Ⅳ 不穏 -5
蘭とキースは王太子の私室に入って、絶句した。
そこには達観したようなコルと、苦虫を噛みつぶしたような顔の信、そして目をキラキラさせている黒髪の少年がいた。
「アラン様」
キースが呆けた声で呼びかける。
「アラン様は王太子を辞めたんですか」
その言葉に、黒髪のアランは、馬鹿かお前と切り返した。
「辞めたくても、辞められるわけないだろう」
「……じゃあ、なんなんですか、その頭」
「染めた」
「……でしょうね」
端的に言うアランに、キースはいい加減疲れてきて、王太子相手に投げやりに返した。
すると、アランはなんでもないことのように言った。
「ちょっと、市内を見て回りたいから、お前の家に泊めてくれ」
「は?」
キースの目が見開かれる。何を言っているんだ、この方は。
慌てて、コルが割って入った。
「少し都で気になることがあってな。アラン様は自ら調べてみたいそうなのだ」
「……」
迷惑な、とキースは内心思う。
「極秘で」
ますます迷惑である。だいたい、極秘ってどこまでだ。親父たちにも、ごまかせということだろうか。
「そうだ」
何も言っていないうちから、アランがきっぱりと言った。
「家族にも、店の者にも極秘だ。わたしは信と一緒に、ノックの弟子ということになっている。休みをもらったので、キースの家に帰るシンについてきた、という設定だ」
「無茶苦茶だ」
信がぼそりと呟いた。
キースも同感だと内心同意した。
アランは聞こえないふりをして、コルを見る。
「では、後のことを頼んだぞ」
「はっ」
コルはもうあきらめているようで、自棄気味に敬礼をした。
長年に渡るコルの苦労を思って、後の三人はため息とともに、肩を落とした。
……楽しんでいるとしか思えない。
キースは不安で胃をきりきりさせながら、手綱を握った。
反物を卸しに来たので、馬車は荷馬車だ。人が乗る用には出来ていない。御者の席にキースと信が乗り、アランと蘭は空になった荷台に乗った。
荷台はもちろんガタガタするし、つかまっていないとずるずる滑っていく。
「アラン様、大丈夫ですか?」
キースが声をかけると、しばらくの沈黙の後、返事が返ってきた。
「大丈夫ですよ、キースさん。ノックさんの弟子になる前は、村育ちなので、このくらい平気です」
一瞬、ポカンとして、ああそうかと納得する。ノックの弟子として扱わなくてはならない。会話も振る舞いもだ。
できる自信がない。
気が遠くなっていると、後ろからご機嫌な声が聞こえてきた。
「大丈夫だ。お前たち二人とも、もともと無礼だったから、すぐに慣れる」
キースは何と返事して良いのか分からなかった。
信が振り向いて、言う。
「何と呼べばいい?」
キースは思わず信を見た。
「アランでいい。よくある名前だし、呼び間違えるよりいいだろう」
アランはそう答えてから、キースに向かって言った。
「キース、そんなにシンに感心しなくていい。こいつはもともと心の中では、おれに敬語など使っていない」
信は否定せず、笑っていた。
「アラン、使い慣れない敬語を使わないほうがいい。生意気な弟弟子の設定でいこう」
信に言われて、アランが黙って少し考えた。
「おれも敬語ぐらい使える……がその方が楽だな」
そう言って、横に座っている蘭を見る。
「ランは大丈夫か?」
蘭は楽しそうに笑った。
「かわいい弟ができたみたいで、嬉しいわ」
キースは眩暈を覚えながら、黙って手綱を操った。




