Ⅲ 王の子 -31
「凛、凛!」
呼ぶ声が聞こえたので、振り返ると、蘭だった。
「何ぼさっとしているの! 早く何か獲らないと、陽が暮れちゃうよ」
凛はぼんやりと蘭をみて、それから自分を見た。茶色の動きやすい服装と、手甲、脛当てをつけている。狩をするときの服装だ。
ああ、そうか、針森の山だ。何か獲らないと、塩爺に嫌味を言われる。
目の前を赤羽が飛んでいた。射ようとするが、身体が思うようにいかない。
「何やってんのよ」
蘭は笑いながら、赤羽を射た。見事命中し、赤羽が落ちる。
「すごい!」
凛が歓声を上げた。蘭は呆れながら、
「凛だって、このくらい出来たでしょう?」
言いながらも、声が弾んでいる。
「最近、弓矢の訓練もしているから、うまくなったのかも」
凛は感心しながら、言った。
「昔のわたしたちとは反対ね。わたしは弓なんて、ここに来て触っていないから、もう駄目だわ」
言いながら、凛は、奈落の底に落ちていくような気持になった。気が付いてはいけないものに、気が付いてしまったような。気がついたら終わりだよ、というカギの言葉。
昔っていつ?ここってどこ?
「ああ、折角会えたのに」
蘭が悲しそうに言った。
「待って、蘭」
蘭の別れを察知して、凛が慌てて止める。
蘭は凛に手を差し出した。凛は手を取ろうとして、でも、どうしても届かなかった。
蘭があきらめて、腕を下ろした。
「凛、もうすぐ会いに行くからね」
待ってて。
目が覚めてしまった。
今日は巫女姫の即位式である。
ゆっくりと死んでいっていると自覚していたが、今日で死は確実なものとなってしまうだろう。
だが凛は悲しくはなかった。早く二年たって、婚礼の儀を迎えたいとさえ思う時もあった。そうしたら、楽になれる。
「姫様」
寝室の外で、控えめにアシュランの声がした。控えめな中でも、なんだか声が弾んでいるような気がする。
今日は巫女姫のハレの舞台だ。
「今、起きます」
凛は自分を叱咤して、起き上がった。少し頭痛がする。
アシュランが飛んできて、凛に手を貸し、立ち上がらせる。そうして、着ているものを、手際よく全部脱がせた。
巫女の作業はあんなに不器用だったのに、凛の世話役になったとたん、アシュランは見違えるほど手際がよくなった。
他人に裸にされても、凛はもう一片の羞恥心も感じなかった。導かれるまま、湯殿へ赴く。アシュランに全身磨かれ、湯に体を鎮めた。
ここ、はここだな。
湯の中で、昨日の夢を思い出した。
今、は巫女姫の自分。ここ、はここ神殿。
ここに来てから、神殿の外は見ていない。
やがて上がるよう促され、身体を拭かれると、儀式用の白い衣を身に付けさせられた。
我、純白なり。
髪はアシュランによって丁寧に梳られ、仕上げに、薄く化粧された。
アシュランは、少し離れたところから眺めて、おなじみの称賛のため息をついた。
「すばらしいですわ、姫様」
凛は頷いた。ゆっくり死んでいっている、あのぼんやりした感じは、もうなかった。
顔を上げ、前を見据える。
わたしは最高の巫女姫だ。




