か聞きたいことがあるならどうぞ、遠慮せずに聞いてみて。何でも答えられるわけでは無いけどね」
その言葉を聞いたステラは、驚いたように目をパチパチと瞬く。
「まだ何か心配事があるように見えたのだけど?」
そのローザの言葉にステラは遠慮がちに声を発した。
「あの、あの方……クラウスさんは、一人で行ってしまわれましたが、大丈夫なんでしょうか?」
「ええ。彼がたどり着く前に村が襲われていたりしたら、どうしようも無いけれど、そうで無いなら大丈夫よ」
迷うことなく答えるローザを見て、ステラは驚きの表情を浮かべる。
「あの方は、そんなにお強いのですか?」
「ええ。もし彼が倒されるくらいにその盗賊が強いのなら、倒すのはもう諦めたほうがいいでしょうね。彼に出来ないのなら、他の誰にも出来はしない。もちろん私にも無理だわ。彼はそれくらいに強いの。だから、あなたは安心して待っていればいい」
太鼓判を押すローザの言葉を聞いても、ステラはまだ戸惑ったような表情を浮かべている。
「信じられない?」
「いえ、その……」
ステラは言葉に詰まり、それからぽろぽろと涙を零し始める。
「あの、ごめんなさい……本当に、本当にありがとうございます」
「いいのよ。あなたは運が良かった。その幸運を神に感謝するのね。あとで伝令神に感謝の祈りを捧げておきなさい」
「伝令神に……ですか?」
「ええ。私がここを通りがかったのも、伝令神のお告げがあったからなの」
クラウスの話では、彼を狭間の世界へと送ったのは伝令神であったという。
ローザもまた、伝令神の神託を受けた師の言葉に従い、クラウスと出会う事になった。
二人が出会ってすぐに起きた、死の女神の眷属との遭遇も、おそらく偶然などでは無いのだろう。
あの場にクラウスがいなかったら、どれ程の被害が出ていただろうか?
ボルンの村の住人達も、誰一人として生き残ることは出来なかったのでは無いか。
クラウスがローザの運命を大きく変える相手なのだとすれば、この先も色々な出来事に巻き込まれる事になるのだろう。
クラウスと共にある事で、ローザも多くの恩恵を受ける事が出来るだろうが、それに伴う責任もまた大きく重い物になる筈だ。
未来に待ち受けているだろう困難について想いを巡らせながら、ローザは一人ため息をついた。




