鍛錬の成果
ショーシャナが丘の上に通って来るようになって、三年が経った。
持って生まれた才能を弛まぬ鍛錬で磨きぬいてきた彼女は、出会ったばかりの頃とは比べ物にならない程に成長していた。
その日、クラウスとアディメイムはショーシャナを連れて狩りに来ていた。
ショーシャナが狩りに出るのは、これが初めてでは無かった。
他の亜人たちは、まず丘の上に来てから一定の鍛錬を積み、そののちに熟練した戦士たちに連れられて初めて狩りに出る。
しかし、ショーシャナは11歳の頃から親に連れられて狩りをしていたらしい。
その親がいなくなってからは、一人で狩りをしていたのだという。
その日見つけたのは、獅子に似た体躯と巨大な牙を持った獣だった。
口腔内に収まりきらないその牙は、口を閉じた状態でも外にはみ出して見えている。
その獣を目にしたショーシャナは、躊躇いがちに二人に問いかけてきた。
「もしかして、あれを相手にするんですか?」
おそらく、自分には荷が重いのではないかと思っているのだろう。
そのショーシャナの問いにクラウスは笑みを返した。
「俺は問題無いと思うんだが、どうだ?」
そう言ってアディメイムに視線を送り、意見を求める。
それに対して、アディメイムは静かに笑みを浮かべながら頷きを返し、その手にしていたクドゥリサルをショーシャナに手渡した。
手渡された側のショーシャナは、驚きの表情を浮かべている。
「おう、危なくなったら俺が助けてやるから、怖がらずにやってみろよ」
「あの……いいんですか?」
そう言って、ショーシャナは手にした剣とアディメイムに交互に視線を送る。
アディメイムは頷き、ショーシャナの肩を叩いた。
「お前なら大丈夫だ。俺らは三人ともそう思ってるって事だ」
そのクラウスの言葉を聞いたショーシャナは、しばらくぽかんとした表情を浮かべていたが、やがて笑みを浮かべる。
「わかりました。何か助言は頂けますか?」
「助言か……何も無いな。今のお前なら問題無く倒せる相手だ。強いて言うなら、焦らず落ち着いて相手をしろってことくらいか」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って頷いたショーシャナは、獣の元へと歩いて近付いて行く。
相手は大型の肉食獣だ。
姿を隠す必要は無い。
ショーシャナの姿を見つけた獣は、向こうから近寄って来た。
獣に比べて体の小さいショーシャナを、脅威とは見做していないのだろう。
ある程度まで近付いて来たところで、獣はその足を止め、威嚇するような唸り声を上げ始める。
ショーシャナはそれを意に介さず足を進め、獣との距離を縮めて行く。
獣の唸り声が大きくなる。
さらに獣は姿勢を低くし、体を弛めるように縮ませる。
それを見たショーシャナは足を止めて身構えた。
機をうかがうように体を左右に揺らしていた獣が、弾けるように跳躍しショーシャナに飛びかかって来た。
ショーシャナは左側に身を躱しながら、鋭い爪で彼女を引き裂こうとしていた獣の前足目掛けて、手にしていた剣を叩き付ける。
その剣は、獣の前足のあった場所を、何の抵抗も感じさせずにするりと通り抜けた。
「えっ?!」
その感触に違和感を覚えたのか、驚きの声を上げながらショーシャナは動きを止める。
右前足を切り落とされた獣が、着地した後に地面を転がり、そのまま必死な様子で逃走を始めた。
ショーシャナは、呆気に取られたような表情を浮かべたまま、それを見ている。
「おい! 何してる!」
「あっ!」
クドゥリサルの叱咤の声で我に帰ったショーシャナは、勢い良く走り出し、逃げる獣を追いかけ始める。
前足を一本失い、まともに走れない獣にショーシャナはすぐに追い付き、後ろからその頸椎に剣を突き刺した。
その一突きで即死したのだろう。
獣は走る勢いのまま、つんのめる様に前方に転がり、そのまま動かなくなる。
クラウスとアディメイムが歩いて行くと、クドゥリサルがショーシャナを叱咤している声が聞こえて来る。
「さっきはどうした? 突然動きを止めやがって……」
「いえ、その……あまりに切れ味が良過ぎて、それに驚いてしまって」
「なんだそりゃ?」
呆れたようなクドゥリサルの声が聞こえてくる。
ショーシャナは、自身の足元で動かなくなっている獣を見下ろしながら、クドゥリサルの言葉に頷きを返していた。
二人が近付いていくと顔を上げ、わずかに戸惑っているような表情で見てくる。
「その……こんなに簡単に倒せるとは思っていませんでした」
「だから言ったろ。お前なら問題ないってな」
「はい。本当に、お二人の言った通りでした」
言いながら、ショーシャナは再び足元の獣に視線を戻す。
「あの、これは私が持ち帰っても大丈夫でしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
既に息絶えている獣を見下ろしながら、クラウスは、ショーシャナに問いかける。
「なんで首を突いたんだ? 切り落としたほうが楽だったろ?」
「なんとなく、そのほうがいいかなって思ったんですけど……私も最初は首を刎ねようかと思ったんですが、毛皮にしたときに頭と胴体が離れてしまうのがちょっと嫌だなって思って」
「そうか」
ショーシャナの答えを聞き、クラウスは笑う。
アディメイムを見ると、彼も同じ様に笑っていた。
最初は自信無さげに見えたが、実際にやってみれば、獣を倒した後にその毛皮をどうするかという、そんな事に意識を回す程の余裕があったという事だ。
やはりクラウス達の見立て通り、今のショーシャナの実力を以ってすれば、問題無く対処出来る相手だった。
その日以降、クラウスたちは定期的にショーシャナを狩りに連れて行くようになった。
ショーシャナの力量では、草食のおとなしい獣……ただ逃げるだけの獣を相手にしてもあまり鍛錬にはならないだろう。
常に肉食の猛獣を相手に狩りをした。
獰猛な肉食獣を相手にしても、ショーシャナはかすり傷一つ負うことはなかった。
そうして鍛錬を重ね、更に一年が経った頃。
「ショーシャナ」
いつもどおりの鍛錬を終え、家路につこうとするショーシャナをクラウスが呼び止める。
「はい、何でしょう?」
「一度、皆と同じ鍛錬に出てみる気は無いか?」
「えっと、それは……どういうことですか?」
「言葉のとおりだ。皆がいつも鍛錬をしてる時間に、お前も顔を出してみちゃどうかって話だよ」
そのクラウスの言葉を聞いたショーシャナは、その顔に難しい表情を浮かべる。
「クラウス、それは……」
途中まで話して言葉を止め、足元に視線を向ける。
そのまま黙ってしまったショーシャナに、クラウスはさらに語りかける。
「アディメイムとも話したんだ。同年代の連中の中ではお前が一番強い。皆の前でその実力を披露してみるつもりは無いか?」
「でも……彼らはそれに反発するのではないですか? 女の私が戦士になることを、彼らが認めるでしょうか?」
「実力で認めさせてやればいい。今のお前なら十分にやれると思うんだがな。まあ、お前にその気が無いなら無理にとは言わんが」
「戦士として認められたいと言う気持ちはありますが……」
そこまで言って、ショーシャナは何かを考え込むかのように黙り込む。
「やめとくか?」
ショーシャナが丘の上での鍛錬に参加する事は、恐らく他の亜人たちにとっても良い刺激になるのでは無いかと、そうアディメイムと話をしていた。
ただ他の者達との間に相応の摩擦はあるだろう。
本人がそれを望まないのであれば、それはそれで仕方が無い。
ショーシャナはそのまましばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げてクラウスを見た。
それから笑みを浮かべ、口を開く。
「わかりました。やってみようと思います」
その答えにクラウスも笑みを返し頷く。
「じゃあ、明日早めに来られるか?」
「え? 明日ですか?」
「ああ、難しいか?」
「いきなり明日は心の準備が……」
「なら一週間後はどうだ?」
「はい、それなら大丈夫だと思います。でも具体的には何をするんでしょう? 誰かと立ち合ったりすればいいんでしょうか?」
「ああ、そうだな。同年代の誰かと立ち合って貰おうかと思ってる」
「相手は誰になりますか?」
「何人か候補はいるが、一番の候補はカナフになるかな?」
カナフというのは、今の二十代前半位までの亜人達の中では最も実力のある者の一人である。
ショーシャナよりも四つ程年上だった筈だ。
「カナフですか?」
「ああ、知ってるか?」
「ええ、まあ、知ってはいます。彼と立ち合ったとして、私は……勝てるでしょうか?」
「ああ、もちろん勝てるさ。なあ?」
そう言って、クラウスはアディメイムに視線を向ける。
アディメイムは笑みを浮かべ頷きを返す。
「わかりました。頑張ります」
二人の言葉を聞いたショーシャナは、満面の笑みを浮かべながら力強い頷きを返していた。




