Ⅲ 王の子 -18
ピカピカに磨かれた銀の食器。こんなに食べられるのかという量の食事を前に、皆が白々しく食事をしていた。
いや、王だけが上機嫌だ。一人ずつ近況を訊いては、大声でそれを皆に伝える。伝えられた方は大げさに感心したり、受け流したりしていた。どちらも共通して言えるのは、たいして興味がないということだった。
王の陽気な声が上滑りしているのを横目で見ながら、大勢で食べるにしても、まかない所やザックの宴会とはだいぶ雰囲気が違うな、と蘭は思った。后などはもはや食べてもおらず、王の話も聞いていないかのようだった。
蘭の髪は、その後女官に整えられ、綺麗になったが、そろえた分だけ短くなってしまった。肩の辺りで揺れている髪で、広間に入った時、皆がじろじろ見るのが分かった。それにあの服だ。蘭は目立ってしまった。
誰かが思わず立ち上がるのを視界の端で捕らえて、それとなく見ると、王太子だった。驚いた顔で、蘭を凝視している。何か言いたそうに口を開きかけたが、後ろに控えていたコルがそっと押しとどめ、アランは静かに座らされた。
髪のことを知らなかったのだろうか。コルも先に言っておいてくれればいいのに、と蘭は思ってから、疑問が頭をもたげた。むしろ、先に言っておかなければならないことだろう。現に、アランは驚いて立ち上がってしまった。知り合いでなければ、反応が大げさすぎる。
うっかり、言い忘れたのだろうか?コルが?
コルは察しが悪いと、アランはいらいらしていたが、コルが優秀な側近だということは、コルにしごかれ、ずっと一緒にいた蘭にはよく分かっていた。
「アウローラ、具合でも悪いのですか?全然食べていないではないですか」
目の前にいる夜の君が声を発したので、蘭はハッと我に返った。
アランも同様だったようだ。しかし、すぐにほほ笑む。
「いえ、大丈夫です。ただ、少し食欲がなくて」
そう、とさも心配そうに夜の君は眉を寄せた。
「ああ、でもこれなら、食欲がなくても食べられると思うわ」
そう言って、冷たいスープを指さした。
「冷たくて、美味しかったわよ。大丈夫、毒なんか入っていないから、飲んでごらんなさい」
皆がぎくりとして動きを止めた。夜の君は嫣然とほほ笑む。
「でも、すこしずつ飲むのよ。食欲がないときは、一気に飲んではだめ」
アランはスプーンを取り、ひと掬いして、口に運んだ。一口飲むと、スプーンを置く。
コルが身じろぎしたのが分かった。
アランは太陽王の方を向いた。
「夜の君のおっしゃる通りでした。とても美味しかったです。ただ、やはり体調がよくないようです。少し、休ませてください」
そう言うと立ち上がり、一礼すると、広間を出ていった。
残された一同は、ぎくしゃくと動き始め、また食事を口に運び出した。王の歓談が再開し、わざとらしい笑いが宙を漂う。
「ラン」
何事もなかったかのように、元の空気に戻ったころ、后が小声で蘭を呼んだ。蘭はそっと近づく。
「アウローラのところに行きなさい」
え?と聞き返す前に、后はすばやく言った。
「早く」
蘭は后に何か言いつけられたかのように、その場を離れ、静かに広間を出た。
長い廊下は嘘のように静まっていたが、一室から声が漏れているのが、聞こえた。
扉をたたくと、声が静まった。
「蘭です」
小声でそう言うと、扉が少し開き、腕を引っ張られ、部屋の中に引きずり込まれた。
「……アラン様」
ぐったりと長椅子に体を横たえているアランがそこにいた。顔は青ざめ、髪の毛が汗で張り付いている。
「やはり、毒が入っていた」
蘭を引き入れたコルが、厳しい顔で言った。
「やはりって、分かっていて飲んだの?」
「そういう可能性があるかもしれないと思って、少しだけ飲んだ」
何もかも分かっているかのように、アランの代わりにコルが答えた。
「アラン様は幼いころから毒慣らしされている。少々の毒では、死なん。先ほど飲んだ分も、あらかた吐き出したので、大丈夫だろう」
そういうコルの顔も、青ざめていた。
蘭はアランの側に跪くと、おでこに手を当てた。熱が出ている。汗を拭き、手ぬぐいを水で濡らし、おでこにあてた。
ふっとアランの肩の力が抜けるのが分かった。うっすらとアランが目を開ける。
「ああ、気持ちいい」
かすれた声で言うと、蘭に目を向ける。
「ラン、髪が……」
そう言って、蘭の髪に手を伸ばした。
「すまない」
呟くように言ったアランの手を、蘭はそっと握って、元に戻した。
「髪なんて気にしていないわ」
「すまない……」
もう一度言うと、アランはまた目を閉じた。続いて、寝息が聞こえてきた。
「……やっぱり、お后様かしら」
蘭がアランの手を握ったまま呟くのを聞いて、コルがお前はどう思う?と聞いてきた。
四六時中后といるが、不審なところはなかったと思う。
「まあ、お仕えして日も浅いですが」
言葉遣いも部下のそれになって、蘭は報告する。ただ、蘭は王太子に通じているとばれている。蘭に隠れて、何か企てを進めていたかもしれない。
「そうであれば、見張りとしては失格ですね」
でも、と考え込んだまま、続ける。
「お后様がああ言ったから、アラン様は用心して少しだけしか飲まなかった」
それに対し、コルも、だが、と切り返した。
「そもそもアラン様はスープを飲む気はなかった。毒を入れやすいからな。夜の君があんな風に言い出したから、飲まざるを得なかったんだ」
二人でうーんと考え込んだ。アランの寝息が安定しているので、コルも蘭も落ち着いてきた。
「どなたにしても、ご自分で毒を盛ることはないでしょう。下手人をつきとめないと」
蘭が言うと、コルはにやりとして言った。
「大丈夫だ。もう行かせた」




