Ⅳ 不穏 -7
夜半過ぎ、蘭は暗闇の中、目が覚めた。
また、いつもの夢を見た。いや、いつものと似た夢だ。
毎回、凛が殺される。それを見て、私は叫び、自分が千々に千切れてしまいそうになる。紅い血と凛の青ざめたうつろな目。
そこまでは変わらない。わたしは悲しみに打ちのめされて、打ち棄てられている……
わたしではない、誰かの泣き声がずっと響いていた。その内、自分の悲しみと誰かの悲しみが混ざり合って、どちらが泣いているのか分からなくなった。
喪失感はいつもと一緒だったが、その悲しみを共有することで、少しだけ救われたような気がした。
蘭は身体を起こして、おやっと思った。まだすすり泣きが聞こえる。
部屋を見回してみるが、誰もいない。ただ泣き声は部屋の中で満ちているような気がした。
そろそろと立ち上がり、扉まで行くと、少しだけ開けてみた。すると、途端に泣き声は聞こえなくなった。
耳を澄ませても、何も聞こえない。
蘭は眠気が吹っ飛んでしまったので、扉の隙間から、廊下に出てみた。昼間は気にならないが、夜、皆が寝静まっている時に廊下を歩くと、ギシギシと音が響く。
蘭は、なるたけそぉっと歩いた。
今日は満月のようだ。夜なのに庭が明るい。
母屋と織小屋の間が、ちょうど中庭のようになっている。蘭の寝室の廊下から、直接出られるようになっていた。
蘭は特に考えることもなく、庭に出てみた。月がちょうど母屋の屋根と織小屋の屋根の間に見えていた。
「アラン?」
月の光を浴びて、アランが月を見上げていた。蘭が遠慮がちに呼んでも、気が付かない。
蘭はアランの側まで行って、もう一度呼ぶ。ここまで近づくと、アランに間違いなかった。
アランは今気が付いたように、蘭を見た。
「眠れないの?」
「……ああ、ラン」
夢見心地だった目が、やっと開いた感じだった。アランが蘭を見て、笑う。
「目が覚めてしまって。月があまりに綺麗だから、見ていたんだ」
そう言って、もう一度月を見上げる。
「アラン、泣いてた?」
蘭が聞くと、アランはびっくりしたように、蘭を見た。目を見ても、アランの目は濡れていなかった。
「なんだか、泣き声が聞こえた気がして」
「泣いていないよ」
アランがほほ笑んで言った。五つも下であるはずなのに、その顔は妙に大人っぽかった。
その顔をみて、蘭はなぜか泣きたくなった。何か言わなくてはと思って、勢い込んで言う。
「アラン、わたしの夢に来てくれたよね?」
「え?」
突然、話がおかしな方向にいって、アランは面食らう。蘭は構わず続けた。言っているうちに、そういうことだったのか、と自分で確信していった。
「いつも見る悪夢があるの。多分、婚礼の儀の夢。さっきも見ていたんだけど、夢の中で誰かの泣き声が聞こえた。わたしではない誰か」
アランの目が大きく見開かれた。半信半疑で問う。
「巫女姫が、ランの妹が、胸に剣を受ける夢?」
「そう」
蘭が肯定する。
アランは信じられないというように、呟いた。
「さっき、その夢を見た。自分が見ている夢だと思った。いつもと違う悪夢だと思って、でもその夢もとても悲しくて……目が覚めたんだ」
あれは蘭の夢だったんだ、というアランに、蘭は思わず抱きついた。アランが驚いて、固まる。
「アラン、ありがとう。一緒に泣いてくれて」
蘭はアランの顔を見た。アランは蘭より少し背が高い。少しなので、蘭が顔を上げると、思ったより近くにアランの顔があった。
蘭は少し身を離した。アランは戸惑ったように笑う。
「夢の中の話だろ?」
「でも、嬉しかったの」
「いつもあの夢を?」
「よく見るわ」
「つらいな」
「……」
心底思ってくれるアランの言葉が嬉しかった。蘭は泣きそうな顔で言った。
「アランもつらい夢を見るよね?」
アランはまさかという顔をしている。
「わたし、多分あなたの夢を知っていると思う」
「おれを守ってくれようとした?」
かすれた声でアランが訊いた。
蘭は照れ臭そうに微笑んだ。
次の瞬間、アランは蘭の身体を強く抱きしめた。一瞬息が止まるかと思うほど、強い抱擁だった。じっとしていると、アランが震えていることに気が付いた。小刻みに震えてい
る身体。
蘭はもう一度、そっとアランの背中に腕を回した。
「ラン……」
蘭の肩に頭を埋めたまま、アランが言う。
「ありがとう」
王太子である彼が、ほとんど使うことがないであろう言葉。その言葉は特別なもののように、蘭の耳に届いた。
「何してるの?」
詰問するような声が聞こえた。




