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さまよい人は帰り来たりぬ  作者: 神誠
第四章 去り行く者たち

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不調

 一年ほど経ち、ネシュルとバズが二人とも十九歳になった頃。

 相変わらず二人はお互いを意識し合っているようだったが、その関係性は少し変わり始めていた。


 最近の二人は魔術による身体強化を施した状態で打ち合いをするようになっていたが、その勝負の結果はそれまでの様に拮抗したものにはならなかった。


 バズの魔力制御と身体強化の能力は、ネシュルと比べると多少見劣りがした。

 強化の度合いも強化した後の身体操作の巧みさも、ネシュルのほうが上だった。

 その差のせいか、身体強化をした状態での打ち合いではバズはネシュルにあまり勝てなくなってしまっていた。


 その日の鍛錬が終わった後、皆が帰途に着く中でバズは一人丘の上から動こうとしなかった。

 それを見たネシュルがバズに声を掛ける。


「帰らないのか?」

「ああ。少し用事があるんだ。先に帰ってろよ」

「……そうか」


 ネシュルはそれ以上何も言わず、他の亜人たちの後を追って歩いていく。

 他の亜人達が皆いなくなってから、丘の上に一人残ったバズはクラウス達のところに近付いてきた。


「どうした?」

「お二人にお願いがあるんです」


 問いかけるクラウスに、バズは真剣な表情を浮かべながら答える。


「お二人も知っているとは思うんですが、俺は魔力制御が得意では無いみたいなんです」

「まあ、ネシュルと比べたらそうかもな。だが、それ以外の同年代の連中と比べたら、全然お前の方が上だぞ?」


 そんな言葉が慰めにはならない事を知りながらも、クラウスは答える。

 事実、バズの魔力制御の技術は決して低くは無い。

 ただネシュルがさらにその上を行っていると言うだけなのだ。


「そうかもしれませんが、それじゃダメなんです」

「強化した状態での打ち合いは、まだ始めたばかりだろ。コツを掴んだ途端に飛躍的に上達するなんてことも、いくらでもある。焦らず地道に鍛錬を続けるべきだと思うが、それじゃ駄目だってことか?」

「はい。何か助言を貰えませんか?」


 その言葉を聞いたクラウスがアディメイムに視線を向けると、彼は手にしたクドゥリサルを持ち上げ、笑みを浮かべて見せた。

 クラウスはそれに笑みを返し、バズに答えを返す。 


「まあ、助言が欲しいってことなら専門家に聞いたほうがいいだろう。なあ、先生?」


 クラウスはそう言って、アディメイムが手にしているクドゥリサルに視線を向ける。


「ん? おう……お前、今から時間は取れるか? ちょっと見てやるよ」

「それはもちろん、大丈夫です。でも、いいんですか?」

「ああ、いいぞ。やるってんなら、ちょっとそこに座れ」

「ありがとうございます!」


 バズは喜びに満ちた声で返事をして、クドゥリサルに言われるがままに、その場の地面に胡座あぐらをかいて座る。

 アディメイムがバズの目の前の地面にクドゥリサルを置いた。


「魔力を操る鍛錬はいつもやってるよな?」

「はい」

「じゃあ、見てやるから、今からやってみろ」


 それを見たクラウスとアディメイムは、その場を離れる。

 あとはクドゥリサルに任せておけば大丈夫だろう。

 そうして、バズから距離を取った二人はいつものように打ち合いを始める。




「気を散らすな!」


 二人が打ち合いを始めてしばらくした頃、クドゥリサルがバズを叱咤する声が聞こえてきた。

 魔力操作の鍛錬に、あまり集中出来ていないのだろうか?

 もしかしたら、クラウスとアディメイムがすぐ近くで打ち合っているのが気になってしまっているのかもしれない。


 クラウスはアディメイムと目を見合わせ、笑い合う。


 バズが集中出来る様に気を使う事も出来たが、二人はそこまではしなかった。

 戦いの中で使う技術の鍛錬をしているのだ。

 少し雑音が聞こえる程度で意識を乱したりしているようでは、実戦で役には立たないだろう。

 身体操作と同じ様に何度も繰り返して、その感覚を体に覚え込ませなければならない。

 いずれは無意識のうちに、自然に出来るようにならなければ。

 実際の戦いの最中に目の前の相手から意識を逸らしたりしているようでは、話にならないのだ。


 時間が経ち、日がすっかり暮れてしまっても、バズは鍛錬を続けていた。

 クラウス達は打ち合いを一旦止め、バズに近付いて行って声を掛ける。


「もう今日は終わりにしろ、バズ。昼から何も食ってないんだろ? 続きは家に帰ってからやっちゃどうだ?」

「大丈夫です。まだやらせてください」

「気持ちはわかるがな。食事も睡眠も足りてない状態で、ネシュルとやりあって勝てるのか?」


 そのクラウスの言葉に、バズはしばらく険しい表情を浮かべていたが、やがて立ち上がった。


「……わかりました」

「それから、次からも残って鍛錬するつもりなら、剣を持って来い」

「剣を……ですか?」

「ああ。夜の闇の中を一人で帰るんだ。何かあった時のために武器は持っておけ」

「ああ、確かに……そうですね。わかりました」


 そうして、ようやく家路に付こうとするバズにクドゥリサルが声を掛ける。


「教えた事を忘れんなよ」

「はい。ありがとうございました」


 バズは立ち止まって笑みを浮かべたのちに、再びきびすを返して歩き始めた。

 バズを見送り、その姿が見えなくなってから、クラウスはクドゥリサルに尋ねる。


「どんな感じなんだ?」

「いくつか助言はしたがな。そんなすぐには上達しねえとは思うが、まあ……本人の努力次第だろう」


 バズが焦る気持ちは良くわかった。

 クラウス自身、アディメイムになんとかして近づこうと必死になっていた。

 元々相手との実力に大きな差があったクラウスでもそうであったのだ。

 これまで互角だった者に置いて行かれてしまうのは、より心にこたえるのではないだろうか?。




 次の鍛錬の日、バズは前回言われたとおりに剣を持参してやってきた。


「剣はここに置かせて貰ってもいいですか?」


 尋ねるバズに、アディメイムが笑みを浮かべ頷いて見せた。

 それに笑みを返し、バズは持参した剣を地面において立ち去ろうとする。


「バズ」


 クラウスがバズを呼び止めた。

 バズは足を止め、振り返る。


「しばらくは勝ち負けのことは忘れろ」

「勝ち負けを? えっと、どういうことでしょう?」

「まず魔力で強化した状態で体を動かす事に慣れろ。一人で鍛錬するのは当然やってるんだろうが、他者との打ち合いの中で同じように動くのは簡単じゃないからな。今は勝敗よりも立ち合いの中で思った通りの動きが出来るようになることを優先しろ」

「わかりました。ありがとうございます」


 そのクラウスの言葉を頭の中で反芻でもしていたのか、少しだけ間を置いて、バズは返事を返した。


 その後の鍛錬では、バズの動きは傍から見ていても何処かためらいでもあるかのような、ぎこちない動きになっていた。

 それはきっと、クラウスの言いつけを守り相手よりも自身の動作に意識を向けているからなのだろう。

 当然、相手をしているネシュルはそれに気付く。


「お前、何を考えてんだ?」

「何のことだ?」

「お前、打ち合いに集中してるか? 何に気を取られてるんだよ?」

「ああ……自分自身にだよ」

「何?」


 真面目な顔で答えるバズの言葉に、ネシュルは怪訝な表情を浮かべる。


「新しい技を身に付ける為に、体の感覚に意識を向けてる」

「それは、俺との打ち合いの最中にやらなきゃいけない事なのか?」

「ああ、相手がいる状態でも問題無く出来るようになれって、さっきクラウスに言われたんだ。お前との勝敗よりもそっちを優先しろってな」


 それを聞いたネシュルはしばらく納得しかねているような表情を浮かべていたが、やがて溜息を吐き、口を開いた。


「そうか……手を抜いてるわけじゃ無いならいい」

「今は勝敗にこだわるなって言われててな。だから、今のうちに俺に勝っとけよ。そうしないと、すぐに俺に勝てなくなるだろうからな」


 その言葉を聞いたネシュルは、驚いたような表情を浮かべたのちに、笑い声を上げる。


「そうかよ。なら、もうお前が追い付こうなんて気が無くなるくらいに差を広げといてやるよ」

「おう、やってみろ」


 そうして、また二人は打ち合いを再開する。

 その日、バズはネシュルから一本も取れなかった。




 それからずっと、バズは一人残って魔力制御の鍛錬を続けていたが、それでも暫くはネシュルに勝てないままだった。

 クラウス達はその様子を見守り、焦らず鍛錬を続けろと言い聞かせた。


 バズは内心焦っているようだったが、クラウスたちの言葉をよく聞き、辛抱強く鍛錬に打ち込んでいた。

 どれほど鍛錬を積んでも、その成果が全く見えない時期というものがある。

 だがその長い停滞を経たのちに、ある日突然、その鍛錬の成果を実感出来るようになるのだ。




 それから半年程経った頃だろうか?

 バズの鍛錬の成果が目に見えるようになって来た。

 自身の体を操るのと同じように、無意識の内に魔力を操り、その肉体を強化する。

 練習しているうちに、彼なりのコツのような物を掴んだのだろう。


 半年の間、なかなか成果が見えて来ない中で諦めず鍛錬を続けて来た。

 その鍛錬が実を結び、ようやく実際に目に見える形で現れてきた。

 それ以降は日を重ねるごとにバズの魔力制御の腕前は上達していき、ネシュルとの差も小さくなっていった。


 そうして一年が経ち、ネシュルとバズの関係は以前と変わらない物になっていた。

 相変わらず、二人の実力は同年代の者達の中では抜きん出ている。

 彼らがこのまま成長していけば、いずれ誰も敵う者は居なくなるのでは無いかと思える程だ。

 そして、たとえそうなったとしても、二人はお互いを目標としてさらに切磋琢磨し、技を磨き続けるのだろう。


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