Ⅳ 不穏 -3
織小屋の扉が遠慮がちにたたかれ、キースが顔を出した。
「蘭、ちょっといい?」
蘭がリオナを見ると、リオナは頷いた。
蘭はキースの後に続いて、織小屋を出る。
「ちょっと、柳さんたちから仕入れた布を見てほしいんだけど」
「ああ、後宮に卸すって言っていた分?」
柳と寧の布は、後宮でちょっとしたブームになっていた。豪奢さはないが、軽い布は、夏の暑い時期に過ごしやすく、色彩の鮮やかさを夜の君が気に入り、愛用しはじめたところから、後宮の他の妃や女官たちの間に広まったのである。
先月、ザックとキースが、針森の村に布を仕入れに行った。蘭はどうするかと聞かれたとき、即座に仕事が忙しいからと断ってしまった。考える素振りもみせなかった蘭に、ザックが驚いていた。
村から戻ってきたザックは、蘭の頭をなでて、次は一緒に行こう、と涙ぐんで言っていた。蘭がいなくて柳が泣いたのかもしれない。
来週、仕入れた布を後宮に卸す。蘭も来るように、后に言われていた。
蘭は即位の儀の後、後宮を辞した。凛に会うという目的がなくなったからだ。夜の君は理由を訊かなかったが、その代わり、針森の布を後宮に卸すときは、蘭も来るようにと命じた。
一度後宮に行くと、このまま警備に付けと何日も引き止められることもある。目下のところ、蘭は機織りと夜の君の警備の二重生活だ。
おかげで忙しく、余り色々考えなくてすむ。
豊穣祭の後を知っているキースは、蘭が布の中に引き込もらなくてすんだことに、ほっとしていた。
卸す布をチェックしている蘭の横顔を見ながら、やつれて後宮から戻ってきた後の蘭を、キースは思い出していた。表面はだんだん元の生活、元の蘭に戻っていったように見えた。しかしキースは知っていた。蘭はまだ悪夢にうなされている。
そのうなされている声から察して、その悪夢は薄まるどころが、おそらく恐怖は濃くなっている。
「うん、大丈夫だと思う」
蘭が顔を上げて、ほほ笑んだ。
キースはオッと驚いた顔をしてしまった。
「キース?」
怪訝な顔をする蘭に、キースは笑ってみせた。
「ああ、ありがとう」
信が蘭のことを健気だと言っていた意味が、最近分かってきた。
蘭が早く心から笑えますように。悪夢が消え去りますように。
キースは心の中でそう祈った。
あ、まただ。
また、蘭が悪夢を見ている。
凛は夢の中で思った。
凛の胸に剣が突き通され、殺される場面。血がどくどくと流れ、命が消えていく。顔は青ざめ、涙を流しながら死んでいく、わたし。
蘭が繰り返し見ている夢だ。
その夢が蘭を苦しめていることを、凛は分かっていた。
凛は夢の中で蘭に謝る。ごめんね。
巫女姫になって、ごめんね。
逃げないと決めて、ごめんね。
申し訳なく思うと同時に、悪夢を見続けてくれる蘭を愛おしくも思う。
わたしと共にいてくれて、ありがとう。
蘭から運ばれてきた悪夢は、セレネも視ていることだろう。
明日の朝は、おそらく私のところに来て、わたしの心が揺れていないか覗くだろう。
蘭がわたしと共にいてくれるなら、何も怖いものはない。
凛は悲しみに打ち震える蘭を、夢ごと抱きしめた。




