Ⅲ 王の子 -15
「本当にいいのかい?」
「しつこい」
本日何回目になるか分からないキースの言葉を、信は即座に切り捨てた。
荷馬車を操りながら、信を窺い見る。腕を組み、前を見ている信はまさに取りつく島もなしと言った雰囲気である。
「ノックは何て言ってた?怒ってた?」
「ああ、怒ってたね」
信の表情がやっと崩れた。少し苦いものを飲んだように、顔が歪んだ。
「お前、何しにここに来たんだ、て怒鳴られたよ」
「……」
「だから、女を追いかけて来たんだよ、って言った」
「それで?」
キースが尋ねると、信は笑って言った。
「ああ、そうだった、て」
「え?」
「ああ、そうだったって急に納得してたよ。じゃあ、石工の仕事があったら、仕事を取ってきてくれって」
その時のノックの顔を思い出して、信は心の中で本当に申し訳ない気持ちになった。なさけないような、あきらめたような顔をしていたノック。
ノックも信も、石工の技術を教える側と教えられる側で、本気になりだした頃だった。
王宮で晩餐会が開かれるため、ザックの店に大量に注文が入り、それを納品に行くとキースから聞いた信は、一緒に連れて行ってくれと言ったのだ。
その申し出にキースは不穏なものを感じた。
ノックもそうだっただろう。休ませてくれと言う理由も納得いくものではなかった。許してくれないノックに、では辞めると信は言い出し、結局信が無理やり休んだ形になった。
ノックは「帰ってこい」とも言わなかったが、「じゃあ、馘だ」とも言わなかった。
「キースには納得いかないだろうと思う」
信はまた前を向いた。
「自分の仕事も生活も、人生をも放り出して、女の所に行こうとするなんて。しかも」
言葉を切って、笑う。
「求められてもいないのに」
あきらめたように言う信に、キースは言いたくないことを言うように、口を尖らせた。
「でも、あの晩は、蘭を抱いたんだろ?」
「ああ」
にやりと意地悪そうに信が笑う。
「聞こえちゃった?ごめんね。あの日、キースも蘭を探していたの?」
探していたのだ。探していた先に、信と蘭の声を聞いてしまった。でも、ドアを開ける勇気はなく、自分の部屋に取って返した。
「引きはがされなくてよかったよ」
そう言う信を恨めし気に見る。
「嫌な感じはしなかったから、入っていくことはできなかった……よかったな」
ぶっきらぼうに言うと、信は意外にも喜ばなかった。
「ノックに針森の村の話と蘭の話をした時、言われたんだよ」
「?」
「交わるのが普通なら、そうしないという意思の方が意味がある気がするなって」
誰とでもするのに、信とはしない。そちらの関係の方が、深い気がする。
「でも、抱けてしまった。他の男たちと同等になってしまったのかもしれない」
そうなのか?とキースは首を傾げた。
信が蘭にとって特別なのは、はたから見たら明らかだ。
「まぁ、だから、蘭の側にいたいと思うんだよ。待っているだけで、安心できるほど、俺には自信がない」
それに……
「神殿の町で、俺が仕事をしている間に、蘭が攫われそうになった。それを聞いた時、耐えられないと思った。俺が側にいないときに、蘭が危ない目に合っているなんて。それこそ、何しにここまで来たんだ」
俺には蘭が止められなかった。
「だから、助けに行くよ」




