Ⅱ 都 -26
針森の村からここに来たのは、たった数か月前のことなのに、ずいぶん昔のことのようだ。ラクダの背中で揺られながら、蘭はザックとキースと信との四人旅を思い出していた。
神殿はピラティウス山と呼ばれる神山の麓にある。ピラティウス山は太陽神の山とも呼ばれ、太陽神がこの世に降りられる時は、この山に降臨されるとされていた。
神殿の周りは山からの水で緑豊かであったが、半日ばかり外に向かって歩けば、砂漠になる。
ノックと信と蘭は、都を出ると、砂漠の一歩手前のトチという町で宿をとった。ここは神殿へ巡礼の旅に出る人の中継地で、多くの巡礼者はこの先待っている、砂漠の旅の準備をここでする。ラクダを借りるのだ。
トチの宿では、男部屋と女部屋で別れて宿泊する。宿泊者が多いので、一般の客は個室が取れない。男女に分かれた部屋には寝台がずらりと並べられ、寝台を一つ借りるといった形だった。
今は豊穣祭の前で宿泊客も一段と多い。最初は蘭も物珍しそうに周りを見ていたが、そのうち周りからも物珍しそうに見られていることに気が付いて、早々に布団をかぶって寝たふりをした。女一人というのは珍しいのだ。
「ランちゃん、よく眠れたかい?」
後ろでノックが話しかけてきた。
トチから砂漠を抜けて、神殿の麓に広がるオアシスの町まで、丸一日かかる。砂漠で野宿をするのは避けたいので、神殿を目指す旅人は陽も昇らない早朝に出発する。皆、興奮して眠れず、寝不足のまま出発するのが大方だった。
バランスを気遣って、蘭は振り向かずに答えた。
「ええ、早々に布団をかぶってねむってしまったの」
蘭は、女一人だったのは、見たところ自分だけだったこと。それで周りからじろじろと見られたので、居心地が悪くなって、寝たふりを決め込んだことを話した。
ノックは「まぁ、なぁ」とうなずくと、でも、と付け加えた。
「見られていたのは、そのせいだけじゃないと思うぜ」
「なぁ」と振り向きながら、後ろにいる信に同意を求めた。振り向いたせいで、ラクダが少し揺れ、おっととノックが蘭の体を支えた。
そのニヤニヤ顔を見て、信はため息をついた。
ラクダは二頭借り、蘭とノックが一緒に乗った。二人乗りの方が危ないのだから、慣れている俺の方がいいというのがノックの言い分だが、単に蘭と乗りたかっただけじゃないのかと、信はノックのラクダの後ろをついていきながら思った。
見たことがないくらい機嫌がよく、顔に締まりがない。
蘭を迎えにザックの店に寄り、初めてノックと蘭を引き合わせたとき、ノックが生唾を飲み込んだのを、信は見逃さなかった。
まぁ、こうなることは予想がついていた。
夜の街では、ノックはただの女好きの軽薄な親父になる。隣り合った女を片端から口説きだすのだ。この師匠が、どっしりと落ち着いているザックと同年代かと思うと、弟子としてはため息がでる。
かといって、まさか弟子の想い人に手を出したりはしないだろう……と思いたい。
もんもんと考えながら、ひたすら師匠の後をついていった。休憩し、水分をとったが、それ以外は黙々とラクダを進める道中が続いた。師匠も、信とはほとんど口をきかない。しゃべるとのどが渇く。しかし、蘭に向かっては、ボソボソと話しかけているので、砂漠の暑さも相まって、信はイライラし通しだった。
頭が沸騰し、「いい加減にしろ!」と叫びそうになった頃、視界に白いものが飛び込んできた。白い巨大な壁のように見える。
「神殿だ」
ノックが厳かに言った。信にも聞こえる声の大きさだった。
……これが神殿。
周りに広がっているであろう緑よりも、ピラティウス山よりも目を奪われる、その巨大さ。
蘭の顔を見たかったが、蘭は正面を見たまま、言葉を発さなかった。
……あそこに凛がいる。
白い壁に蘭はくぎ付けになっていた。ラクダに乗っていることさえ、忘れそうになるほどだ。
桜婆さまの社のような建物を、なんとなく想像していたのだが、とんでもなかった。白い巨大な壁に見えたのは、白い巨大な建物が、いくつも連なっているからだ。近づくにつれ、その全容が露になり、蘭と信は圧倒されていた。
ノックは今度こそ黙って、ラクダを進めていった。




