Ⅲ 王の子 -19
「それにしても、夜の君様には驚いたわ。毒が入っているのかと思って、どきどきしちゃった」
「何もなくてよかったわ。それにしても、どういうつもりで、あんなことおっしゃったのかしら」
女官たちがしゃべりながら広間を出ていくと、さあっと下働きたちが広間に入ってきた。テーブルに散乱した皿や食べ残しを、片端から片付けていく。
一人の下働きの娘が即座に、王太子のテーブルに近づいた。ほとんど残っているスープに手を伸ばす。
すると、王の席から片付けていた下働きの男が声をかけた。
「ああ、ここは手が足りているから大丈夫ですよ。あちらをお願いします」
娘は慌てて手を引っ込めた。田舎から出てきたばかりか、まだ泥臭さの残る顔をしている。
男の方に顔を向けるが、目はこちらを見ていなかった。あ、とか、すみません、などとボソボソつぶやくと、まだ片付いていない席に移動していった。
下働きの男は、娘が移動したのを見届けると、王の席、后の席、王太子の席の食器と食べ残しを、あっという間にワゴンに乗せて、カタカタと押して行った。
「怪しそうな娘はいました」
信は簡潔に上司に報告した。
「怪しそう?」
上司が眉を吊り上げる。
「そう、では、話にならん」
と、言いつつ先を促す。
「毒が入っていたのは王太子のスープだけでした。ということは、給仕の時か、食事中ですね。片付けていると、真っ先に王太子のスープ皿に手を伸ばした娘がいました。調べてみると、最近、地方から出てきたそうです」
「地方?」
「湖水地方です」
「后の領地か」
后は湖水地方の領主の娘であった。正妃として、政略結婚で太陽王がまだ王太子の時に嫁いでいる。
「まあ、それだけでは何とも言えんな」
「ですね。証拠がない。怪しそう、という段階です」
では、引き続き、見張っています。
そう言って、信は部屋を出ようとした。
「おまえすごいな」
「は?」
「本当に役に立つじゃないか。こんなに早く調べられるなんて」
「ああ」
何でもないことのように、信は笑った。
「人に聞いただけですよ」
「人に?」
「下働きの女の子たちが、進んであの娘の出身を教えてくれたんです」
「進んで?」
オウムのようにコルは繰り返した。
ええ、と信がうなずく。その時の会話を再現してくれた。警備兵の姿の時、水場で洗い物をしている下働きの娘たちに小声で話しかけたのだという。
「ねぇ、あのかわいい娘、最近来た子?今まで、見かけなかった気がするけど」
娘たちは色めき立った。王宮勤めの兵士は、娘たちにとってエリートだ。しかも信は顔もいい。
「えー、あの娘ですか?田舎の子ですよ。最近、湖水地方から上京したって言っていました」
「へぇ」
そう言うと、信はニッコリ娘たちにお礼をした。
「ありがとう、今度君たちのことも教えてね」
と、いうわけです、と締めくくる信の顔をコルはまじまじと見た。涼し気な顔と柔らかそうな髪。
「……おまえ、本当にすごいわ」
ありがとうございます、と照れることもなく礼を言って、信は部屋を出ていった。




