Ⅲ 王の子 -32
アランが儀式場の中に通されるのを見送って、蘭はこっそりと他の女官たちと離れた。コルと信たち警備兵は、神殿の内門の外にある詰め所で待たされている。
女官たちも、儀式が終わるまで別室で待たされる。女官たちを案内に来た巫女に見つからないように、こっそりと後をつける。
案内し終わった巫女は、儀式に参加するため、儀式場に戻るだろう。その時に一緒に紛れて入り込む算段だった。
巫女はこちらに気が付いている様子もなく、女官を控室に送ると、先ほどアランを見送った扉とは反対の方に歩き出した。やはり王太子とは入り口が違うようだ。
やがて、小さな入り口が見えてきた。巫女はまっすぐそちらに歩いていく。入る前に少し立ち止まり、白い頭巾を直し、背筋を伸ばして入っていく。
神聖な場所なんだな。
彼女が神聖視している場所へ、巫女でない自分が偽って入っていくことに、少し良心が痛んだ。
しかし、そうは言っていられない。おそらく最後の機会だ。
蘭は柱の陰で白い頭巾をかぶった。女官は元々、神殿に入る為に白い服を着ていたので、頭巾をかぶれば、巫女のように見えた。
一歩、二歩と扉に近づく。扉に手をかけようとした時、後ろから声をかけられた。
「あなた、ちょっとわたしを手伝ってくれない?」
ぎくりとして振り返ると、巫女がこちらを見てほほ笑んでいた。頭巾から、金色の髪が覗いている。
あ、この人。
記憶が戻ってくる。針森のまかない所で見た女。神殿の町で見た頭巾から除く金色の髪。
立ちすくんでいると、巫女は近づいてきて、蘭に耳打ちした。
「ここで騒いでは駄目でしょう?」
この人はどこまで気が付いているのだろうか。蘭は黙って、頷いた。
巫女は、付いてくるように促すと、先に立って歩き出した。蘭もついて歩く。
前を行く巫女の背中を見ながら、蘭は踵を返して走って逃げた方がいいのか、計っていた。
巫女でないことがばれていなければ、この人と一緒に行動した方が怪しまれない。しかし、巫女姫凛の姉であることがばれていれば、相当まずい。
巫女の真意が読めないまま、蘭はついて歩いていた。
「巫女姫さま、とても美しかったわよ」
おもむろに巫女が話し始めた。
「巫女姫さま」
おもわず、蘭も相槌を打つ。巫女は立ち止まって振り返った。
「真っ白で、この世の方とは思えないほど、美しかったわ」
微笑んで、巫女は扉を開けた。
「さあ、どうぞ、入って」
促されるまま、蘭は部屋に入った。
「ようこそ、ラン。久しぶりね」
あ、と思った時は、薬の匂いが鼻についた。薄れていく意識の中、金色の髪が自分を見下ろしているのが、ぼんやりと見えた。
一歩踏み出すと、真っ白い空間が広がっていた。天井も、壁も、柱も、人々が皆、白い。見慣れた光景だ。
その中を、凛は一歩一歩ゆっくり進む。せいぜい、勿体ぶって、凛々しく見えるように。
凛を先導するセレネの顔は見えないが、背中からも誇らしさと喜びがにじみ出ていた。
全く、誰が主役か分からない。
天井と壁の間に少し隙間が空いていて、そこから光が差し込んでいた。光が凛の通る道を照らしている。光の中を凛は進んでいった。
光の道の終着点に、太陽王が玉座に坐って待っていた。
玉座の足元に跪き、祈るように手を組む。
王が頷いて、口上を述べる。
「そなたを神の妻として、わが一族に加えます」
凛は首を垂れた。
王が金のティアラが付いた白い頭巾を、凛にかぶせる。頭がぎゅっと締め付けられた気がした。
セレネに手を貸してもらい、立ち上がると、向きを変えさせられた。百人近くの巫女や神官が、凛だけを見ていた。その目は、感嘆と信仰心に溢れていた。太陽神を語る時のアシュランの目と同じ目だ。
もう逃れられない。
巫女姫は誇り高く、幸福でなくてはならない。
凛は微笑んで見せた。




