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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅰ 針森の村
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Ⅰ 針森の村 -6

 

 家では円座に座って、柳と寧がお茶を飲んでいた。心を落ち着かせる香りがする葉を少し煮出したものに、蜂の蜜を一滴落としたお茶である。蜜茶と呼ばれ、疲れた体を労わってくれる。

 二人は見物には行かなかったらしい。荒れた手に、蜜蝋を溶かし固めたクリームをゆっくりすりこみながら、蜜茶を飲むのは、一日の仕事を終えた後の、二人の儀式のようなものだった。

 先に柳が凛と蘭に気がついた。

「選定者たちの顔は見えたかい」

 寧も振り返り、にっこりとほほ笑んだ。

「おかえり」

 母、柳は髪を一つにまとめ、高く結い上げていた。寧の髪は、結い上げられはせず、細かく編み込まれていた。この編み込みは、なぜかいつも柳がやる。幼い頃でさえ、娘たちの髪型にはそんなに手をかけなかったが、寧の髪は昔も今も、母の手によって美しく編まれていた。

 母が言うには、寧は髪の量が人とは段違いに多いそうである。編み込みのでもしないかぎり、まとまらない。

 しかし、そうは言われても、凛も蘭も寧がうらやましかったし、やきもちを焼いていた。自分たちが成人に近づき、寧が中年にさしかかった今でも、その気持ちを引きずっていた。

 だからといって、態度に出すほどもう子どもではない。四人の関係は、穏やかな海のように、凪いでいた。ただ、波はあるというだけだ。

「桜婆さまが出ていらしたわ。外で桜婆さまの姿を見たのは、初めてかもしれない。選定者たちにお辞儀……平伏っていうのかしら、輿の床につくほど頭を下げたから、びっくりしちゃって、桜婆さましか見てなかった」

 凛は肩をすくめて、蘭に同意を求めた。

「選定者たちはすぐに剛の父さんに連れていかれちゃうし、何だかあっけなかったわよね、蘭」

 剛は凛と蘭の幼なじみであり、その父親は狩師の長である。

 ひとしきりしゃべって、凛は自分たちにもお茶をいれようと、小鍋でお湯を沸かし始めた。お湯が沸いたら、軽くもんだお茶の葉を入れ、もう少しだけ煮る。頃合いを見計らって火から下ろし、茶器に注ぐと、爽やかな香りが湯気に乗って香ってきた。そこに蜂の蜜を、小さな匙でとろりと落とす。

 すでに円座に座っていた蘭に器を渡すと、自分も座り、器を両手で抱えて、フーフー吹き始めた。凛はかなり猫舌なのである。

 この家には柳と寧、そして凛と蘭の四人で暮らしてきた。何人かの同業者が集まって家を建てる針森の村では、四人という世帯人数は少ないほうであった。特に未成年の子どもは母親と一緒に暮らすことが多いので、女がいる家としては、特に少ない。

 寧の夫は狩師だったが、結婚して一年も経たないうちに、仕事中の事故で死んでしまった。二人には子どもはおらず、寧はそのあと誰とも結婚せず、子どもを孕むこともなかったので、この家に子どもは凛と蘭の二人だけだ。十人もの子どもたちが、毎日大騒ぎしている家を見てはうらやましく思い、寧にも子どもが出来ればいいと、幼い頃はよく思ったものだ。

 二人が生まれる前に寧の夫は死んでしまっていたので、二人は寧の夫を直接知らない。ただたまに、本当にたまに、村人の話題にのぼることがあった。

 その話をつなぎ合わせたところによると、寧の夫は、外から来て村に住み着いたらしい。針森の村は拾い子の例でも分かるように、外の人間には寛容だ。男は村に馴染み、狩師として村の一員になっていた。

 外の人間がなぜ村に住み着いたのかは、皆知らなかった。村の外での過去を詮索することを、村人たちは良しとしなかったし、本人も語らなかったようだ。

 ただ、村の娘、寧と恋に落ち、夫婦となったが、すぐに死が二人を別れさせてしまった。二人はとても愛し合っていた。男が死んだあと、寧は少しおかしくなった。そしてなんとか落ち着いた後も、以前とは人が変わってしまった。

 凛と蘭は、人が変わってしまった後の寧しか知らない。以前の寧がどんな人間だったのか、想像するのも難しかった。


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