Ⅲ 王の子 -2
「蘭、王宮に行くけど、一緒にいかないかい?」
ちょっとそこまで買い物に行かないかというほどの気軽さで、キースが話しかけて来たので、蘭は意味をつかみ損ねた。
「え? どこへって?」
真顔で聞きなおすと、キースはゆっくりと言った。
「王宮だよ。おうきゅう」
さすがの蘭も半年都にいれば、たとえ機小屋に引きこもっていても、大まかなことは分かってくる。
都の規模は針森の比ではないこと。王宮の存在は、社の比ではないことも、理解できていた。桜婆は気合を入れれば、誰でも会えるが、王宮に住む人々は、どんなに望んでも、一生会えない人の方が多い。いわゆる、雲の上の人達である。
そんなところに、たとえ奥まで入らないとしても、ただの見習いのわたしが行ってどうするのだ。そう言うと、キースはまぁまぁと蘭の腕を強引にひっぱって、部屋に連れていった。蘭の部屋にはいつのまにか、針森で織られた反物で仕立てられた服が置いてあった。
「今日はお后様付きの女官たちに、反物を見せにいくんだよ。女性もいた方が、話がしやすいだろ?」
それではニノが行けばいい。店主の妻なのだから、同行もうなずける。そう言うと、キースは声を潜めて耳打ちした。
「綺麗どころを連れていきたいんだよ」
何とも言えない顔で、黙り込んだ蘭の頭をポンポンとたたいて、キースはドアを開けながら言った。
「それ、ニノが蘭のために作ったんだよ。着て、見せてやりなよ」
着たら、そのまま王宮に連れていかれるのだろう。でも、ああ言われたら着るしかない。ニノの喜ぶ笑顔を思って、蘭はため息をつきながら服を脱ぎ始めた。
「あらあ、まあ」
予想以上にニノは感嘆し、上から下まで蘭を眺めまわしていた。見られている時間があまりに長かったので、蘭は居心地が悪くなって、もぞもぞ体を動かした。
「やっぱり、美人さんだから、綺麗な色が映えるわねぇ」
どこかで同じようなことを言われたなと思いながら、蘭は頭を下げた。
「ありがとうございます。こんな素敵な服を作って下さって……でも、あの、いいんですか?」
淡い青に水紋のように白い丸がちりばめられている、綺麗な色の布だった。まぎれもなく、寧が染めて、柳が織った反物だ。
ニノはこだわりなく笑って言った。
「いいのよ。こっちだって、宣伝してもらってるんだから。
王宮に行くのに、少し派手かなとは思ったんだけど、このくらいなら大丈夫そうね。さわやかで素敵だわ」
ニコニコ笑うニノに、蘭はあいまいに笑い返した。
「蘭!もう着た?」
キースの声が部屋の外から聞こえて来た。
やっぱりこのまま連れていかれそうだ。
蘭の思いを見越してか、ニノがぎゅっと両手を握って来た。
「蘭、まかせたわよ。しっかり売ってきて」
ついて行くだけではなかったのか、話が違うという蘭の言葉に、ニノはニッコリほほ笑んだ。
「そうよ、大丈夫。あなたがそこにいるだけで、きっと売れるわ」
何も言えぬまま、迎えに来たキースに半ば引きずられるように、蘭は王宮に出向くことになったのであった。




