Ⅲ 王の子 -4
蘭はじっとキースを見ていたが、目をそらして前を向いた。
「あと、どれくらいかしら」
いつのまにか街並みが変わっていた。賑やかだが、どことなくごちゃごちゃしていたのが、整然としていて美しい街並みに代わっている。
「あと十分くらいかな」
それから、何かを探すように、キースは目を眇めている。
「ほら、あれ」
キースがまっすぐ指さしたところには、城の先端が見えていた。
「王宮だよ。太陽宮だ」
しばらくすると、城全体の姿が見えてきた。
白亜の城だ。その眩しいほどの白は、太陽神殿を思い出させた。蘭は動揺し、息を呑んだ。
「夕陽で赤く染まるんだよ」
その威容に感嘆したと思ったキースは、少し得意げに話している。
だが蘭は聞いていなかった。白い壁を見なくて済むように、両手で顔を覆った。
そんな蘭を横目で見て、キースは口をつぐんだ。少しの間、後悔した顔を見せたが、すぐに気を取り直したようだった。ぽつりとつぶやく。
「神殿も白いよね」
指の間から、そろそろと蘭が顔を上げて、キースを窺う。
「蘭、豊穣祭の日、何があったの」
さんざん気が付かないふりをしていながら、急に切り込んできたキースに、蘭は不意を突かれた。
キースは前を向き、馬を操りながら、それでも蘭を逃がさない力強さで言った。
「この白い壁を見てはいられないんでしょ。でも」
おびえる蘭に容赦せず、ほほ笑みかける。
「見ないふりをしても、逃げられないよ」
村から蘭を連れ出すとき、剛が言っていた。
……このままでは、凛との思い出から抜け出せない。一度この村から、逃げ出した方がいい。
逃げ出したが、またここにきて、蘭は凛への想いにつかまってしまった。もう、逃げ出すだけではだめなのだ。
手綱を握る手に力がこもるが、キースはそれが顔に出ないようにした。蘭に身構えさせては駄目だ。
蘭はしばらく黙り込んで、考えていた。
やがて軽く息を吸うと、一気に話し始めたのだった。
太陽宮の表、政庁へは、正門から入る。しかし後宮を含めた、王や妃たちの生活の場は、もっぱら裏にあり、そこへの乗り入れは西の門、裏上門から入ることになっている。
白い壁を横に感じながら、蘭が豊穣祭の時のことをしゃべっている間、キースは黙って聞いていた。感情が高ぶり、うまくしゃれなくなると、キースがうまく言葉をつないでくれた。ガラガラと馬車の車輪の音が適度にうるさかったのも良かったのか、蘭は止まってしまうことなく、凛が巫女姫になったと感じたあらましを語り終えることができた。
少しの沈黙の後、キースは蘭に近い方の手を伸ばし、「つらいね」と言って、頭を撫でてくれた。
その瞬間、さっと霧が晴れたような気がした。
いままで誰もこんな単純な言葉を言ってくれなかった。つらそうだとみんな蘭を見て思っているのは、ひしひしと感じるのに、だれも言おうとはしなかった。きっとそんな言葉では、蘭のつらさは表せないと思ってくれたのだろう。
でも、実際言われてみると、
……そうか、わたしつらいんだ。
馬鹿みたいに、腑に落ちてしまった。
キースは言う。
「巫女姫は太陽王と並び立つほどの位だ。誉ある称号だよ。と言っても、君は何も感じないだろう」
蘭が頷くと、キースも頷いた。
「でも、凛も二年、巫女として生きたんだ。針森での凛とは違う二年だよ」
キースが何が言いたいのか分からなくて、蘭は今度はあいまいに頷く。
キースはだんだん早口になっていった。
「蘭は凛に会うべきだよ、婚礼の儀式の前に。どんなことをしても」
婚礼の儀式。その言葉の意味に、蘭は身をすくめる。
キースは構わず、話し続ける。
「もちろん、会うのはとても難しい」
面会のリストから消されていた名前。
「でも巫女姫は、王族と近い存在になるんだ」
裏上門が見えて来た。馬車や人がひしめいている。キースは王宮をちらりと見上げると、手で蘭を押しとどめる。
「今から、王宮に入るよ。もうこの話はしてはダメ」
今日は入れるのは、ほんの入り口までだと思うけど。
言い足して、キースは普段の陽気な顔に戻っていった。




