Ⅲ 王の子 -6
「どうも女官が少ないと思ったら、こんなところに集まっておったか」
妙に人を威圧するような声が響いた。途端に、今までかしましいほどだった広間が、しぃんと静まり返った。
そこにいる全員が平伏する。
蘭が驚いていると、キースが囁いて、頭を伏せさせた。
「お后さまだ」
痛いほどの、沈黙。后が広間を見回しているのが、平伏している背中に感じられた。
「……おや、毛色の変わった鳥が一羽いるね」
足音がして、そして、蘭の前で止まった。
「顔を上げてごらん」
促されて顔を上げると、
……蛇。
蘭は顔を上げたまま、固まってしまった。
后の目を見続けるのは不敬に当たる。しかし、目が離せなかった。
太陽王の正妃。夜の君と呼ばれているように、漆黒のうつくしい髪が、ゆらゆらと輝いている。その顔は美しく、墨を刷いたような細い眉と、朱で描いたような薄い唇。そして、細い目。その目は細いのにも関わらず、強烈な力があった。
獲物を捕らえて離さない、蛇のような目。
蘭は蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
后の細い目が、一層細められる。
「お前の着ているものが見たい。立ってみよ」
言われるままに、よろけながら立ち上がる。
隣で、キースが息を殺しているのを感じた。
后は、立ち上がった蘭の頭から、足先までを、嘗め回すように見ていく。ざわりと肌が泡立った。
「ふむ」
后は改めて蘭の顔を見て、満足気に頷いた。
「その衣、よいな。わたしには似合わないが、お前にはよく似合っている」
そしてざっと見回すと、黄色い地に草花と蝶が奔放に織り込んである反物を指さした。
「あれをもらおう。美しい布じゃ」
その反物も寧が染め、柳が織った反物であった。地は濃い黄色だが、織り込んである草花、蝶の鮮やかな色の中に、黒の糸も織り込んでいて、何となく夜を思わせる模様であった。
「はっ。ありがとうございます」
キースが頭を下げたまま、御礼を述べる。
「それにしても、見たことのないような反物じゃな。これも、この娘の衣のも、その辺りの反物も。どこの品じゃ?」
キースが顔を上げて答えようとしたとき、出し抜けに裏戸が開いた。
「夜の君」
若い男の声がして、女官たちは思わず顔を上げた。そこにいる人物を認めて、ざわめき始める。
蘭はこれ以上開けないほど、目を見開いて、驚いた。
輝くような金色の髪。何かをかぶっていたのか、少し癖がついている。
そんな色の髪を、蘭は一度だけ見たことがある。忘れもしない、選定者たちの中にいた、占い師の女。凛を連れて行った人。
「アウローラ」
后は冷たい声で、その男の名を呼んだ。聞く者に不穏な何かを感じさせる声。
「後宮のこんな端に、何用じゃ」
噛んで言い含めるように、ゆっくりと言う。
「おぬしの母は、ここにいないというのに」
女官たちがピクリと反応する中、言われた本人は微動だにしなかった。
后を見つめたまま、なめらかにしゃべる。
「すみません。この者たちは私が呼んだのです。都での評判を小耳に挟んで、評判の反物を見てみたいと思ったものですから」
そして、キース、蘭を見ると
「手違いでこちらに来てしまったみたいです。申し訳ありません。四子宮の方に引き取ってもよろしいでしょうか」
一瞬の間の後、キースは顔をぶつけるかと思うほど、勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありません。すぐに片付けさせます」
そう言うと、店の若者たちと反物を片付け始めた。あっという間にかき集め、片付けも早々に、頭を何度も下げ、恐縮しながら、裏戸から退散する。キースに引っ張られ、蘭も出ようとしたとき、后が鼻を鳴らした。今まさに、蘭が出ようとしている裏戸をあごで指し示す。
「そこに隠れておったのか」
アウローラは笑顔で聞き返した。
「なぜですか」
「髪を覆った跡がついておる」
笑顔のまま、アウローラは言った。
「さきほど夜の君が選ばれていた反物、美しかったですね。でも……あなたが身に着けるには安っぽいかもしれません」
失礼しますと丁寧に頭を下げ、アウローラも、蘭たちと共に裏口から出ていった。
外に出ると、陽の光が眩しかった。
思わず目を眇めると、一緒に出たキース、店の若者が次々と平伏した。
后が現れた時と同じだと驚いていると、キースに腕を引っ張られてしまった。
「平伏はよい。四子宮にいくぞ」
后に対してとは、打って変わってぞんざいに命令すると、アウローラは先に立って歩きだした。
蘭は状況が分からず、誰かに説明をしてもらおうと、キースたちを見たが、彼らも分かってはいないようだった。
それではと、アウローラの方に目を向ける。すると、そこには見覚えのある男を見つけた。身なりが以前見た時より、きちんとしているが、あの大きな黒い男は……
「コル?」
思わず口に出した名前に、アウローラの声が飛んできた。
「無駄口をたたくな。早く行くぞ」
そういえば、この声にも聞き覚えがある。
蘭は今度は声には出さずに、口をつぐんで、アウローラたちの後について行った。




