Ⅲ 王の子 -17
「お前、その髪はどうした」
四子宮の裏手にある兵舎の一室、指揮官の部屋で、コルはするりと入ってきた侵入者に目を丸くした。
「お后様に切られました」
たいしてショックも受けていないように、入ってきた蘭はあっさり言った。
「何かの罰か?」
「いいえ、気まぐれだと思います」
他人事のように言う蘭を見て、コルは苦笑した。
アランは蘭を女と見ないコルを、憐れんだような目で見ていたが、こんな不感症の女、女として見られるわけがない。
確かに美しいし、躰も官能的だ。色気もあるが、コルは全く魅かれなかった。アランに言わせれば、お前の方が不感症だと言われそうだが。
都では年頃の女性は、長い髪を結いあげるのが主流だ。ガタガタに切られた髪を見て、コルは言った。
「ショックではないのか」
ああ、と言って、蘭は髪を触った。
「針森では短い髪の女性もいましたからね」
早口にそう言うと、ニッコリ笑った。
「ここに忍んで来るのも、短髪のほうが目立ちませんし、ちょうどよかったです」
それにしても、美しい髪だったが。
「……まぁ、いい。お后様はお元気か」
「はい。特におかわりありません。思いついて、女官の髪を切ったくらいです」
不審な点はなかったと報告する。
「そうか」
「ああ、こう言われました」
「?」
「アウローラに髪のことを聞かれたら、『夜の君が、お手自ら、切ってくださいました』と言うように、と」
「……そうか」
コルは椅子に座りなおすと、腕を組んだ。
さて夜の君よ、アピールに出たな。
わが君はどうするか?
コルは夜の君とは別の意味で、アランが蘭の髪を見た時の反応が気になった。更には、外で気配を殺している男にも。
「ご苦労だった。明日の晩餐会では、よろしく頼む」
蘭は頭を下げると、部屋を出ていこうとした。コルが蘭の腕を掴んで引きとめた。
「気をつけろよ」
それだけ言うと、パッと手を離した。
蘭は目礼して、部屋を滑り出ていった。
しばらくすると、控えめに部屋の扉がたたかれた。
「入れ」
命じると、一人の兵卒が入ってきた。後宮付きの警備兵だ。
「よく飛び込んで来なかったな、シン」
からかうように言うと、兵は目を上げた。
「ここにいられなくなったら、もともこもないですから」
その目は怒りに満ちていた。
「よくも、あのクソばばあ、殺してやる、とは思っていますが」
「そんなこと言っていると、不敬罪で捕まえなくちゃなあ」
冗談でコルも笑う。
ほんの三日前、この部屋に戻ると、見知らぬ男がいた。しかも兵ではなく、下働きが着るお仕着せを抱えていた。自分の顔を見るなり、
「ああ、間違えたみたいですね」
と言ったが、裏上門から入って一番近い後宮の裏口と、四子宮の裏にある兵舎の奥にあるこの部屋を間違えるはずがない。
剣に手をかけた時、シュッと音がして、顔の横すれすれを矢が通り、後ろの壁に突き刺さった。男の口には吹矢の筒が咥えられていた。
「ああ、間違ってなかったみたいです」
男はニッコリ笑って言った。
「俺を兵士として雇ってもらえませんか」
それか、と付け加える。
「石工もできます」
その男は信と名乗った。
「蘭がお世話になっております。蘭と同郷の者なのですが、蘭ができるのであれば、俺も兵士になれると思います。俺の方が強いですし」
あいつ、他言したのか。まず思ったのが、それだった。信も気づいたらしい。
「いえいえ、知っているのはキースの他には、俺だけです」
俺は特別なので。
「……何が目的だ?」
どうもつかめない。
コルの探るような目を、信は堂々と受け止めた。
「蘭のそばにいたいと」
「……」
「信用できないのは分かります、でも」
信はコルに近づくと、壁の矢を抜いた。
「俺は、役に立ちますよ」
その目が挑発するように、コルを見る。コルは挑発に乗ることにした。
「いいだろう。役に立ってもらおう」
蘭を送り込んだことは極秘なので、手駒が足りなかったところだ。誰にも気が付かれずここまで来られたことといい、先ほどの吹矢といい、確かに使えるかもしれない。
蘭には気づかれないようにすること、それがコルの出した条件だった。




