Ⅲ 王の子 -7
四子宮は初代太陽王が四人の皇子たちの為に建てたというのが由来の宮で、政庁の裏手側に、後宮と並んで立っている。王太子を始め、王の子どもたちが住む宮殿であった。後宮に近い門が裏上門と呼ばれるのに対し、四子宮に近い門は四子門と呼ばれる。
一行は後宮の裏手を通り、四子宮に入った。先ほどのアウローラの喝もあって、誰一人しゃべらなかったが、四子宮の入るのも、こっそり入っていく気がしたのは、蘭だけではなかっただろう。
通されたのは私室のようであった。
アウローラは蘭たちに、椅子に座るよう勧め、自分も真ん中の大きな椅子に腰を下ろした。大きな男は傍らに立つ。
アウローラはくつろいだ様子で、一同を見た。
「驚かせてすまなかったな」
砕けた物言いに、蘭はいよいよ確信をもった。
「やっぱり、アラン?」
「様!」
隣から鋭い声がして、蘭は驚いてそちらを見た。キースが焦ったように、腰を浮かしていた。そうして、アウローラに対し、頭を下げる。
「アラン様、以前、蘭と会ったことがあるんですか? さっき、蘭はコルニクス殿の名前も呼んだ。それとは知らずに。身分を隠して、蘭と会ったことがあるんですね。それで興味を持って、私の店に声をかけた。違いますか?」
「ほぉ」
コルが感心した声をもらした。
「察しがいいですね」
「お前と違ってな」
アランは苦笑して、キースを見た。
「察しの通り、ランとは以前会ったことがある。調べてみたら、お前の店にいることが分かった。お前の父親の店は、王宮の下働きの服を卸しているらしいな。なかなか品質もいい。華やかな柄物もあると聞いたので、一度持ってきてもらおうと思ったのだ」
言葉を切って、何を思ったのか、じっとキースの顔を見る。
「そういう言い方をしたので、伝えた者が、後宮に運ばせるよう指示したのだな。まあ、女官はもとより、夜の君も気に入ってくれたみたいなのでよかった。夜の君が気に入った反物と、女官たちが買うといった反物は置いて行ってくれ」
「承知いたしました」
「では商談に入ろう」
アランが言うと、キースは頷き、店の若者たちに向かって言った。
「今言われた反物以外を持って、先に帰っておいてくれ。馬車は自分で拾うから、荷馬車は乗って帰ってくれていい」
二人は手際よく反物をより分けると、部屋から出ていった。
蘭は、自分はどうするべきか迷っていると、
「お前はまだいろ」
アランに言われて、また座りなおした。
「では、商談に入ろう」
アランは改めて言い、背もたれから身を起こした。
「商談……反物の値段をかけあう気などないでしょう。あなたの目的は蘭ですか?」
キースが静かな声で言った。
アランの目に面白そうな光が灯った。
「お前、察しがよいのに加えて、度胸もあるな。名は何という?」
「店主ザックの息子、キースと申します」
答えてから、少し考えて付け加えた。
「度胸があるわけではありません。あなた様と話していると実感が、いまいちわいていないのです」
それまで黙って聞いていた蘭が、呟くように言った。
「アラン……様。あなたは一体誰なのですか」
その場にいる三人の男が三人とも、一瞬黙り込んだ。アランが自ら答える気配がないので、キースが代わりに答えた。
「蘭、この方はアウローラ王太子だよ。次の太陽王になられる方だ。通称がアラン皇子と呼ばれている」
アランはにやりと蘭に笑いかけた。その笑顔に蘭は見覚えがあった。
「よくある名前だと言っただろう?」
「その節はありがとうございました」
思い出したように蘭はお礼を言った。
キースがはっとしたように、蘭に向き合う。
「そういえば、どこでアラン様と会ったの?」
たちまち蘭はしどろもどろになる。
「神殿の町で……」
「ああ、アラン様も豊穣祭でいらっしゃっていたのか……でも、なんで」
頭を傾げるキースに、蘭はぐっと詰まっていた。人攫いに攫われたことをしゃべったら、ザックやニノはもとより、信のところまで伝わってしまう。
「ランが人攫いにあったとき、助けたのが俺とコルだ」
思い悩んでいる蘭に構わず、アランはあっさり答えてしまった。
「人攫い?」
キースが素っ頓狂な声を上げる。
アランは蘭を見ると、不審そうに言った。
「人攫いに攫われそうになったことを、言っていないのか」
蘭は不承不承頷いた。
キースは唖然とした様子で、蘭を見た。
「信たちは知っているの?」
蘭は首を横に振った。
「知らない。信たちが仕事に行っている間だったの。言うとまた心配して、大騒ぎしそうだと思って、言わなかった」
「家から出してくれなくなるかもしれないしね」
キースが確認すると、蘭は頷いた。キースは大きなため息をつく。
「蘭、どれだけ危ないことだったか、分かってる?」
少し怒っているかのような口調に、蘭は小さくなった。
「ごめんなさい」
でも、きちんと付け足すことも忘れなかった。
「信には言わないで」
「では、その信とやらへの口止め料に、ランにやってもらいたいことがある」
いきなり、アランが口を挟んだ。
言い募ろうとしたキースは出鼻をくじかれ、黙りこんだ。蘭は怪訝な顔でアランを見る。
アランは声を落として話し始めた。
「ランに夜の君付きの女官になってほしい」
「は?」
夜の君の蛇のような目が思い出された。嫌だと意思ではなく、本能で思った。
「何が目的ですか?」
アランに問うキースの声が、少し遠くに聞こえた気がした。
「夜の君の警護をしてほしい」
意外な答えに、キースは言葉が出なかった。警護?蘭が?
「後宮の外には警備の者が付いていても、後宮の中には男は入れん。少々不安だとおっしゃっておいででな」
「それで、何故、蘭なのです」
キースは首を傾げた。
「ランは都の生まれではないな」
質問と言うより、確認だった。キースは頷こうか一瞬迷ったが、蘭は迷いもせず頷いた。以前会った時に、何か言ったのかもしれない。
「攫われたとき、ランは持っていたナイフで、人攫いどもに気づかれないように自分で縄を切っていた」
だからと言って、実際に逃げられたかどうかは分からないが、とアランは付け足した。
キースは驚いて、蘭を見る。見開いた目が、驚きを物語っている。
「ナイフ?」
「護身用に太ももに付けて隠し持っていた」
キースの目線が蘭の太ももに動いていった。
あ、と言って、蘭は慌てて首を横に振る。
「今日は持ってきていません。一人ではないし、見つかって何か勘違いされても困るし」
ぶっと吹き出す音がして、一同が目を向けると、コルが体を震わせて、笑いをこらえていた。一同の目線を受けて、何か言わなければと思ったのか、頭をかいて呟いた。
「なんというか、ちょっとずれていますね、彼女」
アランは構わず、先を続けた。
「……とにかく、狩りをしていたということもあって、身は軽いだろう。コルに少し手ほどきを受ければ、それなりにはなると思う」
それなりでよいのだろうか。蘭は眉を寄せる。しかしキースは別のことを考えているようだった。
「恐れながら、アラン様とお后様は、それほど仲が良いわけではないですよね?」
市井で噂を耳にする限りでは、と断りを入れて、反応を見るように、アランを窺い見る。
「それなのに、なぜお后様のために?そもそもお后様は、蘭の顔を覚えていると思います。興味深そうに、蘭を見ておられましたから。なので、あなたの声がかかっていると分かるでしょう」
そんな者が警護になどと、了承されるとは思いません。
キースの言葉にアランは深く頷いた。
「もちろん、覚えておられるだろう。だから生粋の警護の者ではないというのも、分かるだろう。それでも彼女はランを側に置くと思う。わたしが何を言いたいのかわかるだろうから」
「何を?」
本当に分からないという顔で、キースは尋ねた。
「私を殺そうとしているのは、貴方ではないですよね、ということだ」
キースはそのままの顔で固まった。
「要は、ランには、夜の君に思惑がばれていると知りながら、知らないふりをして夜の君の側に付き、見張っていてほしいのだ」
アランはここで初めて蘭の顔をまっすぐ見た。
「どうだ?やるか?」
これは相当危険なことだ。信にばれたくないからという次元で受けられることではない。
キースは酷薄そうな后の目を思い出していた。
蘭は黙っていた。静かな目でじっと考えているようだった。
「一つ、お願いがあります」
おもむろに蘭が口を開いた。
「何だ?」
アランが先を促す。蘭はまっすぐアランの目を見て、一気に言った。
「豊穣祭の日、巫女姫に定められた巫女がいると思います。その巫女に会わせて頂きたい」
アランの目に驚きが走ったのを蘭は見た。しかし、それも一瞬で、すぐに感情の読めない目に戻ってしまった。
「ほぉ、何故だ」
蘭は少し迷ったが、きっぱりと言った。
「妹だからです」
アランはそれ以上聞かなかった。
「すぐには無理だが、それでもよいか?」
「確かに約束してくださるのなら」
「約束しよう。ここにいる者が証人だ」
口約束は反故にされてしまう危険がある。しかし蘭はアランを信じた。
「では承りましょう」
そう言うと、頭を深く下げた。




