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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第四章 去り行く者たち

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旅の途中

 川のほとりを歩いていたクラウスは、座るのに丁度良い大きさの石を見つけ、その上に腰を下ろした。


 住み慣れた丘を旅立ってから、一ヶ月が過ぎていた。

 クラウスは周囲の景色を眺めながら、あの丘の上に残してきた者たちの事を考える。


 弟子たちと、小さなティルヤ。

 そして、常に先を行き自身を導いてくれていた、銀髪金眼の英雄。


「あいつはどうしてるかな」

「ん? それは我が君のことか?」

「ああ」


 クラウスはあの丘の上で過ごした日々を思い出しながら、言葉を続ける。


「三百年かけて、あいつにも随分近づけたとは思うんだが……結局届くことは無かったな」

「届いてたぜ、お前は。何度も、何度もな」

「そうなのか?」

「ああ。お前が我が君に追い付くたびに、あのお方もさらに前に進んでたってだけだ。同じことだよ。お前があのお方のおかげで成長していたように、あのお方もまた、お前と共にあることで成長していたんだ」

「……そうか」


 出会ったばかりの頃は、自身が弱過ぎるせいで彼に見限られてしまうのでは無いかという恐れを抱いていた。

 だがいつのまにか、追い付く事は出来ていたらしい。

 追い越す事までは出来ていなかったようだが。


「もし、あの方を越える事が出来てたら、どうするつもりだったんだ?」

「それは……何も考えてなかったな。あいつに追い付く事を目標にはしてたが……ずっと俺の前を歩いていて欲しいとも思ってた。そうだな……もしあいつよりも強くなってしまったりしたら、目標を失って途方にくれてたかもな」


 クラウスはそう言って笑みを浮かべる。


 アディメイムの事を思い出そうとした時に、真っ先に脳裏に浮かぶのは笑顔だった。

 アディメイムはいつも穏やかな笑みを浮かべていた。

 あいつはあの頃と変わらず、今も弟子たちに剣を教えているのだろう。


「そういや、あいつは大丈夫だったのかな?」

「大丈夫ってのは何がだ?」

「お前を連れて来ちまっただろ? 弟子たちとの意思の疎通に手間取ったりしないかと思ってな」

「ああ、それなら多分もう……大丈夫だよ」

「そうか? まあ、何があっても、あいつなら何とかしちまうか」


 クドゥリサルは誰よりもアディメイムのことを知っている。

 その彼が大丈夫だと言うのなら、きっとその通りなのだろう。


「そういやお前、人として死にたいって言ってたけど、理想の死に方とかはあるのか?」

「理想? そうだな、やっぱり年を取って老衰で死ぬのが一番いいな」


 クドゥリサルに問われ、答える。

 かつて見てきた者たち。

 人として生き、人として死ぬ。

 真っ先に思い出すのは、最初の弟子の最期だ。

 あんな風に笑いながら死ねたらと、そう思う。


「それか、戦いの中で死にたいな。まあ、老衰で死ねるのが一番だが」

「そうか。まあ、今のお前を殺せるような奴はそうそういないだろうからな。望みは叶うんじゃねえか?」

「ああ、そうであることを祈るよ」






 それからも、クラウスはひたすらに日の昇る方角に向けて歩き続けた。


 丘の上を発ってから、すでに一年程が過ぎていたが、未だに目的地である山は見えては来ない。

 だがクラウスは焦ったりはしていなかった。

 簡単にたどり着けるとも思っていない。

 この世界にいる限りは年を取ることも無い。

 時間はいくらでもあるのだから、急ぐ必要も無い。

 最終的に目的を達成できればそれでいい。


 道中、休む必要は無かったが、所々で休憩を取った。

 そうして周囲の景色を眺め、それを楽しむ。

 そんな事を繰り返しながら旅を続けていた、ある日の事。


 クラウスは亜人たちの集団に出くわしていた。

 獣のたぐいには良く遭遇していたが、亜人に出会うのは、あの丘を出てから初めてだった。


 その亜人たちの姿を目にしたクラウスは、笑みを浮かべる。

 それは余りに見慣れた姿だった。

 犬に似た頭を持った亜人たち。

 長い間共に過ごしてきた者達……彼らと同じ種族なのだろう。


 彼らはクラウスに近付いてきて、包囲するように広がる。

 彼らは皆飢えている様に見えた。

 誰もが痩せ細っており、その表情や動作にも力が無い。


 人数は八人。

 クラウスはそのまま動かず、じっと彼らの様子を伺う。

 襲ってくるかと思ったが、クラウスを恐れているのか誰も動こうとしなかった。


 どうするべきかと考え始めたところで、ようやく意を決したのか、もっとも近い場所にいた亜人が飛び掛かって来た。

 クラウスはその攻撃を難無く捌き、その亜人を打ち伏せる。

 他の亜人たちも次々に襲い掛かってきたが、クラウスは十秒も経たずに全ての襲撃者を打ち伏せていた。


 誰一人死んではいない。

 後に残るような怪我もしていないはずだ。

 三百年もの時間を共に過ごした……その彼らと同じ姿をした者たちを殺す気にはなれなかった。


 襲撃してきた亜人たちは、かつての教え子たちの中で最も経験の浅い者よりも弱かった。

 技術も無く、体力も無い。

 それでも襲い掛かってきたのは、なんとか食料にありつきたかったのだろう。


「腹が減ってるのか?」


 そのクラウスの問いに、亜人達は皆が驚きの表情を浮かべる。


「言葉がわかるのか!?」


 その問いにクラウスは答えず、ただ笑みを返す。

 それからクラウスは自身の腕を切り落とし、彼らの一人に投げ与えた。

 切り落とした腕はすぐに再生し、元通りになる。


 クラウスは、自身の腕を八度切り落とし、八人の亜人全員にそれを与えた。


 腕を切り落とす痛み。

 もう慣れてしまったその痛みを、最後に感じたのはもう一年前になる。

 あの日、あの丘を旅立ってから今日まで、クラウスは怪我一つ負っていない。


 アディメイムと打ち合う日々の中で、腕を切り落とされたりすることは日常茶飯事だった。

 その痛みもまた、随分と懐かしい感覚になっている。

 こんな事ですら懐かしく思うのは、あの丘の上で過ごした時間が、クラウスにとってそれほどにかけがえのない物であったからなのだろう。


 亜人たちはというと、クラウスの行動に驚いたのだろう、渡された腕を抱えたまま、どうすればよいか迷っているようだった。


「どうした? 腹が減ってるんだろう? 持っていけ」


 一人の亜人が戸惑いながら、近付いてきて声を上げた。


「何故だ? 自分に襲い掛かってきた相手に、どうしてこんな施しを?」

「なんとなく、そうしたくなっただけだ」


 そう言ってクラウスは、自身がこれまで歩いて来た方角を指差した。


「もし旅をしてみる気があるのなら、日の沈む方角に歩いていくといい。ずっと進み続ければ、お前たちと同じ種族の者たちがいるだろう。そこに行けば、きっとお前たちのことも受け入れて貰えるはずだ。そこでなら、お前たちも飢えることなく暮らせるだろう。もし彼らに会えたなら、クラウスに言われて来たと、そう伝えろ」

「クラウス?」

「俺の名だよ」


 そう言って、クラウスは日の昇る方角へと歩き出そうとして足を止め、振り返った。


「ああ、間違ってもそいつらに喧嘩を売ったりするなよ? あいつらは俺が戦士として鍛えたんだ。手を出すと痛い目を見るぞ」


 クラウスはそれだけ言って、その場を立ち去る。

 しばらく歩いて振り返ってみると、彼らはまだその場に立ったまま、クラウスの方を見ていた。


 彼らはあの丘に向かうだろうか?

 どうするかを選ぶのは彼ら自身だ。

 クラウスが一年かけて歩いてきた距離だ。

 彼らの足では二年か、それ以上掛かるかもしれない。

 楽な旅路では無いだろうが、辿り着くことさえできれば、あんな風に飢えることはなくなる筈だ。


 歩きながら、クラウスはかつて共に過ごしてきた者たちのことを思い出す。


 何も言わずに旅立った自分を、弟子たちは恨んでいるだろうか?

 あの子は今も、あの湖のほとりで一人で遊んでいるのだろうか?


 そうして考えているうちに、無意識に足を止めてしまっていたらしい。

 クドゥリサルが声を掛けてきた。


「どうしたよ? 突然立ち止まって」

「ああ、あの丘の上にいた頃のことを思い出しててな」

「なんだ? 戻りたくなったのか?」

「ああ、少しな」

「別に戻りたいなら戻りゃいい。好きにしていいんだぜ?」

「そうだな。でも、やめとくよ」


 そう言って笑いながら、クラウスは再び日の昇る方角へと向かって歩き始めた。


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