お披露目
一週間が経ち、ショーシャナの実力を披露する日がやってきた。
正午を少し過ぎた頃に、いつものように亜人達が丘の上に集まって来る。
そこでクラウスは一人の亜人に近づいていって、声をかけた。
「カナフ、頼みがあるんだが聞いて貰えるか?」
「頼みですか? 俺に?」
「ああ。嫌なら断ってもらってもいいんだが……」
そのクラウスの言葉に、カナフはわずかに怪訝な表情を浮かべながらも頷きを返す。
「はい……何をすればいいんです?」
「剣の勝負をして欲しい相手がいてだな」
「剣の相手ですか? それは構いませんが……誰とですか?」
クラウスが少し離れた場所に立っていたアディメイムに、視線で合図を送る。
それを受けたアディメイムが手を挙げ、誰かを手招きするようにその手を動かした。
すると、それに応じるようにショーシャナがこちらへと向かって歩いてくる。
「ショーシャナ?」
ショーシャナの姿を認めたカナフが、驚きの表情を浮かべながらクラウスを見た。
歩いてやって来るショーシャナはかなり緊張しているように見えた。
カナフのほうはと言えば、驚きの表情を浮かべたまま固まってしまっている。
「これは……どういうことです? まさか彼女と勝負しろって言うんじゃ……」
「ああ、その通りだ。ショーシャナと勝負してやって欲しい」
「それは……本気で言っているのですか?」
「ああ、本気だとも」
「俺の手で女を痛めつけろというのですか?」
そう口にするカナフの言葉からは、戸惑いと、わずかな怒りの感情が滲み出ていた。
クラウスは嘆息しながら、その問いに答える。
「悪いがな、カナフ。俺の見立てではお前よりショーシャナのほうが強い。痛めつける……なんて事にはならないだろう」
「……本気で、そう思っているのですか?」
「ああ、本気だよ」
そのクラウスの言葉を聞いたカナフの表情が険しくなった。
「まあ、痛めつけたく無いって事なら手加減してくれればいい。駄目か?」
「……いえ、わかりました」
押し殺したような声で、カナフが答える。
ただでさえ険しかったその表情が、さらに険しいものとなった。
その様子を見たクラウスは小さくため息を吐く。
クラウス達の見立てではショーシャナのほうが強い。
さらにカナフは見たところ、随分と感情を乱しているように見える。
女の相手をさせられるという事に対しての怒りか、あるいは自身がショーシャナよりも弱いと言われた事に対しての怒りなのか。
感情を乱し、冷静さを欠いた状態ではショーシャナに勝つのは難しいだろう。
ショーシャナに負ける事で、さらに奮起して鍛錬に励むようになってくれれば良いと思ったのだが、目の前のカナフの様子を見ていると、変に拗らせてしまいそうな気もしていた。
クラウスはその場にカナフを残し、アディメイムとショーシャナの元へと歩いていった
「出番だぞ、ショーシャナ」
「はい!」
ショーシャナはいつもながらの元気の良い返事を返してきたが、少しばかり力が入り過ぎているようにも見えた。
「おい、気負い過ぎだ」
そう言ってクラウスはショーシャナの背中を強く叩く。
「痛っ、えっ?」
突然、かなりの強さで叩かれたショーシャナは、驚きの声を上げる。
「どうした? 緊張してるのか? 俺らと散々打ち合ってきただろ? 俺らと比べて、あいつはそんなに恐ろしい相手か?」
そのクラウスの言葉に、ショーシャナは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべた後に、笑顔を見せた。
「確かに……そうですね。お二人と比べたら子供を相手にしているようなものです」
「だろ?」
「ええ。いままでお二人に散々打ちのめされてきましたから。その仕返しを、カナフ相手にしてやります!」
そう言って笑みを浮かべるショーシャナを見て、クラウスとアディメイムは苦笑を浮かべる。
「まあ、程々にしてやってくれ」
「はい!」
いつものショーシャナらしい、威勢の良い返事が返って来た。
どうやら緊張はほぐれたようだ。
「では、行ってきます!」
ショーシャナは、しっかりとした足取りでカナフの元へと歩いていく。
周囲の亜人達は、皆が二人に注目していた。
カナフは怒りを押し隠そうとしているようだったが、その強い感情は、表情や視線に現れてしまっている。
口を開いたその声音からもまた、その感情が滲み出ていた。
「本気でやるつもりなのか?」
「ええ、もちろん」
「俺は女を打ちのめしたりしたくは無いんだがな」
「そんな心配はしなくても大丈夫です。どうせ出来はしないのだから」
そう言って微笑むショーシャナに対して、カナフの表情は怒りに歪む。
二人の様子は対照的だった。
さっきまで気負ってガチガチだったとは思えない程に、今のショーシャナは落ち着いていた。
カナフの挑発に冷静に答えを返す余裕さえある。
対するカナフはショーシャナの言葉にさらに心を乱されているようだ。
冷静な状態であったとしても、カナフの勝ち目は薄いだろうに、あの状態では尚更だ。
おそらくショーシャナが勝つだろう。
カナフが弱い訳ではない。
彼が勝つ可能性も十分に有るのだろうが、今の冷静さを欠いた状態では、それも相当に難しい。
今のカナフは先程までのショーシャナよりも気負い、力んでしまっている。
あれでは本来の実力を発揮することなど出来ないだろう。
二人が木剣を手にして身構えた。
そうして構えを取って対峙したまま、両者はしばらくの間、動かず睨み合う。
その沈黙を先に破ったのは、カナフだった。
木剣を振りかぶり、前進しながら振り下ろす。
不用意と思えるその動きに、ショーシャナは反応し、振り下ろされる木剣を握るカナフの手首を狙い迎撃する。
次の瞬間にはカナフは木剣を取り落とし、その場にうずくまっていた。
予想していた通りの結果になった。
カナフが先に動いたのは、勝機を見出したからではない。
怒りの感情の故か、膠着状態のままでいることに耐えられず、痺れを切らして前へと飛び出した。
対するショーシャナは落ち着き払っていた。
カナフの動きを見極め、その打ち込みに合わせて横に移動しながら、木剣を振り下ろすその手を狙って、自身の手にした木剣を打ち込んだ。
打たれた手首を抑えてうずくまるカナフの顔には驚愕の表情が貼り付いていたが、数秒程で我に返ったように立ち上がる。
「まだだ!」
打たれた腕の痛みに歯を食いしばって耐えながら、カナフはショーシャナを凝視している。
自身の敗北を、受け入れることが出来ていないようだ。
対するショーシャナは、尚も落ち着き払っている。
「ではもう一勝負」
静かな落ち着き払った口調と声音でショーシャナは告げ、木剣の切っ先をカナフへと向ける。
カナフもまた、それに応じて木剣を拾い、身構える。
その様子からは、彼が焦り、混乱しているのが見て取れた。
これでは勝てる筈も無い。
あの様子では、何度挑んだところで結果は変わるまい。
再度の勝負。
先程と同じように、しばしの間両者共に動かず睨み合う。
そうして、今回も先に仕掛けたのはカナフだった。
カナフは踏み込んで間合いを詰め、斜め下から切り上げるように木剣を振り抜こうとした。
だがその木剣が届くよりも速く、ショーシャナの木剣の切っ先がカナフの腹部に突き入れられていた。
「グウォッ!」
鳩尾を突かれたカナフは、何とも言いようのない苦鳴を漏らす。
その場で腹を押さえて蹲るカナフを見下ろしながら、ショーシャナは顔をしかめていた。
おそらく、やり過ぎたのではないかと心配しているのではないだろうか。
だが彼女のその心情をカナフが知れば、さらにその怒りが増すことになるだろう。
クラウスは蹲るカナフに近付いて行き、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「大丈夫です、まだやれます!」
「いや、無理だな。今日はもうやめておこう」
「クラウス! 俺はまだっ……」
「駄目だ。何度やっても同じだよ。今のままではな」
にべも無いクラウスの拒絶の言葉に、カナフは歯を食いしばりながら項垂れる。
「これで最後って訳じゃ無い。また日を改めて勝負する機会を作るから、それまで我慢してくれ」
「わかり……ました」
その絞り出す様な声から、カナフの抱いている悔しさが伝わってくる。
その悔しさを糧に鍛錬に励み、更に強くなってくれれば良いのだが。
カナフは立ち上がり、項垂れたまま歩いてその場を離れていく。
彼を呼び止め、何か言葉を掛けようかとも思ったが、掛ける言葉が見つからず断念する。
すぐそばに立っていたショーシャナを見る。
彼女はクラウスと目が合うと、笑みを浮かべた。
「お前は……大丈夫そうだな。聞くまでも無いか」
「はい!」
相変わらずの元気の良い返事に、クラウスは小さく笑い、ため息をついた。
勝負なのだから、当然勝者があり、敗者がある。
カナフには悪い事をしたと思ってはいる。
この敗北を前向きに受け取ってくれればいいのだが、あの様子ではそれも難しいのかもしれない。
それについても何らかの対応が必要だろう。
ショーシャナの方は特に心配するような事も無い。
今回勝ったことで、男たちの中に入っても十分にやれるということもわかった筈だ。
次からは気負うことも無く戦えるだろう
クラウスは再びショーシャナに視線を向ける。
「気を緩めるなよ。見てたと思うが、カナフも相当悔しがってたからな。お前に勝つために死ぬ気で鍛錬してくるだろう。気を抜いてるとすぐに追い付かれるぞ」
「もちろん、気を緩めたりなどしません。自信もついたので、これまで以上に頑張りますよ」
そう言って、ショーシャナは満面の笑みを浮かべてみせた。
クラウスとアディメイムもまた、それに対して笑みを返す。
「次の勝負は一週間後でもいいか?」
「私は明日でも大丈夫です」
「お前はそうだろうな。だがカナフには時間が必要だ」
「そうですね、わかりました」
「じゃあ、今日はもう帰って休め」
「今日の鍛錬はどうなりますか?」
「やるのか? 別に休みでも大丈夫だぞ? まあ、やるならいつもの時間にまた来い」
「わかりました!」
元気良く返事をして、ショーシャナはその場から立ち去った。
彼女は終始上機嫌だった。
対して、その場に残された者たちの間には重い雰囲気が漂っている。
ショーシャナに敗れた当人であるカナフは、特に険しい表情を浮かべていた。
離れた場所で一人座るカナフの元に、クラウスは歩いて近付いていく。
「カナフ。次の勝負は一週間後だ。次は勝てるように鍛錬に励め」
「……わかりました」
力無く答え、項垂れるカナフの様子を見て、クラウスはため息を吐く。
実力はショーシャナの方が上で、最初から彼女が勝利するだろうと予想していた。
カナフには今回の敗北の悔しさを糧に、より鍛錬に励んでくれればと思っていた。
だが、カナフはクラウスの想像以上に落ち込んでいるように見えた。
これが切っ掛けで逆に調子を落としたりしなければよいが。
「何もかもがうまく行く程甘くは無いか……」
そのクラウスの呟きが聞こえたのか、アディメイムがクラウスの肩を慰めるように叩いた。
クラウスはそれに苦笑を返すことしか出来なかった。




