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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第四章 去り行く者たち

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女戦士

 それは夏の暑い日の事だった。


 クラウスとアディメイムはいつものように亜人たちの鍛錬を終えたのちに、二人で剣を手にして打ち合っていた。

 そうして二人が打ち合っている様子を、木の陰に隠れて伺う者がいることに気付く。


 それは、あと二時間ほどもすれば日が沈み、暗くなり始めるだろうという頃だ。


 クラウスはアディメイムに向かって、わずかに首をかしげて見せた。

 アディメイムもその何者かの存在に気付いており、小さく笑みを浮かべて応える。

 二人は気付いていないふりをしたまま、打ち合いを続けた。

 そうして、その誰かが何らかの行動を起こすのを待った。


 随分と昔に、似たような状況に遭遇したことがあった気がする。

 当時のことを思い出し、懐かしく思う。

 あれももう、二百年以上も前のことになる。


 二人はその何者かを三十分程そのまま放置していたが、相手は隠れたまま何も行動を起こそうとはしなかった。

 おそらく何らかの用事があるのだろうが、二人に声を掛ける勇気が出ないのかもしれない。


「そろそろこっちから声を掛けてみるか?」


 クラウスは、そうアディメイムに問い掛ける。

 アディメイムはそれに対して、小さく頷いて見せた。


 クラウスはその何者かが隠れている方向に視線を向け、声を上げた。


「そろそろ出て来ちゃどうだ? 何か用があるんだろ?」


 木の後ろで、呼びかけられた何者かが息を飲む気配が伝わってくる。


 十秒程経って、一人の亜人がおそるおそるといった様子で木の後ろから姿を現した。

 その亜人はどうやら女のようだ。

 全身が強ばり、何処かギクシャクしたような動きをしている。

 その様子から、相当に緊張しているのが伝わってくる。

 亜人たちは十五歳で大人になったとみなされるらしいが、年はそれよりも少し下であるように見えた。


「どうした? 用があるんだろ? 遠慮せずに言ってくれ」


 そのクラウスの言葉を受けてもなお、その亜人は躊躇ためらう様子を見せていたが、やがて意を決した様に顔を上げ、口を開いた。


「私はショーシャナといいます。その……お二人にお聞きしたいことがあるんです」


 ショーシャナと名乗った亜人は、クラウスの目を真っ直ぐに見ながら、真剣な表情で問いかけてきた。


「私でも……女でも、戦士になれますか?」


 その質問に、クラウスは笑みを浮かべ答える。


「ああ、そりゃあなれるさ。なあ?」


 そう言って、クラウスはアディメイムに同意を求めた。

 彼もまた笑みを浮かべ、静かに頷きを返す。


「どうすれば、戦士になれますか?」

「鍛錬を積むしかないだろうな」

「では、その……私を鍛えては貰えませんか?」


 その言葉を聞いたクラウスは、わずかな時間考え、それから答えを返す。


「皆と一緒に鍛錬は出来ないってことか。女だからか?」

「はい。女は剣の鍛錬には参加させて貰えません」

「そうか……」


 戦士になるのに男女の差など無い。

 単純な力だけであれば男のほうが強いだろう。

 だが、魔力量や魔力操作の技量は女の方が上であることが多い。

 鍛え抜いた戦士同士であれば、男女の差などほぼ無いはずだ。


 戦士になれるのは男だけ……亜人たちの中では、そういうしきたりのようなものがあるのだろう。

 クラウスたちが口を出せば、丘の上でやっているいつもの鍛錬に彼女を参加させることも出来るはずだ。

 だがそれをやったとしても、男達が彼女をこころよく受け入れたりはしない気がする。

 それは彼女にとって、あまり良い環境にはならないだろう。


 クラウスは少し考え、それからアディメイムに視線を送り、尋ねる。


「皆の鍛錬が終わった後なら大丈夫だよな?」


 その問いにアディメイムは静かにうなずく。

 それを受けて、クラウスはショーシャナに向き直った。


「じゃあ、他の皆が帰った後に教えるってことでいいか? あいつらには知られないほうがいいんだろう?」


 その言葉に、ショーシャナは驚きの表情を浮かべたのちに、その目を輝かせる。


「良いんですか?」

「ああ、お前がいいならそれでいい。明日からにするか? それとも今から始めるか?」

「今からお願いします!」


 ショーシャナは満面の笑みを浮かべ、元気よくそう答える。

 余程嬉しかったのだろう。

 その喜びようは、見ているこちらまで嬉しくなってきそうな程だった。


「じゃあ、ちょっとやってみるか」


 そう言って、クラウスはショーシャナに木剣を手渡す。

 まず彼女がどの程度の力量なのかを確認しなければならない。


「打ってきてみろ」


 クラウスは木剣を構え、ショーシャナと向かい合う。

 ショーシャナは緊張した面持ちで木剣を構え、何度か深呼吸を繰り返す。

 それから踏み込み、打ち込んできた。

 クラウスはそれを受け流しながら、ショーシャナの力量を分析する。


 悪く無いと、そう思う。

 少なくとも全くの素人ではない。

 どうやら、ある程度の基本は既に身に付いているようだ。


 ショーシャナは真剣な表情で、クラウス目掛けて打ち込んできていた。

 クラウスはショーシャナがどの程度の腕前なのか見るだけのつもりだったのだが、彼女は随分と必死な様子に見えた。

 それなりの力量を示さなければ、鍛錬を打ち切られるとでも思っているかのようだ。

 クラウスは打ち込みを捌きながら、するりと彼女の背後に回り込み、その背中を軽く押した。


「あっ!」


 ショーシャナは驚いたような声を上げ、たたらを踏みながらも何とか体制を立て直し、再び構えを取った。

 クラウスは一旦構えを解き、声を掛ける。


「誰かに戦い方を教わったことがあるのか?」

「はい、父に教わりました」

「そうか。親父さんは、お前が戦士になりたがってることは知ってるのか?」

「いえ……その、父は昨年他界しました」

「ああ、そうか。すまんな、余計な事を聞いた」

「いえ、大丈夫です」


 そういって、ショーシャナは小さく笑みを浮かべる。


「魔力を操ることは出来るか?」

「はい、出来ます」

「じゃあ、それも見てみるか」


 クラウスはそう言って、アディメイムの手にしているクドゥリサルに視線を向ける。


「じゃあ先生、見てやってくれ」

「おう。じゃあ、普段からやってるのと同じ様にやってみな」


 そうしてショーシャナに普段やっている通りに魔力操作の鍛錬をやらせてみる。

 ショーシャナは胡坐あぐらを組んで座り、背筋を伸ばす。

 それは他の亜人たちがやっているのと同じやり方……つまりはクドゥリサルが皆に教えたやり方だった。

 おそらく、それも父親に教わったのだろう。


 数分程経った頃に、クラウスはクドゥリサルに尋ねる。


「どうだ? 先生」

「ああ、なかなか大したもんだぞ。丘の上に来てる若い連中と比べても、一番なんじゃないか?」

「へえ、そりゃあ大したもんだ」


 ある程度見たところで、今度は魔力で身体強化をした状態での身体操作の練度も確認する。


 まず強化した状態で走らせてみたが、それは問題無くこなしてみせた。

 強化した状態での打ち合いもやらせてみる。

 細かい身体操作についてはまだ未熟な面も多くあったが、それでも年齢の割には相当なものだと言わざるを得ない。


「大したもんじゃないか? 親父さんがいなくなってからは、ずっと一人で鍛錬を続けてたんだよな?」

「はい」


 答えるショーシャナは、どこか緊張した様子だった。

 こんな形で自身の力量を値踏みされたなら、緊張してしまうのは仕方の無い事なのかもしれない。


 壮年に差し掛かった者たち……長年鍛錬を積んできている者らと比べると、身体操作も魔力操作も、流石に見劣りはする。

 だが、若い連中と比較したなら、相当に良い線を行っているのではないだろうか。

 特に魔力制御の技能に関しては、二十代前半程度までの者たちの中では最も優れているというのが、クドゥリサルの見立てだった。


「魔力操作と、強化した状態での身体操作の錬度は相当なもんだ。若い連中のなかでは一番だろうよ」

「そうなんですか?」


 そのクドゥリサルの言葉に、ショーシャナは驚きの表情を見せたが、それもすぐに笑顔に変わる。


「じゃあ、もう一度打ち合って見るか。今度はこっちからも攻撃するから、そのつもりでな」

「はい、よろしくお願いします」


 そうして、今度はアディメイムがショーシャナを相手にして打ち合いを始める。

 アディメイムは打ち合いの最中には寸止めなどせず、ショーシャナの身を木剣で打ち据えていた。

 勿論相応の手加減をしながらではあるが。

 ショーシャナは痛みに顔をしかめながらも、何も言わずそれに耐えていた。


「打たれて痛いだろうが我慢しろ。戦士になりたいのならな」


 そのクラウスの言葉に、ショーシャナは痛みを堪えながらも、笑顔を浮かべて見せる。


「はい、大丈夫です。父にも同じ事を言われ続けてきたので。ただ、しばらく人と打ち合う事が無かったので、感覚を忘れていました」

「そうか。まだやれるか?」

「はい、勿論です!」


 クラウスの問いかけに、ショーシャナは笑みを浮かべ、元気の良い返事を返してくる。

 疲れもあるし、痛みもある筈だ。

 それでもこんな風に笑顔を見せている。

 大したものだと、そう思う。

 おそらく鍛錬を心から楽しんでいるのだろう。


 そのまましばらく鍛錬を続け、空が暗くなり始めたところで、その日の鍛錬を切り上げる。


「じゃあ今日は終わりにするか」

「はい、ありがとうございました!」


 ショーシャナは満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする。

 やる気もあり、才能もある。

 彼女はどれ程の戦士に育つだろうか?

 去って行く後ろ姿を眺めながら、彼女の成長に思いを馳せる。


 そうして、その日から亜人達に指導をする時間が増える事となった。

 昼過ぎからは、いつも通りに。

 皆が帰ってからは、一人で丘の上にやって来るショーシャナに稽古をつける。


 ショーシャナを相手にしている最中に、ふと昔のことを思い出した。

 もう随分と昔のこと……初めて出来た弟子を鍛えていた頃のことだ。

 一人を相手につきっきりで稽古をつけるのは、最初の弟子に稽古を付けていた時以来だろう。

 そんなことを考えていたクラウスに、ショーシャナが興味深げな表情を浮かべながら問いかけてきた。


「クラウス? どうかしましたか?」

「ん? ああ、ちょっと昔の事を思い出してたんだ」

「昔の事ですか?」

「ああ、まだ弟子が一人しかいなかった頃の事をな」

「一人しかいなかった頃? それはもしかして、最初の戦士の話でしょうか?」

「最初の戦士?」

「はい。ティルヤという名の子供が、お二人に近付いて行って最初の弟子にして貰ったと聞きました」

「ああ、あいつ……今はそんな風に呼ばれてるのか」


 クラウスは笑みを浮かべる。

 ティルヤが死んでから、二百年の時が流れていた。

 それでもあいつは皆に忘れられる事無く、その名を語り継がれている。

 それがただ、嬉しかった。


「一人を相手につきっきりで教えるのは、あいつ以来だからな」

「そうなんですね」


 そう言って、ショーシャナは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 それに笑みを返しながら、すぐそばに立つアディメイムに目を向けた。

 彼もまた笑みを浮かべ、何かを懐かしむような表情を浮かべていた。




 それからも、ショーシャナはほぼ毎日丘の上にやってきて、鍛錬を重ねた。

 あんな形で教えを乞いに来るだけあって、ショーシャナの鍛錬に対する情熱は相当なものだった。

 丘の上での鍛錬については、然程さほど時間をかけて教えていたわけでは無かったが、家に帰ってからも教えられたことを復習し、何度も繰り返しているようだ。

 鍛錬を終えて帰路に着く前には、必ず改善するべき点と、その改善の為にはどのような鍛錬をすれば良いのかを聞いてきた。

 そうして教えた事を、一人で実直に繰り返しているのだろう。

 欠点はすぐに克服され、その技はどんどんと洗練されていく。


 他の亜人たちと共に鍛錬をしていたならば、きっと目立つ存在になっていたのではないだろうか。

 クラウスとアディメイムが直接指導している、そのせいもあるのかもしれない。

 ある意味、彼女は他の弟子たちに比べて特別扱いされていることになる。

 だがやはり、彼女の成長速度の速さは本人の才能と熱意によるところが大きいのだろう。

 彼女はその生まれ持った才能を、弛まぬ努力で磨き抜いている。


 これまでにこの丘の上での鍛錬に女が来たことは無かったが、それを気にした事は無かった。

 だが、もしかしたら他にもショーシャナのような才能に溢れた者がいたのかもしれない。


 いや、間違い無くいただろう。

 亜人達がこの丘の上にやって来るようになってから、既に二百五十年以上の時が経っている。

 その間に、そのような者は何人もいた筈だ。


「勿体無い気もするが……」


 思いが無意識に口を突いて出てくる。

 そんな才能が磨かれる事なく放置されてしまうのは、惜しいと思う。


 だが、本人がそれを望むかどうかは、また別の話ではある。

 戦士になるならば、命を掛ける覚悟が必要だ。

 相手の命を奪おうというのであれば、自身の命もまた、失う覚悟が出来ていなければならない。

 いくら才能があったとしても、命を捨てる覚悟が必要とされるような、そんな環境を望む者は多くは無いのだろう。


 その戦士としての覚悟について、ショーシャナにも伝えている。

 既に父親からも、その心構えについては教えられていたようだ。

 それらを理解した上で、なおも彼女はそれを望んだ。

 ならば可能な限り、その手助けをしてやりたいと思うのだ。




 いつもの亜人達との鍛錬が終わり、皆が居なくなった丘の上。

 その丘の上に、今日もまたショーシャナが一人でやって来る。


「今日も宜しくお願いします!」


 いつも通りの元気の良い挨拶から、その日の鍛錬は始まる。

 そして鍛錬を終えた後には、来た時と同じように元気のよい挨拶をして帰っていく。


「今日もありがとうございました! また明日もお願いします!」


 鍛錬を終えて疲れ切っていても、彼女のその元気の良さは変わらなかった。


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