Ⅲ 王の子 -10
カタンカタン
呼ばれた気がして、凛は機を織る手を止めた。
振り返ると、アシュランが平伏していた。
かつての友の顔が少しも見えないことにため息をつき、用件を問う。
「セレネ様がお見えでございます」
アシュランの凛に対する神格化は、ますます磨きがかかってきた。
数か月前まで、気安く話をしていたのが、嘘のようだ。
「ありがとう。あちらにお通しして」
凛は立ち上がると、応接室の方に向かった。アシュランが慌てて、セレネを呼びに行く。
伴われてきたセレネは、凛を見つけると、ほほ笑んだ。
「ご機嫌麗しく、姫様」
セレネに会うのは、豊穣祭の時以来だ。相変わらずこの人は、久しぶりに会っても、昨日会ったかのような気安さだ。
そして、この人だけが変わらない。
自分をじっと見る凛に、セレネは首を傾げた。
「どうかされましたか?」
訊かれて、凛も我に返る。
「いえ、セレネは変わらないなと思って」
あら、と当然と言った顔でセレネが答える。
「だって、私は、貴方様が巫女姫だと、最初から知っておりましたから」
周知されたからと言って、私は何も変わりません、とセレネはきっぱり言った。
「そうね、私とまともにしゃべってくれるのは、もうあなたくらいよ」
それをきいて、初めて、セレネの目が曇った。
「私に怒っていますか?」
凛はふっと笑うと
「少し」
卑怯だったと自分でも思うでしょう、と尋ねると、
「少し」
と、セレネも答えた。
「ですが、こうでもしないと、貴方様は巫女姫になって下さらなかったでしょう」
再び強い意志が輝きだしたセレネの目を見ながら、凛は静かに話し始めた。
「今日、王族について学んだの。あなたも知っての通り、私は辺境の村から来て、外のことは何も知らないから、とても勉強になったわ」
セレネは静かに聞いていた。
「そこでこう学んだの。金髪の発現は王族直系の血筋のみである」
セレネはまだ動かない。
「あなた、王族なの?」
セレネの金の髪が少し揺れた。神々しい金色。セレネはフッと笑った。
「元王族です、姫様。今はただの巫女です」
「なぜ巫女に?」
セレネはフフフと、先ほどより大きく笑った。
「その先に、こう書かれていたと思います。生まれた皇子が金髪であれば、その子は太陽王になる」
凛が黙って聞いていると、セレネは先を続けた。
「では金髪の皇女が生まれた場合は、どうすると思いますか?」
凛は首を横に振った。本には皇子のことしか書かれていなかった。
「金髪の皇女は、神殿の巫女になるのです。
誰一人、例外なく。間違いがないように、物心がつくかつかないかのうちに、神殿に隠されます」
「間違いがないように?隠される?」
凛が聞き返すと、セレネは人差し指を口の前に立てた。その表情は、いたずらを秘密にするときの子どものようにも、自嘲気味にも見えた。
「間違っても、子供を孕まないように。金髪の皇女が巫女にされるのは、金髪の遺伝子を外に広げない為なのです」
王族が太陽神に加護されている印の黄金の髪。それが他の一族に現れれば、太陽王の神の一族である証拠は、たちまち信頼性を失うだろう。
「……あなたも選べなかったのね」
憐れんだつもりはなかったが、言葉がそう響いてしまったらしい。セレネは片方の眉を上げて、凛を見た。挑戦的な目だった。
「私は占い師として、貴方様を見つけ、貴方様を選ぶことができた。太陽神のお役にたてたと信じております。私は自分で選んだのですよ」
太陽神の存在がセレネの存在証明なのだ。
いままで、なんでも先を見通せると思っていたセレネが、急に片意地を張った子どものように見えた。
「そうね」
凛はそれだけ言った。




