Ⅲ 王の子 -3
立派な荷馬車に、キラキラと艶やかな反物をたくさん積み込み、キースは御者の席に腰を下ろした。キース自ら馬を御すらしい。隣に座るように、キースは自分の隣を指さした。
キースと蘭の他には、店の若者が二人、荷台の方に乗り込んでいる。
荷馬車とはいえ、蘭は馬車は初めてである。物珍しそうに、キョロキョロしていると、キースは思わずという風に、吹き出した。
「針森には馬車はないんだっけ?」
蘭は頷いた。車輪の音に負けないように、声を張ってしゃべる。
「馬がいないもの。そもそも、家畜がいないのよ」
針森は肉は狩りで得るため、動物を飼わない。飼うだけの場所もない。
「頼りは自分の足だけよ」
健脚だろうが、人の足で進める範囲などたかが知れている。つまりは、行動範囲が狭いのだ。村人は針森の村からほとんど出ない。
針森の村での日々を思い出しそうになって、蘭は自分で思考を止めた。
「蘭と針森の話をするの、久しぶりだね」
のん気にキースが返す。
蘭はため息をつきそうになった。この話は続けたくない。
無理にでも話題を変えようとしたとき、キースがポツリと言った。
「信はくやしがるだろうな」
「え?」
意味が分からなくて、聞き返す。
「蘭のこんな綺麗な恰好見れなくて。違うな、こんな綺麗な蘭を自分以外の男が見てるなんて」
「……信ぐらいだよ。そんなの思ってくれるの」
受け流そうとすると、キースはひでえなぁと嘆いた。
「俺も思ってるよ。いつもは親切なお兄さんしてるけど、蘭のこと、すごく綺麗だと思ってる」
ついでに言うと、と意地悪な声で言った。
「後ろに乗ってるあいつらも、今日、チラチラ蘭のこと見てたよ。蘭はそのことを、もう少し自覚した方がいいよ」
そのことってなんのことと言うと、怒られそうなので、やめておいた。
「ありがとう」
蘭は代わりに、素直にお礼を言った。
キースは多分気を使ってくれている。自分を先日のあの衝撃から、こちらの日常生活に目を向けさせようとしてくれているのだ。
都に帰って来た日、ノックと信は翌朝仕事が入っていると言って、寄らずに帰っていった。
信は心配のあまり、帰るのを渋っていたが、ノックからも、ニノからも、はては当の蘭からも仕事でしょうと言われ、後ろ髪をひかれながら帰っていった。
ザックの店の人たちは、何かあったなとは感づいていても、詳しくは聞いてこなかった。聞けないほど、蘭の様子がおかしかったと言ってもいい。
蘭が妹に会えるかどうかは疑わしいと、正直キースは思っていたが、それでも蘭は満足するか、会えなくて落胆して帰ってくるかのどっちかだと思っていた。
しかし蘭は、ぐったりと憔悴していた。三日ほど熱を出して寝込み、起きてきたと思ったら、幾何学模様に入れ込み始めたのだ。
こっそり、父に聞いてみると、ザックはニノにも言うなよと釘をさしてから、痛ましそうに言った。
「巫女姫が決まったらしいという噂は、お前も聞いているだろう? その巫女姫になった巫女が、蘭の妹である凛だと言っている」
微妙な言い方に、キースはひっかかった。
「言っている? 誰が?」
「蘭が」
「蘭が?見たり聞いたりしたってこと?」
「いや、本人は感じたと言っているそうだ」
途端に、腑に落ちない顔になって、キースはザックに迫った。
「感じた?なにそれ?はっきりしないのにあんなに落ち込んでるの?」
興奮してだんだん声が大きくなる。ザックは顔をしかめて、制止した。
「声が、大きい。お前でも、そんな馬鹿なと思うじゃろ。だから、他の者に知られたくないんじゃ」
ザックは考え込むように、眉を寄せた。
「前に、あの二人は魂の双子みたいだ、と言っただろう。だから、そういうこともあるのかもしれん。少なくとも、信くんは信じとるようじゃった」
自分にむきになって噛みついてくる顔を思い出して、キースは黙った。
今、思い返しても、あの時、何故何も言えなくなってしまったのか分からない。




