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太陽の妃  作者: さら更紗
Ⅱ 都
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Ⅱ 都 -30

 

 どれくらい、待っただろうか。

「あの娘、なかなか起きないね」

 独り言のように、女が言った。

「薬が効きすぎちまったんですかね」

 男の一人が言って、こちらに歩いてくる音が聞こえた。蘭はナイフをそっと握り、息を潜めた。ギリギリまで、気が付かせてはいけない。

 バタン!

 扉が急に開いた。「あ?」とか「お?」とか戸惑ったような男たちの声が聞こえた。

 ひゅうっと風が吹き込んできたかと思うと、部屋の中は一気に騒々しくなり、蘭は思わず目を開けた。

 小さな影と大きな影が、縦横無尽に敵を切りつけ、あっという間にならず者四人は床に伸びていった。

 女は確かに頭らしく、舌打ちしながら、

 剣を二本巧みに振り、大男と対峙していた。が、男の敵ではなかったらしく、剣ははじかれ、喉元に剣を突き付けられてしまった。

 まだ少年と言っていい若い男が、厳かに言う。

「この神聖な町で、巡礼に来た娘を攫っては、人身売買していたのは、おまえだな」

 女はごくりと唾を飲み込むと、「だったら、どうした」とかすれた声で言った。

 大男は剣を持ち替えると、柄を女の腹に打ち込んだ。

 女が倒れると、若い男は蘭を見た。

「コル、娘は無事なようだ」

「そうですか」

 コルと呼ばれた大男は、気を失った女を縄で縛りながら、答えた。

「縄は自分で切ったようだ。ナイフを持っている」

 そう若い男が言うのを聞いて、コルはようやく蘭を見た。目を見張っている。

 蘭もそう言われて、やっと自分が起き上がって、ナイフを構えていることに気が付いた。

「あ、これは護身用に持ち歩いていて」

 慌てて、ナイフを太ももに着けたベルトの鞘にしまう。

 スカートの裾をたくし上げて太ももを露にした娘に、二人は度肝を抜かれたらしい。

 ただ、立ち尽くして、蘭を見ている。

「あの、助けて下さってありがとうございます」

 お辞儀をすると、転がっている男たちをよけて外に出ようとした。

 信の顔が頭に浮かぶ。あまり時間がたっていないといいのだけど。

「待て」

 重たい声がして、蘭は動きを止めた。不思議そうに振り返る。

「何か」

 呼び止めたのは、コルと呼ばれた大男だった。深いいい声だなと、蘭は見当違いなことを思った。

「娘、何故、ナイフなど身に着けておる」

 問いただすような声音を聞いて、蘭は目を丸くした。この人はわたしも一味だとおもっているのだろうか。

「ですから、護身用です。普段、都では身に着けておりませんが、今回の神殿への旅の道中は身に着けておりました。何かあったら困りますので」

 実際、何かありましたし……と続ける蘭の言葉をさえぎって、コルは言った。

「しかし、普通の女は、ナイフなど身に着けんし、料理以外では使わん」

 負けじと蘭も言い返す。

「でも、そちらの女性だって、上手に剣を使っていたわ」

 縄に巻かれて、伸びている女を指さす。

「これは、そういう道に堕ちてしまった女だ。それとも、お前も同じか」

 やっぱり。蘭は腹が立ってきた。助けてもらった身であるが、人攫いの一味だと思われるなど、心外も甚だしい。

「わたしがそう見えますか! やっと助かったかと思ったら、そんな疑いをかけられて、本当に最悪だわ」

 吐き捨てるように言うと、蘭はコルを睨みつけた。

「まぁまぁ、そういきり立つな。すまんな、娘。これがこいつの仕事だから、多少の無礼も許してやってくれ」

 若い男が少し離れた場所から、声をかけて来た。蘭は初めて、若い男をまじまじと見た。

 歳は蘭より少し若い気がする。褐色の健康そうな肌で、頭には黒い布をきつく巻き付けていた。二十代後半くらいに見えるコルに対する態度から、コルが仕える主人の子どもといったところだろうか。

「ナイフを身に着けている若い娘の事情を、聞かないわけにはいかないんだ」

 若い男の落ち着いたしゃべり方に、蘭もすっと落ち着くことができた。

「護身用は本当。わたしが育った村は、男も女も関係なく、狩りを覚えるの。だから女でも自分のナイフを持っているし、扱うことができる。事情があって、わたしは都に来たけど、外出するときは、ナイフを身に着けていくことが多いの」

「どこの村だ?」

 詰問口調ではなく、純粋に興味がそそられたふうに、若い男は聞いた。

「辺境の村よ。聞いても分からないと思うけど」

「知ってるかもしれないじゃないか」

「針森の村」

 口を閉ざした若い男に、そらみなさいといった風に、蘭は笑った。

「もう、いいかしら」

 蘭は時間が気になって仕方がなかった。洗濯物を放り出して、行方不明になったと分かったら、信が大騒ぎする。

 弟だと紹介したことも思い出して、蘭は戻るのが憂鬱になった。

「ああ、すまなかった」

 いいな?という風に、若い男はコルに目配せする。

 コルがうなずいたのを見て、蘭は安堵した。

「お前、名前は?」

 ついでといった風に、若い男は聞いた。助けてくれた相手に、名前くらい明かしてもいいだろう。蘭は迷うことなく、名乗った。

「蘭」

「ラン? 変わった発音だな」

「これも村特有なの」

 都に来て、針森の村の常識の数々が、常識でないことを初めて知った。

「へぇ」

 若い男はしきりに感心している。

 何を思ったのか、急に蘭に近づくと、蘭の腕を取った。

「おれは、アラン。また会えるといいな」

 アラン様!とコルがたしなめるように言った。アランはにやりと笑った。

「よくある名前だろ?」

 送っていくという申し出を断って、通りに出たものの、陽が落ちて大通りは薄暗くなっていた。

 蘭は思い直して二人の所に戻り、結局、宿舎まで送ってもらった。アランは随分楽しそうに蘭と並んで歩き、コルは不服そうにしながらも、前を歩いて道案内してくれた。

 どうやら、町に詳しいのはコルだけらしく、アランも蘭と同じく、コルについて歩いているだけのようだった。

 宿舎に着くと、蘭たちの部屋には、まだ明かりが灯っていなかった。

 蘭はホッと胸をなでおろした。信たちはまだ帰ってきていないらしい。

 改めて、アランたちにお礼を言い、お礼に食事でもと誘うと、何故かアランは目を見開いて驚いた。

 コルが片手で、今にも中に入りそうなアランを抑え、「仕事がまだありますので」と丁寧に断り、アランを引きずるように去っていった。

 蘭はぽかんと二人を見送ったが、しばらくすると我に返り、やりっぱなしの洗濯を片付けに走った。

 迂闊にも人攫いに売り飛ばされそうになったことは、信たちには黙っていよう。余計な心配をかけないほうがいい。

 心配をかける心苦しさより、心配をかけて、更に行動を制限されることを危惧して、蘭は黙っていることに決めた。

 今夜はとりあえず、二人を父と弟にしてしまったことを打ち明けるので手一杯だ。


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