Ⅲ 王の子 -28
「今日、出立らしいな」
アランは書類から顔を上げず、側にいる者に話しかけた。蘭は別のテーブルで、書類にすべてサインがしているか確認しながら、部署ごとに書類を仕分けていた。
部屋には二人きりだ。コルは訓練所の方に行っている。暗殺事件が落着するまで、王太子の元に張り付いていたので、仕事が山積みなのだ。代わりに蘭が駆り出され、政務の補佐をさせられている。
他に人がいないので、蘭は答えた。
「ええ、今日の午後、立たれるそうです」
ジョゼは后の計らいで、后の故郷、湖水地方で隠遁生活をすることになった。暗殺未遂はすべて未遂だったし、世間には漏れていない為、アランはなかったことにしたのだ。ただ、ジョゼをこのまま都に住まわせるわけにはいかない。彼女と同様、恨みを抱いている実家に帰すわけにもいかなかった。そこで、后が自分の故郷に住めるよう、こっそり手配してくれたのだ。
湖水地方は都から離れていたし、山と湖が美しいところだ。森も豊かで、隠れ住むところも多くあるだろう。
ジョゼに仕えていたジーナは、湖水地方の出であるが、実家には帰らず、隠遁生活を送るジョゼについて行くと、強く申し出ていた。
実家では女の末っ子として持て余され気味だったジーナは、后の口添えでジョゼに仕えることになった。当時からジョゼは沈みがちで、気持ちが荒れていたが、ジーナにとっては優しい主だったようだ。
「ジョゼ様はお可哀そうな方です。わたしは絶対に見捨てません」
そうきっぱりと后に言ったそうだ。
「夜の君は情の厚い方だな」
アランがポツリと言った。
「そうですね」
蘭もそう答えた。情が厚い、だから今でも、息子の死の原因となったアランを憎んでしまうのだろう。アランに落ち度がないと分かっていても、息子への情の為に、憎まずにはいられない。冒すべからず太陽王になる人だと分かっていても、崇めることは出来るが、憎まないことはできないのだろう。
后の冷たい目を思う。掛け値なしに憎しみに満ちた目。
「で、お前はどうするのだ。監視としてのお前の役目は、一応終わったが」
アランが顔を上げて、こちらを見た。
目の下に隈がある。眠れていないのだろうか。
「お后様からは、護衛として引き続き努めよ、と言われております。それに……」
ん?とアランが先を促した。
「約束をまだ果たしてもらっておりませんので」
蘭は別にアランの暗殺事件を解決するために、后に仕えていたわけではない。凛に会うためだ。
「ああ」
思い出したように、アランが曖昧に頷いた。
「巫女姫にはもうすぐ会うことができると思う」
歯切れの悪い言い方をするアランに、蘭は強い口調で言った。
「では、それまで居座らせてもらいます」
忘れていたのではないかと、蘭は疑った。冗談ではない。必ず、凛に会わなければ。間に合わなくなる前に。
「分かった」
そういうと、アランがまた書類に目を落としたので、蘭も作業を再開した。下を向いたアランの頬が緩んでいることに、蘭は気が付かなかった。




