好敵手
クラウスとアディメイムが日々を過ごす丘の上。
そこでは今日も大勢の亜人たちが集まり、剣の鍛錬に精を出していた。
クラウスの視線の先で、二人の若い亜人が木剣を手にして向かい合い、激しくぶつかり合っている。
鍔迫り合いからの離れ際、一方の亜人が繰り出した一撃が相手の手首に命中し、それを受けた側の亜人が手にしていた木剣を取り落とす。
「クソッ!」
打たれたほうの亜人が腕を押さえ、悔し気に吐き捨てた。
クラウスは地面を叩いて悔しがるその様子を見ながら、隣に立つアディメイムが手にしている剣に向かって話しかける。
「クドゥリサル、また出番みたいだぞ?」
「あぁ? おい……またあいつらかよ?」
「まあ、熱が入るんだろうさ」
呆れたようなクドゥリサルの声を聞いたクラウスは、笑い声を上げる。
あいつらというのは、ネシュルとバズという名の二人の若い亜人のことだった。
ネシュルとバズはどちらもティルヤの孫で、いとこ同士だ。
年も同じで、今年十八歳になる。
二人はお互いを激しく意識し合っていた。
丘の上での鍛錬でも、いつも二人で打ち合い、技の優劣を競い合っている。
どちらかが明確に強ければ、ここまでお互いを意識することは無かったのかもしれないが、二人の剣の技量は伯仲していた。
お互いに相手よりも上に行こうと意識し過ぎているせいで、力が入り過ぎてしまうのだろう。
鍛錬のたびに必ず一度以上は怪我をして、クドゥリサルに治療してもらっていた。
相手の腕に打ち込んだのがネシュルで、打たれて木剣を取り落としたのがバズだ。
視線を戻すと、腕を押さえているバズに向かってネシュルが声をかけていた。
「早く治して貰ってこい。何度でも叩きのめしてやるからよ」
「おお、待ってろ。まぐれは何度も続きゃしねえからな」
バズが腕を押さえながら、クラウスとアディメイムの元へと歩いてくる。
そうして、アディメイムの持つ剣に向かって話しかけた。
「すみません、クドゥリサル。治療をお願いできますか?」
「またかよ? ホントいい加減にしろよ、お前ら。今日はもう治さねえよ。そのまま最後まで続けろ」
「そんな……」
クドゥリサルの言葉を聞いたバズは戸惑いの表情を浮かべ、情けない声を出す。
肩を落としながら帰っていく姿を見ながら、クラウスはずっと笑っていた。
戻って行ったバズは、待っていたネシュルに話しかける。
「今日は治さないって言われた……」
「あ……ああ、そうか……」
そう言って項垂れるバズに、何と声を掛けるべきか迷っているのだろう、ネシュルも戸惑ったような口調で言葉を返す。
「じゃあ、今日はもう無理だろ?」
「は? 何言ってんだ、まだやれるに決まってんだろうが」
「やらねえよ。勝って当たり前の相手とやって何になる。怪我が治ったら相手をしてやるよ」
「この程度の怪我でも、お前には負けねえよ」
「ああ、ああ、わかったわかった」
ネシュルは強がるバズを相手にせず、面倒そうに手のひらを振ってあしらう。
だがその顔には、残念そうな表情が浮かんでいる。
その様子を見ていたクラウスは、歩いてネシュルへと近づいて行った。
「ネシュル、相手がいないなら俺とやるか?」
そう言って声を掛けるクラウスを見て、ネシュルは驚きの表情を浮かべていた。
「あ……えっ? クラウスと……ですか?」
「ああ。俺が相手じゃ不足か?」
「いや、そういうわけじゃないんですが……」
突然のクラウスの言葉に戸惑っているのか、ネシュルは口ごもる。
その様子を見たクラウスは、笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「そうか。じゃあ、やろうか」
「その……ホントにやるんですか?」
「もちろんだ。遠慮はいらんぞ。全力で掛かってこい」
狼狽えるネシュルに向かって、クラウスは木剣を構えてみせた。
それを見たネシュルは、その顔に戸惑いの色を残したまま、構えを取ってクラウスと対峙する。
クラウスはそのままネシュルが動くのを待ってみたが、ネシュルは尚も戸惑っているのか、打ち込んでこようとはしなかった。
最近はティルヤに教えていた頃のように、弟子たちにつきっきりで指導をすることはほとんど無くなっている。
特に若い亜人たちに直接指導することは稀だった。
そのせいで、クラウスの相手をすることに気後れしてしまっているのかもしれない。
「どうした? 打ってこなきゃ練習にならんぞ?」
そのクラウスの呼びかけに、ネシュルは意を決したのか、表情を引き締め大きく息を吐く。
そうして何度か呼吸を繰り返したのちに、クラウス目掛けて木剣を打ち込んできた。
クラウスは、その打ち込みを自身の手にした木剣で捌き、受け流す。
ネシュルは打ち込みをいなされてもめげることなく、連続で木剣を振るい、クラウスを攻め立てる。
激しく競い合う相手がいるからなのだろうか?
同年代の者たちの中では、ネシュルとバズの二人の技量は一歩抜きんでていた。
クラウスは、ネシュルの打ち込みを数度受け流したのちに、その右手首を木剣で打ち据えた。
「グッ!」
ネシュルが短い苦鳴を漏らし、手にしていた木剣を落として、打たれた場所を押さえながらうずくまる。
「ああ、すまん。利き腕に怪我をさせちまったな。あそこにもちょうど似たような怪我をしてる奴がいるみたいだから、相手をしてやっちゃどうだ?」
クラウスはそう言ってバズを指差す。
そのクラウスの言葉を聞いたネシュルは、あっけにとられたような表情を浮かべた後に、弱々しく苦笑する。
「あっ……そうですね。わかりました」
そう口にしてネシュルは、そのままバズの元へと歩いていく。
クラウスもその場を離れ、アディメイムが立っている場所へと戻って行った。
アディメイムは楽し気な笑みを浮かべていたが、彼の手にしているクドゥリサルはうんざりしたような声でクラウスに語りかけてきた。
「何をやってんだよ、お前は? 余計な怪我人を増やしやがって」
「まあ、あの怪我も真剣に鍛錬に取り組んでる結果なんだ。それ自体は悪い事じゃないだろ? 怪我をした状態で戦う練習も出来るしな。本気で競い合える相手がいるってのも悪くない。あいつらはきっと強くなると思うんだがな」
「全く……誰が治すと思ってやがる」
悪態をつくクドゥリサルをよそに、クラウスは笑みを浮かべたまま、亜人達の鍛錬の様子に目を向ける。
ネシュルとバズは早速二人で木剣を手にして向かい合っていた。
お互い木剣を利き手では無い左手に握っている。
当然、利き手が使えない状態では、いつもと同じような動きは出来ないだろう。
だがこれも、戦士としての良い鍛錬になる筈だ。
実際の戦闘では、五体満足な状態で戦えるとは限らない。
戦いの中で怪我をしたからと言って、相手は見逃してくれたりはしないのだから。
ネシュルとバズはお互い怪我をしているにも関わらず、相変らず全力で打ち合い続け、さらに怪我を増やしていく。
その様子を見たクラウスは苦笑する。
アディメイムを見ると、彼もまた同じように苦笑を浮かべながら二人の様子を見ていた。
最後の方は、満身創痍で二人共フラフラになりながら打ち合っていた。
怪我と疲労で、立っているのもやっとのような状態に見える。
恐らく別の相手であったなら、もう倒れて休んでしまっているのではないか。
両者ともが、相手よりも早く根を上げるわけにはいかないと意地を張っているのだろう。
もう少し見ていたい気もしたが、これ以上やらせると明日以後の鍛錬にも影響が出そうだ。
クラウスは二人の元へと歩いて行って、声を掛けた。
「今日はもういいだろう。それぐらいにしておけ」
そのクラウスの言葉を聞いた二人は、木剣を降ろして構えを解いた。
二人の表情は何処かほっとしているようにも見える。
本当は両者ともに限界で、誰かに止めて貰いたかったのかもしれない。
二人は疲れ切っているようだったが、それでもその場で座り込んだりはしなかった。
もう勝負は終わったというのに、最後まで相手に弱みを見せたくないのだろう。
ひと目見てわかる程に疲れているが、無理をして虚勢を張っているのだ。
「じゃあ、クドゥリサルに怪我を治して貰ってこい」
「え? でも……」
「もう大丈夫だから行ってこい」
「ハイ……」
クラウスの言葉を聞いた二人は、ふらつく足でアディメイムの元へと歩いていった。
そうして、アディメイムが手にしているクドゥリサルに話しかける。
「クドゥリサル、その……」
「まったく、こんな怪我してんのはお前らだけだぞ? もうちょっと力の加減を覚えやがれ」
クドゥリサルのその言葉を、二人はわずかに俯きながら聞いていた。
二人とも自覚はあるのだろう。
その姿からは、申し訳無さげな様子も見て取れた。
やがて他の亜人たちも訓練を終え、皆が丘を後にして集落へと帰って行く。
ネシュルとバズは二人で何か議論をしながら、肩を並べて歩いていた。
「あいつら、鍛錬中はいがみ合ってるように見えるが、なんだかんだ言って仲はいいんだよな」
彼らが去って行く様子を見ながら、クドゥリサルが苦笑しているかの様な口調で、言葉を発する。
二人は年も同じで実力も伯仲している。
その様子を見る限り、共に好敵手としてお互いを認め合っているのだろう。
本人たちにそれを言えば、おそらく否定されるのだろうが。
彼らは既に同年代の者達の中では、抜きん出た実力を持っている。
このままお互いを意識して、高め合って行ったならば、相当な戦士になれるだろう。




