和解
ショーシャナはカナフとの勝負のために、一週間に一度、昼過ぎ頃の時間帯に丘の上へとやって来るようになった。
先に二本取った側を勝者とする……そう決めた上で、ショーシャナとカナフの勝負は繰り返された。
その勝負の結果はいつも同じだった。
カナフはまだ一度もショーシャナに勝利出来ていない。
たまに一本を取れることはあったが、それだけだ。
ほとんどの場合、カナフはショーシャナから一本も取れないまま敗北していた。
その勝負も最初はショーシャナとカナフの二人だけのものであったが、やがて他の者達もそれに参加し、ショーシャナに挑むようになっていった。
クラウス達は二十代前半くらい迄の、ショーシャナとさほど変わらない年齢の者のみの挑戦を許した。
年長者の中にはショーシャナ以上の実力を持つ者も多くいたが、そういった者達の挑戦は許さなかった。
幾人かの相手をしてショーシャナに疲れが見え始めたところで、その日の勝負を終了させる。
そんな事を何度か続けているうちに、それはいつ頃からか、毎週の恒例行事のようになってしまっていた。
そうして、そんな勝負を十数回ほど繰り返した頃。
いつものように亜人たちが丘の上へとやって来る。
ショーシャナはまだ来ていない。
彼女はいつも他の者たちが鍛錬を始めて、少し時間が経ってからやってくる。
しばらくして、カナフがクラウスとアディメイムの元へと近付いて来た。
「クラウス、アディメイム、相手をしていただけませんか?」
真剣な表情でそう口にするカナフを見て、クラウスとアディメイムは目を合わせ、それから笑みを交わす。
「ああ、いいとも」
二人はカナフの要望に快く応じ、彼と手合わせをする。
最初にアディメイムがカナフの相手をした。
クラウスは二人の立ち合いの様子を見ながら考える。
カナフは、動きに精彩を欠いているように感じられた。
この後に控えるショーシャナとの勝負を意識しすぎて、立ち合いに集中できていないようにも見える。
ショーシャナとカナフを比べたなら、ショーシャナのほうが強いのは間違い無い。
実際に、その力量の差は勝負の結果としても現れていたが、カナフはその現実を受け入れる事が出来ていない様に見えた。
カナフがショーシャナに勝てないのは、その頑なな心にも原因があると、クラウスは思っていた。
何をすれば……どのような言葉を掛ければ、カナフはその認識を改めるだろうか?
今のままでは、いつまでたってもショーシャナに勝てるようにはならないだろう。
あれだけ頻繁に勝負して一度も勝てないという程に、二人の実力に隔たりがあるとはクラウスは思ってはいない。
実際の実力差以上に勝敗が偏っていると、そう感じてもいた。
カナフが本来の実力を発揮出来ていれば、もっと良い勝負が出来るはずなのだ。
カナフはアディメイムと数回立ち合ったのちに、クラウスと交代した。
クラウスは何度かカナフの打ち込みを受け止めた後に、その手首を軽く打った。
打たれたカナフは手にしていた木剣を取り落とすが、すぐにそれを拾い上げた。
クラウスはため息を一つ吐き、口を開く。
「力み過ぎだ、カナフ。もっと力を抜いて、冷静に相手を打ち倒すことだけに集中しろ」
「力を抜く……ですか? ……自分はそんなに力んでいるでしょうか?」
「ああ、ショーシャナと勝負するときは特にな」
「そう……ですか」
視線を上げると、ショーシャナがやってくるのが見えた。
カナフもそれに気づき、その表情が険しくなる。
カナフはそこでクラウスに一礼する。
「ありがとうございました」
「ああ、頑張れよ」
クラウスの言葉に目礼を返し、カナフはその場を離れて行った。
その去って行く後ろ姿を見て、クラウスは溜息をつく。
「あれは……無理そうだな」
そう言ってアディメイムに視線を向けると、彼もまた困ったような笑みを浮かべていた。
その二人のもとに今度はショーシャナが近付いて来る。
「おはようございます」
「よう、調子はどうだ?」
「調子ですか? 普通ですね」
「なんだそりゃ?」
ショーシャナの適当な返事にクラウスが笑い声をあげ、アディメイムとショーシャナもそれに釣られるように笑う。
「来る途中に皆が鍛錬しているのが見えました」
「そうか」
「カナフにずっと何か教えていましたね?」
ショーシャナの口調には、わずかに責めるような響きが混じっている。
クラウスは苦笑を浮かべながらそれに答える。
「あいつもお前と同じ教え子なんだ。教えを請われたなら拒否したりはしないさ」
「何を教えてたんです?」
「大した事じゃ無い。もっと気楽にやれと言ってただけだ」
「それだけですか? 本当に?」
「ああ……それだけだ」
ショーシャナはクラウスの言葉を疑っているかのような表情を浮かべている。
クラウスは再び苦笑する。
ショーシャナの言う、”それだけ”の事が、カナフには出来ないのだ。
「わかりました。じゃあ、行ってきますね」
「ああ、行ってこい」
ショーシャナは緊張も気負いもない、自然な笑みを浮かべ、歩いていく。
カナフも彼女のように、自然体でいられれば良いのだが。
その日もまた、ショーシャナとカナフは勝負し、いつものようにショーシャナが勝利した。
ショーシャナの二戦二勝。
今日もカナフはショーシャナから一本も取れずに終わっていた。
敗れたカナフは俯き、悔し気に歯を食いしばっていた。
ショーシャナはその後も他の者たちを相手に勝負を重ねたが、一度として敗れることは無かった。
カナフは自身の勝負を終えた後には、離れた場所で一人座り込んで俯いており、ショーシャナが他の者たちと打ち合っている様子にも目を向けようとはしなかった。
勝負を終え、ショーシャナがその場を去った後になって、ようやく顔を上げ立ち上がったカナフに、クラウスは声をかけた。
「カナフ、少し相手をしてくれ」
「え? ……はい、わかりました」
クラウスの言葉に、カナフは力無く答えながら頷いた。
そうして二人は打ち合いを始めるが、カナフはそれに集中出来ていないようだった。
クラウスはカナフの打ち込みを何度か捌いた後に、カナフの胴を木剣で打つ。
カナフは打たれた箇所を押さえ、小さなうめき声を上げた。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「さっきみたいに悔しがったりはしないんだな?」
「さっき……ですか?」
「ショーシャナに負けたお前は、随分と悔しがってた様に見えたんでな」
「それは……相手があなたなので。さすがにあなたに勝てると思う程自惚れてはいません」
「ショーシャナ相手なら勝てると思ってたって事か?」
問われたカナフは、言葉に詰まり黙り込んでしまった。
負けるはずが無い相手……勝って当然の相手だと思っていたのだろう。
だが実際には、未だに一度も勝利出来てはいない。
「本来なら負けるはずの無い相手に負けた……そんな風に思ってるんじゃ無いのか?」
それが図星であったのか、カナフの表情が険しくなる。
「だが実際にはショーシャナはお前よりも強かった。その現実を素直に受け入れることが出来ないうちは、あいつには勝てんだろう」
カナフの表情が悔しげに歪む。
それを見たクラウスはため息をつき、言葉を続ける。
「あいつに負けるのがそんなに許せないか? あいつがお前の親の仇だって言うんなら、まあわからんでもないが、そういう訳じゃないんだろ? あいつは優れた戦士だ。お前は認めたく無いのかもしれんが、まずそれを認める事だ。さっきも言ったが、それが出来ない限りは勝てるようにはならんぞ?」
「……はい」
絞り出す様な声で返事をしたカナフの肩を叩いて、クラウスはその場から離れ、アディメイムの元へと歩いて行く。
「……難しいもんだな」
そのクラウスの呟きを聞いたアディメイムは、小さく苦笑し、地面に文字を書いた。
『自身の弱さを認めるのは簡単なことではない。だが、いつかはそれを受け入れることが出来る筈だ』
「ああ、まあ、そうだよな。出来るだけ早く、それが出来るようになるといいんだが……」
クラウスは頷き、カナフを見た。
カナフがあれほどまでに敗北を引きずるとは思っていなかった。
カナフにとっては、それほどまでに受け入れがたい事だったと言う事なのか。
そうしてまた、一週間が経った。
その日もまた、いつも通りにショーシャナとカナフは勝負する。
結果はショーシャナの二勝一敗。
今回、カナフは一勝を取れてはいたが、やはり負けは負けだ。
カナフと勝負を終えたショーシャナは、これもまたいつも通り、他の亜人たちの挑戦を受けていた。
その結果もまたいつもと変わらず、ショーシャナはその全てに勝利していた。
カナフ以外の挑戦者たちは勝負こそ真剣であったが、敗れた後にカナフのように悔しがったりしているものはいなかった。
恐らく、カナフよりもずっと軽い気持ちでショーシャナに挑んでいるのだろう。
勝負の前後に、ショーシャナと楽し気に会話している者もいる。
もしかしたら、最初の相手にカナフを選んだこと自体が間違いだったのだろうか?
他の者を相手として選んでいたなら、もっとうまく事は運んでいたのだろうか?
そんなことを考えながら、カナフに視線を向ける。
その日のカナフは、ショーシャナが他の者たちと手合わせをしている様子をじっと見ていた。
それまでは自身の勝負が終わった後は項垂れ、顔を上げようともしなかったが、今日は違っているようだ。
カナフの中で何か意識の変化があったりしたのだろうか?
ショーシャナを一人の戦士……手強い相手であると認識し、それに対抗する為の努力を始めたのであれば良いのだが。
そうして、また次の週。
他の亜人たちと共に丘の上にやって来たカナフは、そのままクラウスとアディメイムの元へと近付いて来た。
「クラウス、アディメイム、少し相手をしていただけませんか?」
「ああ、いいとも」
二人に語りかけてきたカナフの様子は先週までとは違っているように見えた。
いつもならショーシャナとの勝負の前には激しく気負い、その表情からは隠しきれない負の感情があふれ出していた。
だが今のカナフには、そんな様子は見られない。
その声音も落ち着いている。
そうして、二人はカナフと手合わせをした。
二人と何度か立ち合った後に、カナフは二人に問いかけてくる。
「何か助言はあるでしょうか?」
クラウスはカナフのその問いに対して笑みを浮かべ、アディメイムに視線を向けた。
視線を受けたアディメイムもまた笑みを浮かべ、小さく首を横に振る。
クラウスは、そのままカナフに視線を戻す。
「何も無いよ」
「何も……ですか?」
「ああ、そのまま気負わずにやればいい。そうすれば、今までよりもずっといい勝負ができるだろう」
「それは……そうですか。ありがとうございます」
クラウスの言葉を聞いたカナフは、笑みを浮かべながら頭を下げる。
その笑みは自然に出て来た物のように見えた。
この間までは、笑みを浮かべるような余裕すらも無さそうだった。
その表情からは、これまであった強い負の感情が消え去っている。
カナフは一礼してその場を去り、木剣を手にして体を動かし始めた。
ショーシャナとの勝負の準備をしているのだろう。
その姿を見ながら、クラウスは隣に立つアディメイムに語りかける。
「何があったんだろうな?」
アディメイムは笑みを浮かべ、わからないと言う様に首をかしげる。
「まあ、なんにしても、前向きになれたみたいで良かったよ」
それから間もなく、ショーシャナが丘の上へとやって来た。
彼女が二人に近づいて笑顔を向けてくる。
「よう。どうだ調子は?」
「はい、いつも通りです。普通です」
「ああ、だよな」
ショーシャナの適当な返事を聞いて、クラウスは苦笑する。
「ショーシャナ、カナフについてだが、今日は気を付けて戦え。恐らく、今までよりもずっと手強くなってるだろうからな」
そのクラウスの言葉を聞いたショーシャナは一瞬驚きに目を見開き、そしてすぐに楽しげな笑みを浮かべた。
「それは楽しみです」
その表情を見る限り、本当に心から楽しいと思っているのだろう。
カナフもこれくらい勝負を楽しめたらと、そう思う。
これはあくまで鍛錬であり、命を掛けた本物の勝負では無いのだ。
この丘に、亜人たちは技を磨き高めるためにやって来ている。
その競い合いの場での勝負の結果を、あそこまで引き摺る必要は無いと、クラウスはそう思っていた。
「頑張れよ」
「はい、ありがとうございます!」
笑みを浮かべ激励の言葉を掛けるクラウスに、ショーシャナは快活な返事を返し、他の亜人達のもとへと歩いていった。
そうして、いつものようにショーシャナとカナフの勝負が始まった。
その日、最初の一本を取ったのはカナフだった。
カナフが最初の一本を取った事は今まで無かった筈だ。
ショーシャナは一瞬驚いたような表情を浮かべていたが、すぐにそれは笑みへと変わる。
先に一本取られても、それで心を乱したりしている様子は無かった。
少し前まで、彼女はクラウスとアディメイムの二人だけを相手に鍛錬していた。
自分より弱い相手が一人もいない状況でずっと過ごしてきた、そのせいもあるのだろうか。
対するカナフもまた、落ち着いていた。
ショーシャナのように笑みを浮かべたりはしていないが、一本取って浮かれたりもしておらず、気負い過ぎたりもしていない。
その表情もまた、いつもの余裕の無い表情とは違い、落ち着いている。
結局、その日もショーシャナが勝利した。
最初の一本は取られたが、残りの二本をショーシャナが連続で取ったのだ。
敗れたカナフの表情は、これまでとは違いすっきりとしていた。
勝負の後にはいつも悔しげな表情を浮かべていたが、大きく一つ息を吐き出し、それから小さく首を振り、その場を離れた。
その去り際に、微かに笑みを浮かべているようにも見えた。
勝負を終えたあとに、ショーシャナが二人の元へと近付いて来た。
「カナフは……何かあったんですか? いつもより、随分と落ち着いているように見えました」
「まあ、何かあったんだろうな」
「何か特訓でもしたんですか?」
「いや、何もしてない。少し助言をしたくらいかな」
そのクラウスの言葉を聞いたショーシャナが、わずかに首をかしげた。
「クラウス? アディメイムも……なんだか嬉しそうですね?」
「ん? ああ、まあ、そうだな」
クラウスは笑みを浮かべ、カナフを見た。
この間まで彼が纏っていた重苦しい雰囲気は、もうそこには無い。
彼の心境にどのような変化が有ったのかはわからない。
だがそれは、望ましい変化であるように思えていた。
それからも、週に一度の勝負は繰り返されていった。
回を重ねるごとに、カナフがショーシャナに勝利する確率は上がって行っているように見えた。
実力は相変らずショーシャナのほうが上なようだ。
未だカナフは一度も勝利できてはいなかったが、一本も取れずに負けるということはほとんどなくなっていた。
その日もまた、カナフは敗れた。
「まだ、届かないか……」
勝負を終えた後に、カナフが苦笑を浮かべながらそう呟く。
そして、そのままその場を立ち去ろうとするカナフを、ショーシャナが呼び止めた。
「カナフ、最近のあなたは以前よりもずっと強くなっているように思えます。何かあったのですか?」
ショーシャナの問いに、カナフは微かな笑みを浮かべ、答える。
「思い込みを捨て、あるがままを見るようにした。おそらく、そのおかげだろう」
「それだけですか?」
「ああ。まあ、結局負けてしまっているがな」
「……そうですか」
カナフの言葉を聞いたショーシャナは、何かを思案するかのように、小さく首をかしげる。
それから小さく息を吐き、その場を立ち去ろうと踵を返した。
「……ではまた」
「ショーシャナ」
歩き去ろうとするショーシャナを、今度はカナフが呼び止めた。
ショーシャナは足を止め、振り返る。
「なんです?」
「皆と一緒に鍛錬するつもりは無いのか?」
「皆と一緒に……ですか?」
「そうだ。お前の強さは皆が目にしている。女だからと言う理由でお前を排除しようとする者はもう居ないだろう」
そのカナフの言葉は、ショーシャナにとって予想外だったのだろう。
パチパチと瞬きを繰り返した後に、戸惑っているような声音で答えを返す。
「それは……考えておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「それでは」
「ああ、また」
そう言って去って行くカナフを、ショーシャナはしばらく眺めていた。
それからショーシャナはクラウスとアディメイムの元まで歩いて来る。
「どういう心境の変化なんでしょうか? カナフがあんなことを言うなんて」
「さあな。で、どうするんだ? あいつの言った通り、お前はもう皆から受け入れられてるように思うが」
「そうですね。すぐには決められないので、少し考えさせて下さい」
「ああ、無理はしなくていいから、ゆっくり考えろ」
それからも、ショーシャナが昼間に丘の上にやってくる頻度が変わることは無かった。
皆と一緒に鍛錬するのは、まだ抵抗があるらしい。
そうして、さらに一月程が経った。
丘の上で、ショーシャナとカナフが木剣を手にして向かい合っている。
毎週恒例となった二人の勝負。
今はお互い一本づつ取った後の、三本目の勝負の最中だ。
二人はほぼ同時に動き、木剣を振るっていた。
ショーシャナが横薙ぎに払った木剣がカナフの首筋を掠め、カナフが袈裟斬りに振り下ろした木剣は、ショーシャナの肩を打ち据えていた。
その場は一瞬静まり返り、それから大きな歓声が上がった。
「勝ったぞ! カナフが勝った!」
ひたすらに負け続けてきたカナフが、遂に手にした勝利だった。
それを見ていた周囲の他の亜人たちも、その勝利を祝福し、大騒ぎしている。
当のカナフはといえば、どこか安堵したような表情を浮かべていた。
ずっと追い求めていた結果を手にした、その喜びに浸っているのかもしれない。
敗れたショーシャナはわずかに悔し気な表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべ、カナフに声を掛ける。
「まだ一度負けただけですから」
「ああ、そうだな」
カナフは笑顔でそう応え、それからおもむろに片膝を付き、その頭を垂れる。
その姿を見下ろしながら、ショーシャナは戸惑いの表情を浮かべていた。
「何をしてるんです?」
ショーシャナの問いに、カナフは頭を垂れたまま、言葉を返す。
「ショーシャナ。どうか俺と結婚してほしい」
「えっ? あっ、えっ?」
突然のカナフの告白に、ショーシャナは動きを止めて固まったまま、目をパチパチと瞬いていた。
そうしているうちに、カナフが立ち上がり、ショーシャナに笑みを向ける。
「答えはすぐで無くていい。気が向いたら返事を聞かせてくれ」
「え、ええ。あぁ……わかりました」
戸惑うショーシャナをその場に残し、カナフはその場を離れていった。
彼の周りには、初めての勝利を祝福する者、突然の求婚を冷やかす者などが集まり、その中でもみくちゃになっている。
残されたショーシャナは、その場に一人動かず佇んでいる。
しばらくそのまま動かなかったため、クラウスは彼女に近づいていった。
すぐ目の前まで近付いて行っても、ショーシャナはそれに気付いていない様だ。
クラウスが彼女の肩を叩くと、驚いたように視線を上げる。
「おい、大丈夫か?」
「あっ! はい……」
慌てたように返事をしたショーシャナは、何かを思案しているかのように俯いたのちに再び顔を上げ、口を開いた。
「カナフは……どうして私なんかにあんな事を言ったんでしょう? もしかして、私を動揺させて、次の勝負を有利に運ぼうとしているんじゃ……」
その言葉に、クラウスは苦笑する。
カナフはそんな小細工をするような男では無いだろう。
ショーシャナは随分と気が動転してしまっているようだ。
「本気で言ってるんだと思うがな?」
「本気で……ですか? でも、そんな事ありえます?」
そう語る口振りからして、カナフの求婚は彼女にはそれ程に信じ難い言葉だったようだ。
「お前に負けてから、ずっとお前の事ばかり考えてただろうからな。そのせいじゃないか?」
カナフがショーシャナに敗れたときの、その悔しがり様は相当なものだった。
あの様子を見る限り、その事が一日中頭を離れなかったのではないか。
まさに寝ても覚めてもと言う言葉のとおりに。
夢にまで出て来ていてもおかしくないくらいに、カナフはショーシャナに執着しているように見えた。
それは怒りや悔しさという負の感情に突き動かされた物であったのかもしれないが、その負の感情も、今はもう消えてしまっているだろう。
そして彼女に対するその執着だけが、残り続けたのでは無いか。
ショーシャナを一人の戦士として見るようになり、さらに一人の異性としてみるようになったとしてもおかしくはないのではないか。
だがショーシャナは尚も納得がいっていないようだった。
「クラウスはどう思いますか?」
「それは、お前の結婚相手としてどう思うかって事か? 俺は悪くないと思うが……まあ、お前が決めることだからな」
「……そうですか」
ショーシャナはつぶやき、それからため息を吐いた。
「あいつが嫌いなのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「もしかして、誰か想いを寄せているような相手がいるのか?」
「……いえ、居ません」
「まあ、すぐに返事をしろって言われたわけでもないんだし、ゆっくり考えて決めればいいんじゃないか?」
「ええ……そうですね。少し考えてみようと思います」
それからしばらくの間、ショーシャナは何事かを呟きながら、一人思案に耽っていた。




